「~なはず」から始まるウソに人生を賭けるエホバの証人

「もし」「~なはず」といういい加減な根拠に人生を賭けるエホバの証人

「もし」から始まる結論はどこまで行っても仮説

エホバの証人の論理的アキレス腱、BC607年エルサレム陥落をこじつけるものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。

VAT 4956によれば,この月食はバビロニアの第3の月の15日に起きた。これは,シマヌの月が15日前に始まっていたことを示唆している

もしその月食がユリウス暦の西暦前588年7月15日に当たるとしたら,シマヌ1日は西暦前588年の6月30日/7月1日となる

「もし」じゃないって、他のありとあらゆる根拠から、VAT4956のこの年はBC568年。

「もし」から始まるモノはすべて仮説。エホバの証人はこの「もし」から始まるインチキ仮説に人生を賭けている。

したがって,バビロニアの第1の月(ニサヌ)の始まりは2か月前の5月2日/3日となり,その日から新年が始まったことになる

「したがって」じゃないって、前提がおかしいからここで矛盾が生じている。紀元前626年からの700年間で新年が5月に始まったことは一度もない。すべて3月か4月(jwstudyのこの記事より)。これはものみの塔が『洞察』にも引用している『紀元前626年–紀元75年のバビロニア年代学』から。

BC607年エルサレム陥落を潰す。ニサン9日の月の位置って何?

「~なはず」で始まるウソに人生を賭けるエホバの証人

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ものみの塔の激しい詭弁とお家芸の恣意的引用、BC607年を崩す。

ものみの塔の恣意的引用

ものみの塔の激しい詭弁

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。

エルサレム陥落BC607年をこじつけるためのものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。

記事内で専門家の意見を引用しているのだが、その反論がjwstudyで紹介されている。この記事。ものみの塔による決定的な恣意的引用。

VAT4956という天文学関係の粘土板について、専門家の意見を恣意的に引用して自説を通そうとしている。

昨日の記事に続いて、2人目の専門家。

たとえ月食が特定の日に実際に起きていたとしても,粘土板の筆者がその日の事としている歴史情報は正確だということにはなりません。「編纂者たちは,歴史家ではなく,占星術師であった」と,学者のR・J・ファン・デル・スペクは説明しています。そして,歴史の記録を収めた粘土板の一部を「大まかなもの」と述べ,そのような歴史情報は「慎重に用いる」必要がある,と注意しています

これは激しい詭弁で、ここでものみの塔が書いていることには何の意味もない。しかし、マインドコントロールエホバの証人はものみの塔の言いなりなので、こういう文章を無思考で受け入れてしまう。

そもそも、この記事はエルサレム陥落の年代の話で、「月食の日の歴史情報」などどうでもいい。月食の「年」の「大まかなもの」が分かれば十分。バビロニア王ネブカドネザルの年代が分かる。

無関係な細かなコトに文句をつけて読者の意識をそらし、VAT4956の月食から年代を推測するのを妨害しているだけ。

ものみの塔のお家芸、恣意的引用

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常に真実は、ものみの塔と共にはない。BC607年をでっち上げるための恣意的引用

ものみの塔に真実はない

ものみの塔の恣意的引用

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。

エルサレム陥落BC607年をこじつけるものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。

記事内で専門家の意見を引用しているのだが、結局それらのマトモな専門家はBC607年エルサレム陥落を支持するはずがなく。

ものみの塔は、異なる結論を持つ専門家の意見で、突拍子もない地点へ信者を誘導しようとしている。ここまでが昨日の記事

そして、実際にものみの塔に利用されている専門家の反論がjwstudyで紹介されている。この記事。ものみの塔による決定的な恣意的引用。

1人目、ジョン・M・スティール教授。

「VAT4956」という天文学関係の粘土板には、月食の記述があるのだが、これについて、塔記事は以下のように書いている。

ジョン・スティール教授はこう述べています。「ごく初期の予測の幾つかは,それが書き記された時に独自の方法で過去にさかのぼって計算したものであった可能性もある」。(斜体は本誌。

だから、月食の記述単独では信用できないとしている。

上記の下線部分がものみの塔が斜体で記載している部分。「斜体は本紙」って好き勝手に書き加えてんじゃん。

とはいえ、一般的に言われているエルサレム陥落の年代は、VAT4956の月食の記述のみの単独で導かれているわけではないんだけど。

真実は・・・

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導けるはずない場所へ導けない材料でこじつけ、ものみの塔の恣意的引用

ものみの塔の十八番、恣意的引用

エホバの証人の信仰は盲信だと知らしめる

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。

BC607年エルサレム陥落をこじつけるためのものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。

当ブログのこれまでの一連の記事で、BC607年こじつけの「第1部」「第2部」に対する論理武装は確実。

マインドコントロール下のエホバの証人に対しても、聖書の信頼性を事前に失墜させた上で逃げ道をふさいでおけば、BC607年を崩せば自身の信仰が盲信にすぎないことを知らしめることができる。

あやふやなモノに対する確固とした盲信を他人に広めるのは明らかに迷惑行為。自身の伝道行為に疑問を抱かせることができる。

エホバの証人の盲信に干渉するのに、BC607に関してはこれ以上は必要ないのかも知れないが、ダメ押し的にもう少し。

ものみの塔の十八番、恣意的引用

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エホバの証人という名称の大きな矛盾と、その矛盾を支えるお花畑。

エホバの証人の脳内お花畑

お花畑に突撃

香ばしいお花畑なブログを発見というか、存在は知ってたんだけど、トップページからして見てはいけない禁断の世界感がプンプンするので放置していたのだが、ついつい禁断の扉を開けてしまったので、お花畑にツッコミ。

件のお花畑ブログ

現役エホバの証人によるお花畑発言(A)

私たちはエホバのことをほんの少し知っているに過ぎません

と。

まあ、この時点でだいぶ言っていることがおかしいのだが、とりあえずは話を合わせておく。

他にもグダグダといろいろ言っているので、簡単に要約すると次のとおり。

「だから、今までもこれからもエホバの証人組織は、人権無視で罪深くてコロコロ教理が変わっても大丈夫なんです。こんなに罪深いのに、私が臆面なく布教できるのは次の理由です」

という感じ。だいぶ意訳してる感はあるんだけど、

  • エホバの証人という宗教は教えを変える
  • 「エホバの証人」が事件を起こした

という事実をこのエホバの証人は自ら書いている。それを踏まえていても

「エホバの証人」の誰かが問題を起こして、有名になったとしても、私自身は堂々と宣べ伝えることができます

なんて開き直っているので、あながち私の意訳も間違っていない。

エホバの証人から脱出したあとは、視野を広く柔軟に方向転換

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エホバの証人によるVAT4956を用いたBC607年でっち上げ事件を暴く。

13の月が真実を明らかにする

ニサン9日の月

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。昨日の記事の続き。

BC607年エルサレム陥落をこじつけるためのものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。「VAT4956」という天文学関係の粘土板からエルサレム陥落BC607年をでっち上げている。

昨日までの記事では、以下のものみの塔の主張がいかに信頼できないかを書いた。

VAT4956の

月の位置に関するそれら一連の観測結果は,西暦前568/567年の場合すべてが適合するわけではありませんが,それより20年前の西暦前588/587年の位置として割り出されたものとであれば,13のすべてがぴったり一致します

BC568-567年だとエルサレム陥落はBC587年となり、一般的な結論となる。

逆にBC588-587年だとエルサレム陥落はBC607年となり、ものみの塔仕様。

VAT4956の月の位置の記載は13あるのだが、そのうちのひとつがニサン9日の記載。

塔記事の言い分だと

月の観測結果が西暦前568年よりも西暦前588年のほうに当てはまる

BC607年のほうにあてはまるということ。

この辺から非常にややこしいので、以下はいつものjwstudy様の助けを得ている。こちらの記事

まず、ニサン9日については、微妙なのだがものみの塔の言い分を一旦認める。

ものみの塔仕様BC607年だと一致。一般のBC587年だと不一致で、BC587年パターンは1日後ろ倒ししてニサン8日だったとしたら一致する。

そして、VAT4956の月の記述はまだあと12ある。ものみの塔的には、それらすべてがBC607仕様で完全一致しているのだが、そんなわけない。

こういうことを鵜呑みにしちゃうから、エホバの証人は人生をまるごとものみの塔に搾取されることになる。

12の月

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BC607年エルサレム陥落を潰す。ニサン9日の月の位置って何?

粘土板記載の月の位置との一致とは・・・

「多く」ってなんだよ?ウソをつくな

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。昨日の記事の続き。

エホバの証人が主張するBC607年エルサレム陥落をこじつけるためのものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。

「VAT4956」という天文学関係の粘土板からエルサレム陥落BC607年をでっち上げようとしている。

VAT 4956の天文学的データの多くは,ネブカドネザル2世の第37年が西暦前588年であることを示しています

多くじゃねぇって。

「VAT4956」には、月、惑星、日の出入りと月の出入りの記載があったのに、ものみの塔は月だけを取り上げている。決して多くじゃない。月、惑星、月と日の出入りのうちのたった一つ「月」だけ。

VAT4956には、

月や惑星が様々な恒星や星座とどんな位置関係にあったかを示す詳細な描写がなされています。また,月食が1回あったことも記されています。学者たちによれば,それらすべての位置関係は西暦前568/567年のものであり,ネブカドネザル2世がエルサレムを滅ぼした,その治世の第18年は,西暦前587年ということになります

まともな学者たちによると、すべてが一致している。

この段階で、ものみの塔の出る幕はないんだけど、唯一BC607年の根拠とした「月」も「とある研究者」のでっち上げだからね。これは昨日の記事にて。

ニサン9日の月の位置って・・・何?

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ものみの塔の存在根拠は、無名の「とある研究者」によるいいかげんなモノ

「月」ででっち上げるものみの塔

ものみの塔のでっち上げ

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。昨日の記事の続き。

エホバの証人だけが主張するBC607年エルサレム陥落をこじつけるものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。

「VAT4956」という天文学関係の粘土板からBC607年エルサレム陥落をでっち上げようとしている。

でっち上げ方は以下。

  • VAT4956には「ネブカドネザルの第37年」という記載
  • さらに、月や惑星の恒星や星座との位置関係が記載
  • 月食が1回あったことも記載
  • 通常、これらのことから「ネブカドネザルの第37年」はBC568-567年とされる
  • そのため、ネブカドネザルがエルサレムを滅ぼした治世18年目はBC587年となるのが通常

ここから、ものみの塔のこじつけ。

  • しかし、20年前のBC588年にも日食があった
  • BC588年を「ネブカドネザルの第37年」とすると、ネブカドネザルがエルサレムを滅ぼした治世18年目はBC607年となる

ここまでは昨日の内容と重複。ここからでっち上げが始まる。

信用に値しない「とある研究者」

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狡猾な偽予言者ものみの塔、BC607年のでっち上げ方

天文学関係の粘土板「VAT4956」月や惑星、星座まで

ものみの塔の狡猾さ

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。昨日までの記事の続き。

エホバの証人が主張するエルサレム陥落BC607年をこじつけるためのものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。一般に確定しているエルサレム陥落BC587年を裏付ける3つの根拠に難癖をつけている。

3つ目。「VAT4956」という天文学関係の粘土板からBC607年エルサレム陥落をでっち上げようとしている。

でっち上げ方は以下。この辺からややこしいので、一般人だと容易に対処できない。

  • VAT4956には「ネブカドネザルの第37年」という記載
  • さらに、月や惑星の恒星や星座との位置関係が記載
  • 月食が1回あったことも記載
  • 通常、これらのことから「ネブカドネザルの第37年」はBC568-567年とされる
  • そのため、ネブカドネザルがエルサレムを滅ぼした治世18年目はBC587年となるのが通常

ここから、ものみの塔のこじつけ。

  • しかし、20年前のBC588年にも日食があった
  • BC588年を「ネブカドネザルの第37年」とすると、ネブカドネザルがエルサレムを滅ぼした治世18年目はBC607年となる

ここまでの内容でものみの塔は

もし西暦前588年がネブカドネザル2世の第37年であったとしたら,その治世の第18年は西暦前607年になります。まさに,聖書の年代記述がエルサレムの滅ぼされた年としている年です。

では,VAT 4956には,西暦前607年を裏づける証拠がほかにも含まれているでしょうか

と、さも証拠のひとつ目が出ているように話を展開していく。酷いよね。このずる賢さ。

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「VAT4956」に対するものみの塔のご都合主義。独善的偽予言者の態度

VAT4956を信じたり難癖をつけたりするものみの塔

独善的な偽予言者ものみの塔

エホバの証人の論理的アキレス腱、エルサレム陥落BC607年。

エホバの証人だけが主張するBC607年エルサレム陥落をこじつけるものみの塔の記事。2011年『古代エルサレムが滅ぼされたのはいつか-第2部』。一般に確定しているBC587年エルサレム陥落を裏付ける3つの根拠に難癖をつけている。

3つ目。天文学関係の粘土板。

2011年のものみの塔の記事では、「VAT4956」という天文学関係の粘土板からBC607年エルサレム陥落をでっち上げている。その前提として、「VAT4956」を信用する必要がある。

しかし、以前にはものみの塔は「VAT4956」を信用できないとしていた。この一貫性の無さが独善的な偽予言者。自説に反対する場合には難癖をつけ、自説を補強するモノは無批判で受け入れる。

以前も取り上げた目ざめよ!1972/7/8号『バビロンがエルサレムを荒廃させたのはいつか』。1972年のこの記事では、ものみの塔は、天文学関係の粘土板「VAT4956」に難癖をつけまくっている。

エホバの証人の聖なる力に導かれた勘違い、聖書の記述を封印。

1972年には「VAT4956」に難癖をつけていたのに・・・

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