エホバの証人の教理が命を奪う構造
エホバの証人の子どもの「雪だるま禁止」は笑い話でも特殊事例でもない。統治体の思いつきが、命に関わる教理になる。その最たる例が「輸血拒否」。子どもが死んでも、誰も責任を取らない。それが“ふさわしさ”で支配される宗教の現実。
「雪だるま禁止」は特殊事例ではない
“「雪だるま禁止」の先にあるのは、子どもの死だった―エホバの証人の命を奪う危険な構造” の続きを読む

カルト撲滅、ものみの塔聖書冊子協会と裁判中
エホバの証人の子どもの「雪だるま禁止」は笑い話でも特殊事例でもない。統治体の思いつきが、命に関わる教理になる。その最たる例が「輸血拒否」。子どもが死んでも、誰も責任を取らない。それが“ふさわしさ”で支配される宗教の現実。
“「雪だるま禁止」の先にあるのは、子どもの死だった―エホバの証人の命を奪う危険な構造” の続きを読む
昨日の記事の続き。元エホバの証人2世だった私の子どもの頃の特殊事例「雪だるま禁止」からあぶり出すエホバの証人全体の極悪さ。
「雪だるま禁止」は、単なる親の厳しさや家庭の特殊性では片付かない。むしろ、そこにこそエホバの証人という組織の構造的な危うさが凝縮されている。
なぜなら、こうした“禁止”は、個人の判断ではなく、組織内の空気や上層部の発言によって簡単に広がっていくから。
“「雪だるま禁止」から見えるエホバの証人の全体主義。“ふさわしさ”教―思考停止の連鎖” の続きを読む
「雪だるまを作るのは、ふさわしいことでしょうか?」 これ、エホバの証人親が子どもに向けて本気で言うセリフ。いや、ただの雪の塊なんだけど。しかし、連中の世界では、これが“信仰の踏み絵”になる。それが「ふさわしさ」という名の思考停止。昨日の記事の続き。
エホバの証人の世界では、「偶像崇拝」は絶対にNG。しかし、それだけでは終わらない。連中は“他人の目”を異常なまでに気にする。「義の民」として模範的にふるまわなければならないという強迫観念が、日常のあらゆる行動を縛ってくる。
たとえば、子どもが雪だるまを作っているのを、近所の人が見たらどう思うか?「あの家、偶像を作ってるぞ」と思われるかもしれない。実際には誰もそんなこと気にも留めないんだけど。しかし、連中は自分たちがどう見られているかを異常に気にする。
逆に言うと、そんな感じの自意識のかたまりみたいなのが、集まってできている宗教団体なのかも知れない。また、「常に模範的であれ」みたいな、実は社会人として当たり前なことを、変な角度で信者に叩き込むから、こんな異常な出来に仕上がってしまうとも言える。
“エホバの証人の「ふさわしいでしょうか?」という思考停止” の続きを読む
なるほど。雪国育ちでないオレが子どもの頃に「雪だるま禁止」ってエホバの証人親にシバかれたのは、「五九豪雪」のときか。
1Q84年、日本中ですげぇ雪降ったんすね。
ジョージ・オーウェルの小説の年でもあり、子どもに恐怖心を与えるのは良くないと言いつつ、鞭を振るいまくったうちの親の二重思考!— 山羊男 (@jw2nd_com) February 11, 2026
日本中が記録的な大雪に見舞われた1984年。まさにジョージ・オーウェルの小説『1984』の年。支配と監視、二重思考の象徴として語られるこの年に、私の中でも忘れがたい記憶が刻まれた。
『一九八四年』塔から与えられればどんなに愚かなことでもそのまま信じられるエホバの証人
当時、雪だるまを作ろうとした私を待っていたのは、エホバの証人親による制止。理由は「雪だるまは偶像だから」。おいおい、ただの雪の塊だろ。
エホバの証人の子どもは雪だるま禁止だったのか?
私の例は極端で、我が家のエホバの証人親がとくに厳しくて、雪だるま禁止だった。だから、エホバの証人全体の問題とみなすのはどうのこうの、みたいな意見をチラリズムしたんだけど。
浅いって。
なんで、そこをエホバの証人批判に持っていかないのか?まだ治ってないんですか?
エホバの証人親に漂白剤飲まされたとか、背中に「Jehova」ってタトゥー彫られたとかなら、それはその親の問題であり、エホバの証人全体の問題ではない。
しかし、「雪だるま禁止」は、普通にエホバの証人全体の問題。「その親が特別厳しかったから~」で片付く問題ではない。
“「雪だるま禁止」と“1Q84年”の記憶、「その親が特別厳しかった」という問題ではない。” の続きを読む
エホバの証人のWikipedia、「マインドコントロール・脱会問題」の項目内に、なぜか教団を美化する謎の記述が紛れ込んでいた。出典は、ジュリア・M・コルベットの「アメリカの宗教」という特定不能な文献。しかし、実は引用元はエホバの証人公式サイト。
この事実を出典として明記し訂正したところ、仮想エホバの証人が“無言で差し戻し”という実力行使に出てくる。議論から逃げ、言葉を失った者の最後の手段。
昨日の記事の続き。2022/2頃のこと。
こちらも再度編集を試みる。本文は、仮想エホバの証人の編集ままで、文末に[要文献特定詳細情報]の記載を追加。「この本の存在不明、エホバの証人公式サイトの「エホバの証人はカルト教団ですか」で同様の引用がされている」とポップアップされるようにした。
出典に関する事実を記載
とコメント。
うん。事実しか書いてない。仮想エホバの証人のするべきことは、図書館へ行くか、Amazonで取り寄せるかして、ジュリア・M・コルベットの「アメリカの宗教」の存在を確認すること。「すべてのことを調べろ」って聖書にも書いてあるだろ。
それができないのなら、私による事実の提示を甘んじて受け入れるべき。しかも、本文は変更していなくて、事実のままに注釈しただけだからな。
“Wikipediaに潜む“謎文献”と“知恵なき差し戻し”の構造” の続きを読む
エホバの証人のWikipediaに関して。2022/2、仮想エホバの証人による情報操作に気付いたので、編集する。昨日の記事の続き。
『特筆的な事柄』の『マインドコントロール・脱会問題』の以下の部分。
マインドコントロールやら脱会問題とは無関係な以下の謎記述。
ジュリア・M・コルベットは「このグループは聖書研究から注意をそらしたことがない。その教えは,聖句を参照するための精密なシステムによって裏づけられている」「エホバの証人は,正直で,礼儀正しく,勤勉だという評判を得ている」と述べている。
これはエホバの証人の公式サイトから丸写し。しかも、ここの引用元文献の表記がリンクなしのジュリア・M・コルベット「アメリカの宗教」だけ。誰なんだよ。コルベットって。アメ車?
“「ジュリア・M・コルベットはアメ車ですか?」Wikipediaに潜む謎文献” の続きを読む
エホバの証人のWikipediaの『特筆的な事柄』に『マインドコントロール・脱会問題』という項目があった。2021/9の段階は以下。
マインドコントロール、脱会問題
カルト宗教被害者の問題解決に取り組む、「真理のみことば伝道協会」主宰のウィリアム・ウッド牧師は「エホバの証人 マインドコントロールの実態」など多数の書物を出版している 脱会者による実名・顔出しの手記、家族の脱会体験談も出版されている。一方、精選版日本国語大辞典によると「マインドコントロール」とは、「対象となった人の感情・思想・行動などを本人に気づかれることなく一定の方向に変えること」とあり、エホバの証人になるには、数ヶ月あるいは何年かの聖書レッスンを経て聖書の知識を学ぶ必要があるため、この点でマインドコントロールと言えないとの意見がある[要出典]。
ある百科事典によると「彼らの信じていることはすべて聖書に基づいている。彼らは聖書の権威を当然のものとみなし,ほとんどすべての信条を聖句を使って証明する。(すなわち,裏づけとなる聖句を引用する)聖書が伝統に完全に取って代わるのである」とある[要文献特定詳細情報]。またジュリア・M・コルベットは「このグループは聖書研究から注意をそらしたことがない。その教えは,聖句を参照するための精密なシステムによって裏づけられている」「エホバの証人は,正直で,礼儀正しく,勤勉だという評判を得ている」と述べている[要文献特定詳細情報]。
新ブリタニカ百科事典によると「エホバの証人は個人の振る舞いにおける高い道徳律を強調する」と説明している[要文献特定詳細情報]。
下線部は実際に下線が引かれており、[要出典][要文献特定詳細情報]については私が太字にしている。
“Wikipediaで“要出典”を消す魔法の言葉は「読みやすさ改善」らしい” の続きを読む
エホバの証人のWikipediaの『特筆的な事柄』という項目に、かつて『マインドコントロール・脱会問題』の小項目があった。昨日の記事の続き。2021/9の段階では以下。
マインドコントロール、脱会問題
カルト宗教被害者の問題解決に取り組む、「真理のみことば伝道協会」主宰のウィリアム・ウッド牧師は「エホバの証人 マインドコントロールの実態」など多数の書物を出版している 脱会者による実名・顔出しの手記、家族の脱会体験談も出版されている。一方、精選版日本国語大辞典によると「マインドコントロール」とは、「対象となった人の感情・思想・行動などを本人に気づかれることなく一定の方向に変えること」とあり、エホバの証人になるには、数ヶ月あるいは何年かの聖書レッスンを経て聖書の知識を学ぶ必要があるため、この点でマインドコントロールと言えないとの意見がある[要出典]。
ある百科事典によると「彼らの信じていることはすべて聖書に基づいている。彼らは聖書の権威を当然のものとみなし,ほとんどすべての信条を聖句を使って証明する。(すなわち,裏づけとなる聖句を引用する)聖書が伝統に完全に取って代わるのである」とある[要文献特定詳細情報]。またジュリア・M・コルベットは「このグループは聖書研究から注意をそらしたことがない。その教えは,聖句を参照するための精密なシステムによって裏づけられている」「エホバの証人は,正直で,礼儀正しく,勤勉だという評判を得ている」と述べている[要文献特定詳細情報]。
新ブリタニカ百科事典によると「エホバの証人は個人の振る舞いにおける高い道徳律を強調する」と説明している[要文献特定詳細情報]。
“「ある百科事典」って何?─エホバの証人擁護記述のうさん臭さ” の続きを読む
エホバの証人のWikipediaについて。『特筆的な事柄』に『マインドコントロール・脱会問題』という項目があり、仮想エホバの証人が“教団寄り”の編集を試みるため、論戦。
論理的に撃破したのだが、相手は「回答済み」の一点張りで逃走。質問に一度も答えていないのに「答えた」と言い張る、典型的な“議論からの逃走”パターン。実力行使で編集内容をエホバの証人寄りに差し戻してくる状態に。
しかも、エホバの証人のWikipediaから、『マインドコントロール・脱会問題』の項目がいつの間にか消えていた。その前後の流れを記録しておく。
“「回答済み」と言い張るだけの人たちがWikipediaを編集すると、こうなる” の続きを読む
仮想エホバの証人が書き換えている『エホバの証人』のWikipedia。ここからエホバの証人の思考状態を類推している。昨日までの記事の続き。2022/2頃の記録。
『エホバの証人』のWikipediaのエホバの証人とは何かを説明する冒頭部分に以下の記載が追加される。いつもの仮想エホバの証人によって。
また様々な国の刑務所で、受刑者への更生支援プログラムを実施している
刑務所の教誨師の代わりにエホバの証人がやってくる。まるでこの世の果ての地獄絵図。罪を償っているところにカルトの伝道師がやってくると。どこまで行っても救われない。
エホバの証人が刑務所で布教活動を行っていることを「更生支援」として美化したい意図なのだろうが、実態は、教誨師の代わりにカルト宗教が入り込むという、受刑者にとっても社会にとっても危険な構造。
“「敵を愛せよ」と言う人たちが、係争相手を“法的措置”で脅し出禁にする話。” の続きを読む