体罰全面禁止国のエホバの証人、今でもムチを振るっているのか?

体罰を受けるエホバの証人の子ども

体罰が子どもに与える悪影響

体罰は身体的な痛みだけでなく精神的な痛みを伴う。みじめさや恐怖心は子どもの心の成長に悪影響がある。これは科学的な調査によって明らかになっている。米国で2002年に発表された体罰の研究成果がある。

体罰を受けて育った子どもは、その時には親の言うことを聞くという一時的「効用」がある。しかし、長期的には

  • 攻撃性が強くなる
  • 反社会的行動に走る
  • 精神疾患を発症する

などの副作用があることが分かっている。

私は、エホバの証人2世として懲らしめというを暴力を振るわれて育った。上記の体罰の副作用は、まさにあてはまっている。精神疾患は辛うじて免れていると思いたいが、私は攻撃性の強さと反社会的行動で20代を走り抜けた。

体罰を受けて育った子どもは、言葉や社会性の発達にもはっきりと遅れが見られる。体罰には良いことなど何もない。日本は違うのだが、体罰を法律で禁止している国が世界に52ヵ国もある。(2018年6月現在)

日本も2020年2月に体罰が前面禁止になった。全世界で59番目の国として。この記事を書いた2018年から7か国増えた。エホバの証人の王国会館から、子どもの泣き声が聞こえてきたら通報するべき。これは社会的義務。
※2021年8月9日追記

体罰全面禁止国のエホバの証人、ムチの現在は?

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世界がいかに寛容であろうと、エホバの証人を許容してはならない

同期のエホバの証人同級生との思い出

同期入社のエホバの証人2世

私は、生まれながらのエホバの証人2世で、14才のときに自分の意志でエホバの証人をやめた。そして高校へ入学。

私は高校入学時にはエホバの証人を脱会しており、高校デビュー。ところが同じクラスに現役エホバの証人2世がいるという不運。

しかし、そのエホバの証人のクラスメイトは、在学中は仮面エホバの証人で通していた。信仰を表明せず、何食わぬ顔で過ごしている。

我々は、お互いの親から相互のエホバの証人関連情報を聞いていたのだが、どちらからも触れずじまい。そのまま社会人になった。

しかし、そのエホバの証人2世と私は、同じ会社に新卒で入社することになった。在学中の高校とその上級課程、計5年のあいだ同じクラス、なおかつ同じ会社に新入社員として入社。

全く触れ合いのない学生生活だったが、腐れ縁なのか何なのか。彼は、信仰を表明しないし、私のエホバの証人の過去をリークしたりもしない。人畜無害だったので、入社後もただの同級・同期という関係を継続。

その同期エホバの証人は、3年ほどで会社を辞めてしまう。退社後に某巨大運送会社に転職するらしく、退社の理由は、恐らくエホバの証人活動に従事するため。その動物マークの配送便会社で働くエホバの証人は多いらしく、時間の都合がつきやすいのだろう。

彼の退社の際に、2人で飲みに行った。しかし、結局エホバの証人のことは、そのときもそれ以降もそれ以前も、全く話さなかった。こちらからも、あちらからも。そして、この時から15年以上経過、現在に至るまで音信不通。

エホバの証人であるとか、エホバの証人だったというカミングアウトや、その後の深い付き合い、そういった、密接な人間関係がエホバの証人2世は何より苦手。少なくとも、私と同期の彼は。

知っているけど知らないふりをしたり、見えているけど気付いていないふりをしたり、逆にうわべだけで上手く取り繕う人間関係に終始してしまう。

人畜無害なエホバの証人2世

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エホバの証人家族を引き裂くモノ、その正体とは・・・

エホバの証人家族を引き裂くのは・・・

エホバの証人をやめる者と残る者の確執

本ブログに、初めてコメントを頂きました。ありがとうございます。

コメントを確認している過程で気付いたのですが、メールアドレスを登録しないとコメントできない設定になっていました。煩わしそうですのでこの制限をはずしました。コメントやお問い合わせは、批判や中傷でも大歓迎です。

今回コメントを頂いた方はエホバの証人2世として10代までを過ごされたそうです。兄弟の方がいらっしゃって兄弟でエホバの証人2世としての活動を強制されたとのこと。

私は一人っ子だったので、兄弟揃ってエホバの証人2世として育てられるという経験はありません。

家族で同時にエホバの証人をやめるのがベストです。

エホバの証人をやめるタイミングにズレがあると、兄弟関係の決定的な損失につながってしまう可能性があります。これは兄弟だけでなく夫婦や親子、友人関係にも当てはまることです

この方は、エホバの証人をやめてからが本当の地獄だったとおっしゃっています。地獄の要因を自己の外で考えると、教団に残る者と去る者の間の確執があります。

教団に残る者は、ものみの塔の語ることが真理でそれ以外に救いはないと完全に信じ切っています。それならば、肉親が教団を去ることを何としても押し留めたいと思うのは当然のこと。さらには肉親が反対者となれば、愛情が憎しみに似た感情に変化します。

エホバの証人をやめたあとの生き方

エホバの証人家族が見るべき地獄こそが真理

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エホバの証人が見ることを許されないテレビ、その理由とは?

TV禁止のエホバの証人

エホバの証人2世の育つ毒家庭

私は生まれながらのエホバの証人2世だった。両親ともにエホバの証人という毒家庭で成長した。

1980~90年代、学校の友人の家にはたいていテレビゲームがあったのだが、私の家にはなかった。貧乏とかではなく、わが家がエホバの証人だったから。

エホバの証人は各家庭によって、ものみの塔の教理に対する厳格さや忠誠度が異なる。このため、中にはテレビゲームが許されているエホバの証人2世の子どもがいた。私にとっては、うらやましい限り。

私の家にはテレビすら置かれない時期もあった。両親は、テレビから流れる情報のほとんどは悪魔サタンが流している有害な情報だと信じていた。両親は、それほどに深いマインドコントロール状態にあった。

とはいえ、テレビが置いてあった時期もあった。しかし、1日に見ることのできる時間は30分とか1時間と、ガチガチに決められてはいた。しかも、NHKだけしか映らないように設定されていることもあった。

また、見たい番組は事前に両親の承認を得なければならなかった。許しが出た番組でも、一緒に見ていて途中でエホバの証人にとって「ふさわしくない」シーンがあると、テレビを消される。

「ふさわしくない」というのは、不道徳や暴力など。テレビで、未婚のカップルがキスしたり、服を脱ぎ始めたりするとチャンネルを換えられた。そもそも、子どもの大好きな戦隊物やヒーロー物は暴力的という理由で許されなかった。

傲慢エホバの証人よ、自分の頭で考えろ

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1995年、ものみの塔の悪ふざけとエホバの証人の親子やり直し

エホバの証人の疑似親子プレイ

1995年、ものみの塔の悪ふざけ「ハルマゲドンまだ来ないっす」

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。14才のときに自分の意志でエホバの証人をやめる。これが1994年。翌年の

1995年にものみの塔協会は自身の予言に大幅な訂正を加える。それまでは、明日にでもハルマゲドンが勃発し、この世の事物の体制は崩壊するとされていた。それが「ハルマゲドンは明日というほど早くはこないよ」という、緩やかな予言に訂正される。

明日にでもこの世が終わるのだからと、エホバの証人たちは世俗の仕事を捨て、高等教育を受けることも諦め、ものみの塔の不毛な活動に従事していた。

ところが、「そんなすぐにハルマゲドンは来ないぜ」と予言の出元であるものみの塔がいきなり発表。しかも、謝罪も何もない。冗談も程々にしろと言いたいところ。

1995年の私は、エホバの証人をやめたばかりでサッカーに熱中していた。この頃、両親はいまだにエホバの証人。当時、我々親子はエホバの証人に関することを全く話さなくなっていた。

そのため、私はものみの塔の悪ふざけのような、予言の訂正を知る術が無かった。1995年の私は、まだものみの塔による洗脳が解けないまま。幼い頃からの擦り込みの影響。「ハルマゲドンが今すぐにでも勃発する」という恐怖心を抱きながら、サッカーボールを蹴っていた。

この瞬間にでも、天からの落雷で命を落とすのではないかと怯える日々。神の強権、ハルマゲドンを心底恐れていた。それでも残り少ない生涯を全力で生きるべく、ひたすらサッカーボールを蹴り続けていた。

1914年の嘘と1995年の冗談

エホバの証人の教義とその特徴である二面性

エホバの証人の親子関係の修復

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1995年のものみの塔を知らない、元エホバの証人2世

来ないハルマゲドン

元エホバの証人が恐れるハルマゲドンとは

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。そして14才になる年にエホバの証人をやめた。

この年が1994年で、翌1995年にものみの塔協会は教理を大きく変更する。簡単に言うと、ハルマゲドンまでのカウントダウンを延長。

ハルマゲドンというのは最終戦争とも言われる、この世の終わりのこと。この世の事物の体制に対して、神エホバの怒りの鉄槌が下る。世界が一掃され、エホバの証人だけが生き残る。その後、地上の楽園での果実を、エホバの証人だけが享受するというストーリー。

エホバの証人たちは、地上の楽園で完全な体に変化し永遠に生きるという設定。また、ハルマゲドン以前に死んだ忠実なエホバの証人たち全員が復活し、共に永遠に生きることにもなっている。

神エホバに心から献身し、感謝し、畏敬の念を抱き、全てを無償で捧げているという純粋なクリスチャンは、エホバの証人の中に存在しない。単純にハルマゲドンへの恐怖と、その後の楽園での永遠の命というご利益をぶら下げられて、不毛な勧誘活動に打ち込んでいるだけ。

1995年のものみの塔、ハルマゲドンのカウントダウン延長

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ものみの塔協会の不完全な教理は、決して真理ではない

真理の経路が人間って・・・

楽園に入りたくないエホバの証人2世

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。

エホバの証人というのは自称キリスト教系の新宗教。日本ではものみの塔という呼び方でもよく知られている。

私は、14才のときに自分の意志でエホバの証人をやめる。苦心の末、やっとエホバの証人をやめるという決意を両親に告げた。

エホバの証人の集会へ出かける時間になったとき、両親に

「もう集会には行かない」と、言うのがやっとだった。

その後、集会から帰ってきた両親により、私の事情聴取が始まった。いったいどういうつもりで、もう集会に行かないというのか?ということ。

両親は、これ以前からの私のエホバの証人活動への身の入らなさから、ある程度はこういった事態を予想していたはず。この頃の私は、常にエホバの証人をやめたいと考えていて、理論武装を固めていた。

私の人生の意義はエホバの証人が求めるものとは違う。「ハルマゲドンまでの限られた命で構わないから、二度と繰り返されることのない現在、今を思い通りに生きたい」と話した。

エホバの証人である間は、かたくるしい教理に縛られ、何一つ自分の思い通りに行動できない。私は、それがもう我慢ならなかった。

エホバの証人は、すぐにでもハルマゲドンというこの世の終わりが来ると、マインドコントロールされている。

ハルマゲドンを生き残れるのは、清らかなエホバの証人だけ。ハルマゲドン後、エホバの証人たちは楽園に造り替えられた地球で永遠に生きるという設定になっている。

私は「両親と一緒に、楽園で永遠の命を享受したいとは思わない」と、はっきり告げた。

筋道が通っていて、エホバの証人をやめるには十分な理由なのだが、こんな話をしても、両親はただ悲嘆にくれるばかりで話が通じない。マインドコントロールが深いと、他人がどう考えているのか、おもんばかることができない。

マインドコントロール信者のなかにあるのは、自分とものみの塔の関係だけ。正しいのは、常にエホバの証人の教理。他のことが一切見えなくなっている。マインドコントロール親には、実の息子の本当の願いすら見えていない。

さらに、この頃の私はものみの塔の教理の矛盾にも気付いていた。この晩の事情聴取で、背教じみたことも両親に対して口にしていた。

批判的にエホバの証人の講演を聞いたり、疑いながらものみの塔の宗教本を読んだりすると、ツッコミ所はどれだけでも出てくる。完全、完璧な真理では決して無い、ということが見えてくる。

ものみの塔協会の不完全な教理は真理ではない

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エホバの証人親子の問題に、ものみの塔の介入を許すな

親子の問題は、親子の問題

エホバの証人2世、14才の決意と苦悩

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。両親はともに熱心なエホバの証人だった。

私は10才を過ぎた頃から、「いつかエホバの証人をやめたい」という、漠然とした希望を抱き始めた。「大人になったらエホバの証人をやめられるかも知れない」という、その程度の願い。

この願いが14才になる前に強い決意に変わる。サッカーに熱中し始めたから。エホバの証人の王国会館に通ったり、布教活動に使う無駄な時間を、サッカーの練習にあてたいと思い始めた。

しかし、私はこの決意をなかなか両親に告げることが出来なかった。

エホバの証人をやめると決意した後も、何ヶ月間もダラダラとエホバの証人の集会に通い、ときには「割り当て」られた神権宣教学校のプログラムもこなしていた。布教活動にも参加し続けていた。
※神権宣教学校とは、エホバの証人の布教活動のテクニックを磨くために話し方の練習などをする場。定期的に「割り当て」と言われるプログラムが回ってくる。男性は演題から話をしたり、女性は実演形式であったり。

この頃は本当に精神的にきつかった。やらなければならないこと、やりたいことは明らかなのにそれができない。その邪魔をしているのは、何よりも私を愛している両親

エホバの証人2世の子供の背が低い理由

エホバの証人2世という暴走人間、抑圧の代償

親子だからといって、何もかも同じである必要はない

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エホバの証人ベテル崇拝という罪、人生の墓場=海老名ベテル

ベテルという墓場

エホバの証人の子どもに強制されるベテル奉仕願望

私の両親は、ものみの塔協会のマインドコントロール下にあるエホバの証人だった。私はその一人息子で、ゴリゴリのエホバの証人の2世信者として育てられた。

エホバの証人というのはキリスト教系を自称する新興宗教。日本では、ものみの塔聖書冊子協会が組織の運営・統括を行っている。2世信者というのは親の宗教を強制される子どものこと。

ある時、父がまだ子どもだった私にこう言った。

「お前がベテル長老になってくれたら本当に嬉しい、お母さんは泣いて喜ぶだろう」

この場合のベテルとは、エホバの証人の日本支部のこと。神奈川県海老名市に存在する。国内信者の統括とエホバの証人用の宗教本の印刷・製本・発送が行われている。

ベテルで無償奉仕することは、エホバの証人にとって特権とされている。その中で出世し長老にまでなってくれたら、両親は本当に嬉しいのだそうだ。

私の家庭では、「プロ野球選手になりたい」などという子どもらしい純粋な夢を口に出すことはできなかった。「大人になったらベテルに入って奉仕したい」と言わなければならなかった

エホバの証人のベテル・日本支部・世界本部とは

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ものみの塔を放置できない理由、生き残った者の責任

カルト脱会者だけが語れること

ものみの塔というゴミだるまの焼却がこのブログの目的

前回に続いてメッセージを頂いた件です。
このブログで、私は自身の経験を元にものみの塔協会を糾弾しています。今回お問い合わせを頂いた主題は、「エホバの証人は無害で、本人たちはその活動を生きがいとしているのだから、放っておけば良いのではないか?」ということでした。

これは、何となく私にも思い当たる節があって、何を今さらこんなおせっかいじみたことをしているんだろう、と思うことがあります。

私は、両親にエホバの証人2世として、窮屈で地獄のような子ども時代を強制されました。しかし、その両親に感謝こそすれ、恨みには思っていません。同様に両親をカルトに引きずり込んだエホバの証人たちのことも恨んでいません。彼らもまた被害者です。

そもそも、ものみの塔や統治体への恨みからこんなにも攻撃しているのかと言えばそれも違います。ものみの塔や統治体も悪意の固まりではないからです。おそらく一部の確信犯を除いて。

ものみの塔は、組織を維持拡大することを目的として、無意識的に転がり続けているゴミの雪だるまのようなものです。ゴミは放っておくと腐り、公害の原因になります。誰かがゴミ掃除をして焼却しなければなりません。

ものみの塔はこの世に存在すべきモノではなく、有害なモノなので、私は世界を正当な姿に戻そうとしている。

当ブログを端的に表すとこうなります。また、

人生を棒に振る被害者が出るという点では、一般のエホバの証人は人畜無害でも、ものみの塔という組織そのものは明らかに危険で有害です。誰かが警笛を鳴らし続けなければなりません。

そのために、私はこのブログを書いています。

エホバの証人被害者だけが語れること

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