エホバの証人による寄付金流用裁判、ものみの塔側証拠資料「乙21」

AIによる本記事のまとめ

裁判中のものみの塔側が提出した証拠資料「乙21」における、私のブログからの引用部分について。これは、恣意的な切り取りと曲解が顕著な例です。

被告は、私の2024年4月20日付ブログ「余計なオプション信教の自由があるから、非人間的宗教が野放しにされる」から、一部を引用し、以下の主張を展開しました:

原告は、エホバの証人の信者には基本的人権がないという極端な思想を持つ

しかし、この引用は、文脈を無視したものであり、私の実際の主張を歪めるものです。

被告の引用部分と実際の文脈

引用部分: 「信教の自由は基本的人権ではないよ。基本的ではない余計なモノ、オプション機能。」

前後の文脈: 私は、特定の宗教が人権を脅かしている点を指摘し、信教の自由の在り方を問うべきだ、と述べています。また、「生存権を脅かす非人間的宗教」の具体例を挙げています。

時間的矛盾

さらに、ブログ記事が書かれたのは2024年4月20日であり、私がエホバの証人に寄付したのは同年1月19日。寄付の動機を後日執筆したブログから推測するのは、不可能です。

真に反旗を翻しているのは誰か

被告が準備書面で指摘する「公然と反旗を翻す」の思想とは何か? 私は、非人間的宗教が生存権を脅かしている現状を疑問視しているだけです。これに対し、行政からの指示を無視し、体罰を推奨し続け、現体制の滅亡を願うものみの塔こそ、真に反旗を翻しているのではないでしょうか。

ものみの塔の伝統芸、恣意的引用からの曲解

ものみの塔と裁判をしている件。連投しているけど、こうやって裁判情報を出すと、連中、この事態を社会的に誇示している、とか言い出すんだけど、筋違いも甚だしい。

社会的に広めることが必要なのと、支援を得るためにやってるだけ。

何度も書いているけど、ものみの塔と裁判してることなんか社会的に誇示することじゃねぇからな。恥だよ。恥。そもそも、こちとら元エホバの証人2世って出自が人生における傷なんだよ。

今日は、被告ものみの塔側の提出した証拠資料乙21、原告である私のブログ。

タイトルは「余計なオプション信教の自由があるから、非人間的宗教が野放しにされる

被告ものみの塔側が引用しているのは、同乙21冒頭部分の

信教の自由は基本的人権ではないよ。基本的ではない余計なモノ、オプション機能。なくても構わないモノ。むしろ、不要

タイトルも煽情的だし、ものみの塔が引用している部分もなかなか過激。しかし、結局、いつものものみの塔による恣意的引用からの強引な曲解。

ものみの塔の非合理的主張

被告ものみの塔側が主張したいのは以下。被告準備書面より。

エホバの証人の信者には信教の自由を含む基本的人権はないという極端かつ過激な思想を持つ原告に、被告に対して寄付をする動機はどこにもない。にもかかわらず、あえて原告が寄付を行ったのは、言いがかりをつけて返金を要求するためであったと考えるのが合理的である

はい。これは全く合理的ではありません。

乙21の投稿日は2024/4/20。私がエホバの証人に寄付したのは2024/1/19。

寄付後のブログ記事を持ち出して、寄付時の私の心のうち、寄付の動機を読み取ることなど不可能。節操なさすぎ。時間という概念を持たない人たちなのかな?

無関係なモノを証拠として探して出してきて、乙です。

そもそも、恣意的引用をしてしまう読解力ゼロの被告に、他人の心のうちを読み取ることなど不可能。

ものみの塔の切り取り引用

被告ものみの塔が乙21から引用した

信教の自由は基本的人権ではないよ。基本的ではない余計なモノ、オプション機能。なくても構わないモノ。むしろ、不要

の部分。

直前、直後の部分をつけ足すと次のようになる。『みんなの宗教2世問題』という本で、「一般社会通念から見て、いかなる愚行でも真摯な信仰行為は尊重すべき、というのが前提」と書いている自称識者がいたので、それに対し

いや、その前提を疑えよ。信教の自由は基本的人権ではないよ。基本的ではない余計なモノ、オプション機能。なくても構わないモノ。むしろ、不要

信教の自由という余計なオプションが存在するから、人生を損ね、もっと基本的な人権である生存権が脅かされ、自由を奪われる愚かな人々が出てくる。

下線部がものみの塔引用部分。対して、前後の文脈を加味した私の主張は以下。

自称識者がおかしなことを言っているので、前提を疑え、と。さらに、信教の自由のせいで生存権が脅かされる矛盾を指摘している。

生命そのものを危険にさらし、最低限の文化的生活ができなくなる愚かな宗教に、信教の自由を認めるなよ。というか、そんなモノ宗教じゃねぇよ。宗教の皮を被った愚行。

なにか、思い当たる節でも?

被告ものみの塔は、自身が切り取り引用した部分から、原告の私が以下の思想を有すると主張している。被告準備書面より。

エホバの証人の信者には信教の自由を含む基本的人権はない

いや、誰がエホバの証人って書いた?

人生を損ね、信教の自由以上に基本的な人権である生存権を脅かす宗教のことを書いてるんだぜ。

何か思い当たる節があるんですかね?被告ものみの塔には。

まぁ、本ブログがエホバの証人対策がメインテーマだからと言えばそれまでだが、被告が引用している乙21の前半部分では、エホバの証人にターゲットを絞ったつもりはない。

エホバの証人を含む、女性信者を韓国の山奥で肥溜めに落ちざるを得ない状況に至らしめる宗教とか、選挙になると親族、友人、同僚に支持者への投票を血まなこで呼びかける宗教なども含んでいる。

被告ものみの塔が引用している乙21の前半部分では、エホバの証人のことに限定はしていない。

ブログのタイトルと出だし部分から節操なく引用しているだけ。決定的に読解力が不足しているのか、都合の悪い部分は意図的に無視しているのか。

自己正当化集団、エホバの証人

乙21の後半では、エホバの証人がいかに非人間的宗教かということを説明している。エホバの証人にとって都合の悪い部分。それが以下。

余計なオプション信教の自由があるがために、現代の日本では、非人間的な行為や子どもの虐待、女性差別な教理を抱えるエホバの証人が野放しにされている

この一文があるので、私が、「エホバの証人も人間の生存権を脅かす愚かな宗教だから、信教の自由を認めるべきではない」、という思想を持っていると類推することはできる。

とはいえ、仮に被告にここまでの読解力があるのだとしたら、なぜ被告はこの後半部分を無視するのか?

都合が悪いから。自身の悪行を棚に上げて、相手を批判する、自己正当化集団だから。

公然と反旗を翻しているのは誰か

ものみの塔が特に否定もせず、無視している乙21の後半部分は以下。

エホバの証人は正々堂々と体罰を肯定している。エホバの証人の体罰は、非人間的な子どもの虐待そのもの。

またエホバの証人の最狂教理ハルマゲドンでは、地球上のほぼすべての人、エホバの証人の信条に反対する人々は殺される設定。これほどの非人間的行為があるだろうか。

この残虐行為ハルマゲドンを脅し文句にして、エホバの証人は人生そのものを奪われている。これまた非人間的な行為。

そして、エホバの証人はいかなる場合においても堕胎を禁じている。これは女性の身体的自由を損ねる女性差別。

被告ものみの塔は、こういった都合の悪い部分は無視し、否定することもない。

私は、乙21ではエホバの証人がこういう非人間的な宗教だから、信教の自由を与えてしまっている前提を疑え、と書いている。

被告ものみの塔は準備書面で次のように書いている。

原告は、個人の尊厳という憲法の核心的価値観を否定し、基本的人権の尊重という憲法上の原則に公然と反旗を翻す思想の持ち主である

いや、違うだろ。生存権すら脅かす宗教に信教の自由を与えてしまっている前提を疑え、と書いているだけ。なんだよ。「公然と反旗を翻す」って。

「公然と反旗を翻す」ってのは、行政からの指示を無視し、体罰を推奨し続け、ハルマゲドンで現体制が滅ぼされることを待ち望む団体のことを言うんだよ。

2023/12/19読売新聞より、嘘がネクタイを締めて歩いているのがエホバの証人


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