◆「経済的余裕があれば扶養する」
宗教親を切り棄てて、扶養も老後の看取りも放棄するという話を昨日までの記事で書いている。とはいえ、私は親を完全に切り捨てたいわけじゃなくて、自分の生活が成り立つなら最低限のことはするというスタンス。さらに、片方の親には低頻度ながら孫を会わせたりもしている。
この姿勢は「都合が良すぎる」と思われるかも知れない。しかし、子どもの頃に親から通算500発も生尻を鞭打たれた身としては、自身の今の生活を困窮させてまで面倒を見るという気には到底なれない。心情的には親の老後に関わりたくない理由は明確。さらに、対外的にも理由を言語化できそうなので、今日の記事にて。 “経済的余裕があれば扶養する──宗教によって奪われた宗教2世の経済力” の続きを読む

