ものみの塔、自殺者が復活しちゃうかも知れない設定の闇

復活設定で死者を冒涜するものみの塔

ものみの塔、罪深い自殺者の復活匂わし

エホバの証人の教理の異常な点。自殺者にも復活の希望があるように匂わしていること。そもそも人間は復活などしないのだが・・・信者たちは復活を信じちゃってるので、これを言っても仕方がない。

私が子どもの頃、エホバの証人を強制されていて、そのときは自殺は重罪で復活などしないという設定だった気がする。ところがネットで検索してみると1990年くらいの教団資料では、自殺者の復活の是非は神が決めるという設定に切り替わっている。

繰り返しになるが、自殺者だろうとなんだろうと人類は復活などしない。よってものみの塔の設定した創作話など、どうでも良い。しかし、現役信者、そして信者予備群で自殺者が身近にいる人々にとっては大きな問題。

彼らが帰ってくるかも知れない、再会できるかも知れない。きっと再会できる。復活する!と思い込んでしまう。そしてせっせと不毛なエホバの証人活動に打ち込むことになる。

人の弱みをついて、信者を増やす、信者をつなぎとめるために自殺者も復活するかも知れない設定を創作。これは罪深い。そもそも、人間はだれ一人復活なんかしないっつーの。

墓がない日本のエホバの証人は復活しない

自殺者の復活教義は、何もかもを冒涜するもの

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元エホバの証人2世(JW2世)の内的問題と外的問題

元エホバの証人の抱える問題

内なるエホバの証人問題

昨日の記事で、私はエホバの証人を20年間完全シャットアウトしていた、と書いた。完全シャットアウト時代を経て、なぜあえて反エホバの証人活動に舞い戻ったのか?

エホバの証人を完全シャットアウトし続けるのは、何かが違うと思ったから。

いったい何が違うのか?

それは自分のエホバの証人問題が根本的に解決していないということ。

内なる問題はほぼ解決。というか、元々そんなに問題は抱えていなかった。理由は、私の両親がいわゆる条件付きの愛の持ち主ではなかったから。両親はガチガチのエホバの証人だったが、私がエホバの証人をやめても親子の愛は残った。

エホバの証人はエホバの証人だけを愛するようマインドコントロールされている。エホバの証人であればという条件付きの愛。

私としては14才でエホバの証人をやめたら親子の縁切り、中卒で路頭に迷い野垂れ死にするつもりだった。エホバの証人であり続ける恐怖、屈辱に比べれば、まさに地上の楽園。

ところが、親は私を手放さず、高等教育を受けさせてくれるというモノだから、それに甘えることにした。そして、時を置いて両親もエホバの証人を離脱。

両親には酷い目に合わされたとは思うけれど、今の私の自己肯定感の高さは親に捨てられなかった、最後の最後で両親が無条件の愛を示したということに依っている。

子どもは、生死に関わるのでこの辺りの感覚は敏感。幼い私も親の愛が無条件であると無意識化では認識していたのかも知れない。それも現在の私の自己肯定感の糧となっている。しかし、その無意識化の皮算用が裏切られたとき、子どもたちが負う傷は大きい。

今でもエホバの証人だった頃の苦行を夢に見ることもあるけれど、これが生きにくさの原因になっていることはない。今のところは。

最近、エホバの証人だった過去を積極的に掘り起こしているが、それも悪影響ではなく、あのとき子どもだった自分がして欲しかったこと、できなかったこと、考えていたことなどが整理されていく、どちらかと言えば好循環。

エホバの証人と私、外なる問題

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邪(よこしま)な人間が生み出した禍々しいエホバ、人違いの神様

邪悪なエホバ

元エホバの証人、自分の判断を正せないのは危険

昨日の記事で書いた、カルトから完全脱却できていない元エホバの証人氏のブログ。ブログ主は、自分は常に正しい。自分だけは判断を誤らない。自分が最も賢い、と思っている。ゆえにカルトの餌食になる。隙だらけなので。

エホバの証人内でも浮くパターンの人。私の子どもの頃にも、似たようなエホバの証人の信者がいた。頭が良いのか悪いのかよく分からない。それとも、単にこだわりが強いだけなのか、しかも枝葉末節に。そして、人の意見を全く聞き入れない。

エホバの証人に染まらず、逆にスゲー奴なのかな、と思ったこともあったけれど。それなら最初っからエホバの証人に一切関わらないのが、正解。

結局、居場所を必要としていて、その性格ゆえになかなか世間じゃ認められないモノだから、来る者拒まずのエホバの証人に流れ着いた。

そして、自分の選択だけは常に正しいと盲信しているので、エホバの証人に関わったのが過ちとは思えない。悪いのはエホバの証人組織内の人間なんだとなる。

汚れた人間が禍々しいエホバを生みだした

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元エホバの証人2世の宗教観、盲信と暴走の果ての信念

洗脳、解除

反エホバという宗教観による暴走

昨日までの記事で、反エホバは私にとって宗教だと書いた。この反カルト思考はもはやカルト。同じ穴のムジナ。毒を以て毒を制す状態。自分でも危うい妄信・暴走の観もある。

とはいえ、エホバの証人組織=バッドだけはまかり間違えようのない真理。濃淡こそあれ、方向性は正しい。

エホバの証人2世の私、かつて10代の頃の自我の芽生えと分裂の危機を救ったのは、この反エホバ思想。反ものみの塔思考が10代後半の私の自我を再統一した。

この固い信念で私は突っ走る。エホバが創造主だろうが何だろうが関係ない。一瞬を、刹那を全力で生きるオレの邪魔をするなと。

ものみの塔の洗脳下にあった私は、終末ハルマゲドンの勃発を信じていたので、刹那具合はさらにマシマシ。20才まで生きられるのかは不明、童貞のまま神に滅ぼされてなるものか、とひたすらに励んだ。

元エホバの証人2世の宗教観

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『一九八四年』塔から与えられればどんなに愚かなことでもそのまま信じられるエホバの証人

塔の言いなりになるエホバの証人

ものみの塔による歴史の改竄と情報操作

今読んでいる本、ジョージ・オーウェルの『1984年』。

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全体主義の仮想独裁国家に牛耳られる国民。体制は、過去の記録をもれなく、惜しげもなく改竄する。結果、女性たちは魅力のない存在に。まるで人形。抱いても無反応。

この構図はまるでものみの塔とエホバの証人。

ものみの塔も過去の過ちを闇に葬り去ろうとしている。

初代ものみの塔協会会長のラッセル君の墓、この盛大なピラミッド型のモニュメントは2021年に撤去された。かつて組織ぐるみで子どもに体罰を加えまくったことも無かったことになっている。数々の終末予言の大ハズシも気のせいで信じた側の責任に。

情報操作による信者のマインドコントロールはものみの塔の専売特許。外から見ればものみの塔はおバカなカルトに違いないのに、内部にいるとそうは思わない。信者に届く情報にはフィルタがかけられているから。

外部の人は皆、悪魔サタンに操られているとエホバの証人たちは思い込まされている。だから、「自分たちエホバの証人たちのことを悪く言う」と思考をコントロールされている。

輸血拒否したり、ろくに働きもしないで、復活だ、永遠だと言っていれば、そりゃ変人扱いされて当然。エホバの証人は、自分自身を全く客観視できていない。

エホバの証人は楽園での永遠の命という大ウソに惑わされている

塔の言いなりになるエホバの証人

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エホバの証人は、医療に対する適切な判断能力を有さない

医療に関する適切な判断能力を持たないエホバの証人

恩を仇で返すエホバの証人

先日の記事で、エホバの証人が過失で血を食べたり、輸血された場合のうっかり鯨やうっかり輸血は許される、と書いた。エホバの証人の神エホバは存在しない架空神なので、エホバの証人組織の勝手な設定上、「うっかり輸血」は許される。

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』でもこの命がけの矛盾を指摘している。

この矛盾を知れば、強制輸血に踏み切る医者も出てくるのではないかと、本書では書かれている。(第5章 血)

しかし、

この後の最高裁の判例で、この国のエホバの証人にはどこまでも愚かになる権利が認められた。すなわち、輸血に関しての自己決定権。自ら死に至る自由。

命を救うため、エホバの証人に勝手に輸血すると、逆に訴えられて敗訴。野良犬にエサをやったら噛みつかれたとか、恵まれない人に施しをしたら家財を盗まれたといった不条理。恩を仇で返すエホバの証人。

日本人もこの判決当時に比べたら、賢くなったか?そうでないか?この古い意味不明な判例をひっくり返す時が来たのではないか?

エホバの証人、医療に対する判断能力なし

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エホバの証人(JW)の大会、現実逃避の茶番現代劇とは?

エホバの証人の茶番「現代劇」

エホバの証人の現代劇からあぶりだされる真実

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』より。川崎事件の調査のため、エホバの証人組織に潜入中の著者。大会に参加したときのエピソード。「現代劇」を見てほのぼの、いいなあとつぶやいているのだが、全く同意できず。

エホバの証人の「現代劇」という茶番で繰り広げられる、現実逃避の「悲劇」にツッコミを入れておきたい。ほのぼのというか、お馬鹿さんすぎるので。

現代劇の内容は4人兄弟の子どもがいるエホバの証人一家の話。エホバの証人版ホームドラマ「ひとつ屋根の下」。4人がそれぞれ問題を抱えていて、父親が聖書から助言を与えると、あーら不思議、全解決という安直な展開。

  1. 長男、エホバの証人仲間としている事業で金銭トラブルでもめている。
  2. 次男、夫婦で開拓奉仕という年間1,000時間ものエホバの証人活動を行っているので経済的に困窮
  3. 三男、クラスメイトの女の子に迫られている
  4. 長女、仕事に熱中し、若い上司を尊敬している

三男、長女は何の問題もないので、話を聞いておしまい、自分でどうしたいか考えさせればいい話。

長男、次男の問題はエホバの証人に根ざしているので、エホバの証人やめようねで解決。

問題の根源は全てエホバ。

うっかり鯨やうっかり輸血は許される、エホバの証人

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』~偶然サバイバルした者の務め

お先真っ暗、エホバの証人家族

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カルト宗教の2世信者が救われる方法~映画『星の子』より

映画『星の子』

エホバの証人の悪い習慣、「信じてるのか・・・」

宗教2世がテーマの映画『星の子』、昨日までの記事の続き。Amazon Prime Videoならプライム会員無料(2022/6現在)。以下、ネタバレなので、未視聴の方はご注意を。

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以下、ネタバレ。

 

 

 

 

映画『星の子』の”宗教”と、エホバの証人との類似点。

・騙されている奴にどれだけ真っ向から騙されていると言っても通じない。

劇中の宗教が信者に売りつけている高額水。偉い学者の先生が効能を認めているとされている。それが虚偽、騙されていると、外部の人間なら中学生でも分かるのだが、本人は騙されていないと言い張る。

ソースを調べない習慣。エホバの証人も同じ。ものみの塔の宗教本に引用されているパッと見は権威のありそうな文献。それらはほとんどが、ものみの塔に都合の良い部分だけが恣意的に切り取られている。

そんなの当たり前。誰がカルトの擁護なんかするかっての。特に権威ある文献ならばなおさら。ところが、エホバの証人は、劇中の能天気で風邪を引かない中学生にも「信じてるのか・・・」と絶句させるほどに、ものみの塔を信じちゃってる。

カルトの集会、大会、集金システム

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エホバの証人、「血を避ける」低レベルな比喩のこじつけ

アルコールを避けろと言われてもアルコール消毒はするよね

エホバの証人の低レベルな比喩、こじつけ

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』より。

聖書の「血をタベルナ」を輸血拒否にまで超拡大解釈して、生命を冒涜するエホバの証人の不思議。その謎に下記のような回答がなされている。聖書内に「血を避けろ」と書かれているのをものみの塔が引いている。

<もし医師がアルコールを避けなさいと言ったとすると、それはただ口から飲んではいけないという意味であって、血管に直接注入するのは差し支えない、ということでしょうか。もちろん、そうではありません!ですから、『血を避ける』ということも、血を体内に少しも取り入れてはならないという意味です。>

完全な詭弁。著者はこれを、「実に明快な比喩」、「なるほどねぇ」と評しているが、これはどうかしている。

しょうもない戯言でもしっかり潰しておかないと。

「アルコールを避けなさい」って言われても消毒にはアルコール使うでしょ。これは用法の問題であって、完全拒否、回避するか否かの問題ではない。

そもそも、アルコールを血管に入れる奴はいない。

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』~偶然サバイバルした者の務め

輸血拒否が子供の意思であろうとなかろうと、ものみの塔の罪は重い

血を避けろってのなら、自身の身体の血液は避けなくて良いの?

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ものみの塔聖書冊子協会に対して、振り上げた拳を降ろすとき

ものみの塔がカルトでなくなったら?

エホバの証人を簡単に切り捨てるものみの塔協会

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』の続き。少し読み進める。

徹底した聖書の字句中心主義をとる彼らにとって、使徒行伝に「血・・・を避けよ」と書かれてある以上、それを無視することは難しいだろう。この字句主義こそが、「輸血拒否」の看板を掲げさせたともいえる。

一度掲げた看板は、掲げ続けなければならない。

とのこと。

幾人ものエホバの証人が無意味に殉教しているし、ものみの塔は、今さら「輸血OK!」と手の平返しはしにくいはず。

通常の感覚なら。

ところが、ものみの塔にはこういった「情」のようなものはない。囲っている信者に対する愛の欠如。ものみの塔は信者のことを使い捨ての兵隊か、金づる程度にしか考えていない。

21世紀が来ることはないからと、信者の人生設計も財産も、仕事も何もかもを投げ出させ、いざ時が来たら、「ハルマゲドンはもうちょっと先かな」と。長年、時と金を差し出した高齢の貧乏信者に対して、何らかの保障があるわけでもない。

私たちの世代は子どもの頃、ものみの塔の指導で親に叩かれまくったが、既にそれも無かったことにしようとしている。

いずれも、信者が自主的に人生を棒に振り、親が勝手に子どもを叩きまくっただけ、ということになっている。

ものみの塔は、当然のように信者を切り捨てる。

そうであれば、輸血拒否で亡くなった信者も勝手に自分の意思で死んだということになりかねない。都合が悪くなれば切り捨てられる。

事実、ブルガリアのエホバの証人は輸血しても排斥処分を受けない。

ものみの塔が「輸血拒否」看板を降ろしたら

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