エホバの証人の記念式を開催された関東某市の公共施設③「アルコールを飛ばしたビール」は持ち込みOK!?

記念式チラシ

エホバの証人の記念式での「アルコール飛ばしワイン」

エホバの証人の記念式を開催された関東某市の公共施設とメールのやり取り。

施設側へ事前に確認したところ、当該のホールは「アルコール持ち込み禁止」。

事後に独自ルートでエホバの証人側に確認したところ、記念式で「未成年者にも赤ワインを回した」ことを認めた。

それで、「いったいどうなってんの?」と施設側にメールを送ったところ、「アルコールを飛ばしているからOK」という回答。

こちらからは、「アルコールの有無はどうやって確認したの?」というメールを再送。ここまでが昨日までの記事。

それに対する施設側の回答が以下。

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関東地方某市でのエホバの証人の記念式②キリスト君も驚愕!アルコール飛ばしワイン

記念式チラシ

昨日の記事の続き。エホバの証人に記念式を開催された関東某市の公共施設。事前のやり取りでこのホールは「アルコール持ち込み禁止」と確認をとる。

そして、事後になったのだが、当該のエホバの証人がこの施設での記念式で未成年者にも赤ワインを回したことを独自ルートで確認。

というわけで、施設側へメール。

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エホバの証人の記念式開催を許容した関東地方某市の公共施設とのやり取りを紹介①

記念式チラシ

関東地方某市の公共施設とのやり取り

エホバの証人が毎年、春先に記念式と称して公共施設を使用している件。同記念式では子どもにも漏れなく赤ワインが回覧されるので、「未成年者への酒類提供」を容認するのは公共施設としていかがなものか?と私が把握した限りの600を超える全施設に照会。

【緊急】2026年エホバの証人の記念式:直前リーク第1弾 ヨコハマが熱い!!

今回は関東地方某市のホールの対応を紹介。

以下の文面で当初の照会を行った。

2026年エホバの証人の記念式対策:指定管理者向け照会文面の紹介

指定管理者からの一回目の返信が以下。

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私は加害者ではない──叩いているのは弱者を量産する加害構造

弱者を量産するエホバの証人という加害構造

◆まさか私が加害者に?

エホバの証人に対して強く発言すると、ふと、エホバの証人があまりにもボロすぎるから、弱者をいたぶっているような気持ちになることがある。まさか私が加害者側なのか?と一瞬思ったりもする。

でも、冷静に整理してみたら、ぜんぜんそんなことはなく。批判しているのは“加害構造”であって、弱者を叩いているわけではない。加害構造を告発・糾弾しているにすぎない。

このあたり、誤解されやすいので記事化。

◆信者個人が弱者に見える構造

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エホバの証人2世の死ぬ予定で育つという異常性

宗教2世の人生の前提は崩れる

◆エホバの証人2世は「死ぬ予定」で育つ

エホバの証人2世の最大の異常はこれ。死ぬ予定で育つということ。これは比喩ではなく事実。

  • ハルマゲドンが来る
  • この世界は滅びる
  • 神が選んだ人だけが生き残る
  • それ以外は死ぬ

エホバの証人2世は、“死ぬ予定”という前提で育つ。

エホバの証人として生きて、ハルマゲドンで死なないようにすれば良いって?バカ言ってんじゃねぇよ。下らん宗教強制してくんじゃねぇよ。信教の自由ってどこいったんですか?

◆死ぬ予定の人間に、将来設計は必要ない

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宗教が奪う子どもの将来設計

宗教が奪う将来設計

◆宗教2世は「将来設計」という概念そのものを奪われて育つ

一般家庭の子どもは、 小学生の頃から自然と“将来”を意識し始める。

  • どんな仕事をしたいか
  • どんな大人になりたいか
  • どんな人生を歩みたいか
  • どんな学校に進むか
  • どんな能力を伸ばすか

これらは、家庭・学校・社会の中で自然に形成される「人生の地図」。しかし宗教家庭では、この地図が最初から存在しない。宗教2世は、将来設計という概念そのものを奪われて育つ。

あったとしても、宗教の作り出した仮想世界におけるモノ。現実世界では役に立たないどころか有害でしかない。

◆宗教が提示する“将来”は、現実ではなく終末の幻想

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巨悪が小悪を語る詭弁──エホバの証人の論点ずらしの構造分析

巨悪が小悪を語る詭弁

巨悪が小悪を持ち出すカルト的詭弁

エホバの証人らしき奴「だんじりで人か死んでも、 何も言わない背教者」

なぜ批判者はあらゆるモノを批判しなければならないのか?

無知な領域に口出しするのを避けるのは当然だし、興味のないモノを批判する必要などない。危険性をよく知っていて、自ら体験したモノだからこそ、批判するわけで。

「他にも悪い奴がいる。」これカルトな連中の常套句。巨悪が言うなよって話。

巨悪が小悪を持ち出す構図は、自らが悪であることを否定できないために、批判の矛先を転じさせるための詭弁。

スピード違反で捕まった奴が「皆、速度超過してるだろ」って言うのと同じ。「だからどうした」って話。

批判者の構図

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宗教2世は「親子の物語の外側」にいる

宗教2世の居場所

◆宗教2世の呪縛

宗教2世として生きていると、「親を棄ててはいけない」「親を許すべきだ」「親子の絆は切れない」といった“日本的な親子物語”の中に自分を当てはめようとしてしまうことがある。あるいは、宗教の後遺症として、「親を棄てるのは悪だ」「親を見捨てるのは罪だ」という呪いが心の奥に残っていることもある。

宗教親を棄てるというテーマは、「冷たいかどうか」ではなく、親子関係の契約違反をしたのは親の側であるという構造の話。宗教親が親子関係の契約違反をした瞬間に、 宗教2世は“親子の物語の外側”に立たされる。

この辺の話を連日とりとめもなく書いているが、一旦まとめ。

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宗教親の謝罪が軽い理由

宗教親の奪ったモノは決して返すことのできないモノ

◆宗教親の謝罪は軽くなるしかない

私の親がエホバの証人を脱会した後、ホントに軽く謝られたことがある。宗教親の謝罪が軽い感じになるしかないのは、構造的に当然。返せないモノは返せないから。

◆宗教親が奪ったモノは「謝罪の対象外」

宗教親が奪ったのは、“謝って済む”類のモノではない。

  • 幼少期
  • 自由
  • 安全
  • 人格形成の基盤
  • 進学の機会
  • 社会経験
  • 将来設計
  • 経済力の基礎
  • 医療拒否による生命の危機
  • 親子関係そのもの

これらは、謝罪という形式では処理できない損害。「ごめん」で済む問題じゃない。壊れたコップや忘れた約束のような “可逆的な損害”ではなく、不可逆的な損害。幼少期も人格形成も人生の基盤も、やり直しがきかない。宗教親が奪ったモノは、そういった不可逆なモノ。だから謝罪は軽くなるしかない。重くしようがない。

◆親がどれだけ誠実でも謝罪は軽くなる

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棄てた宗教親は他人であり、許しもせず責めもしない

宗教2世と宗教親

◆宗教親の「謝罪」は、構造的に“軽く”なるしかない

私の親は、エホバの証人を脱会して戻ってきたときに、既に脱会済みの私に対し軽く謝った。それは誠実だったのかもしれない。構造的には以下のようになるから。

  • 奪われた幼少期
  • 奪われた自由
  • 奪われた安全
  • 奪われた選択肢
  • 奪われた人格形成の時間
  • 奪われた人生の基礎

これらは取り返しがつかない。だから、どれだけ謝っても、泣いても、後悔しても、償おうとしても、過去は戻らない。だから償いようがない。結果的に軽く謝ることしかできない。

◆奪われた時を返せ

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