現在の私の立ち位置を珍しく熟考中
2026年9月、 エホバの証人の実質的輸血解禁を受けて、現在の私の立ち位置を珍しく熟考中(小一時間ほど・・・)。
「老親に覚醒してほしくない」は、自分が傷つきたくないだけ。誰かのためじゃなく自分のため。
「罪を犯し続けてほしい」と言ってるのと同じ構造。
もし“罪じゃない”と思うなら現役信者に戻ればいい。それができないなら黙ってろ。
利他的に見せかけた自己中心性。
知的ポーズで誤魔化した自己保身。— 山羊男 (@jw2nd_com) September 21, 2026
曲がりなりにも「真理を探究している」つもり(実際には逆走だが)の連中なんだから、本気で「真理の探究」をサポートしてやれよ。
家族で徹底的に傷つけあって復元不可能なところまでいけばいいんだよ。そしたら、お互いに目ざめるよ。
たった一度の人生、宗教ごっこ、家族ごっこで終えるつもりか。— 山羊男 (@jw2nd_com) September 21, 2026
てな感じの強めの投稿までXにしちゃったりしたので、少し考えを深めることに・・・。
「被害者のままでいたい」という心理構造
“親を棄てた者の倫理──輸血解禁が照らした宗教2世の構造” の続きを読む

