エホバの証人の王国会館は均一なエホバの証人二世ロボット製造所
初めて日本語でお問い合わせを頂きました。こんな拙いブログでも誰かに読んで頂けているということが励みになります。ありがとうございます。
私自身、いまだに自分がエホバの証人2世だったこととどう向き合っていくか定まっていない部分があります。批判的な意見も自分で噛み砕いていかなけれないけないと思っていますので、ご意見、お問い合わせなど大歓迎です。
さて、今回お問い合わせを頂いたのは、おそらく私と同年代の元エホバの証人2世の方です。メールアドレスから察するにおそらく女性の方で21歳のときに排斥されたとのことです。
このブログを読んで自身もそうだったと共感できることが多かったとのこと。これは、私も過去に元エホバの証人2世の方のブログを見ていて感じたのと同じです。
いかにものみの塔協会の統率力や洗脳力が甚大であるかということです。子どもの頃、同時代に全く別の場所のエホバの証人の王国会館に通い続けただけで同じような体験をして同じような思考を持つように至ります。
個性を失い、ロボットのような均一なエホバの証人2世になってしまうということです。
なぜ今さらものみの塔協会によって汚染された過去を晒すのか
今回メッセージを頂いたのは、なぜ今さらこのようなブログを書き出したのかということでした。私は、エホバの証人をやめて既に20年以上経っています。エホバの証人2世として禁欲的な生活を強制されていたのは14歳になるまでの間でした。私の人生の中ではエホバの証人をやめてからの期間の方が既に長いのです。
最近思うのは、このブログのように、ものみの塔協会によって汚染された自分の過去について書くというのはそんなに悪いことではないということです。自分の過去を見つめることは、辛いことを思い出し、忘れてしまいたいことを掘り起こすようなことにもなりますが、逆に癒しでもあります。
私自身、今年、数年ぶりに父親になったこともあり、エホバの証人漬けだった頃の父の気持ちがどんなだったかと考えるようになりました。書くことでそれを考えることができます。
父も何かの考えがあって、家族もろともエホバの証人になったのでしょう。良かれと思ってのこと、家族のことを考えてのことでした。それは決定的に誤った決断であり、今では深く後悔しています。
私自身も父親になった立場で、父のことを考えることで、彼にも彼なりの思いがあったのだろうと思います。それは決して邪悪なものでなく、暖かく清らかなもの。そう考えることが私の癒しとなりました。
私は、ただつらつらと書いていても仕方がないので、こういう形で発表しています。私自身、いまだに迷いが多く、考えを整理しながら書いている状態ですので、ご指摘など今回のような問い合わせは大歓迎です。
書き始めたきっかけは、私自身が何者かになりたいということでした。出版したいとかブログで不労所得を得たいという打算的なものです。できればエホバの証人以外のことで成し遂げられれば良かったのですが、そうもいきませんでした。
エホバの証人2世だったことなど全て忘れて楽しく生きていければ良いです。実際そういう生活をしようとして、毎日パチンコホールに入り浸り、毎晩のように飲み歩いていたこともあります。
しかし、それはエホバの証人的でないことを求めていただけでした。どうしてもエホバの証人精神というようなものみの塔的思考が深く私の中に根付いてしまっているのです。気付けば反ものみの塔を唱える逆洗脳状態に陥っていました。
この思考状態で、何かを書くならやはりエホバの証人2世だった過去を抜きにしては出来ないのです。長くなりましたので続きは次回です。
“元エホバの証人二世の方から初めてお問い合わせを頂きました①~ものみの塔協会により汚染された過去を晒す理由” への1件の返信