街頭カート布教中のエホバの証人(JW)を攻略する

エホバの証人のカート布教を攻略

今宵はドラマ仕立てに、第10章『愛をもって・・・』

朝8時、時間を潰している体を装って、街頭でカート布教中のエホバの証人の様子を観察していたら・・・先方も休憩中のミドル紳士エホバの証人に話しかけられる。まずお前が名乗れと。

オレ「お名前は?所属は?部署とかないんですか?」

エホバの証人「○○会衆の○○です」

オレ「ところで、お宅の宗教って体罰してるんですよね?最近話題の鞭の宗教ですよね?」

エホバの証人「いいえ、一昔前は鞭があったんですけど、今は無いんですよ」と、イヤーンな柔和顔。

オレ「いやいや、今も推奨してますって」

私のカバンの中からタブレットを出して、jw.orgを検索。『あなたの家族生活を幸福なものにする』を相手のJWに見せる。10章『愛をもって懲らしめる価値』

ものみの塔聖書冊子協会に電話してみた話、公式サイト崇拝

エホバの証人と一緒にものみの塔聖書冊子協会に電凸

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『「神様」のいる家で育ちました』、ラストに素敵な言葉が

一人より二人、宗教2世

カルトに信教の自由はない、ガッチリ規制すれば良い

2世信者の救済だけが私のゴールではない。カルトの消滅。少なくとも私の知る限り100%カルトのエホバの証人には消え去って貰わなければならない。と昨日の記事で書いた。

宗教2世が特に問題視されている現状、信教の自由がカルトにも適用されるという既存の枠組。こういった土台の上のストーリーに何となく違和感を覚える。

今はたまたま信教の自由がカルト信仰にまで適用されているけど、それはおかしい。おかしなモノはおかしいと直してやらないといけないし、愚かな行為は正すべき。それが例え、信教・信仰の自由という触れるべからずな領域であっても。

この点に価値観の転換が必要なのと、エホバの証人憎しという私のエゴが発端なので、誰にでも簡単に理解して貰えるものではない。

誰にでも共感を得られるのは、生まれのせいだけで不条理にカルトを強要されている子ども、2世信者の被害。分かりやすいところから攻めるというのなら全然良いのだけど、私は、最終的にはエホバの証人そのものに消滅して貰いたいわけで。

やはり最近の宗教2世だけが注目を集めているのとは隔世の感。自身が宗教2世でありながら。

『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち』

宗教2世被害者、一人で泣くことはない

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世界中での信者数の増加が神の是認というエホバの証人、何だそれ?

信者の増加が宗教の真正性を示すことはない

「神の介入」を待っている間に死んじゃうエホバの証人

『近現代日本とエホバの証人』。結章「日本のエホバの証人における<本部志向>とは」。

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結章、序盤でエホバの証人とは何なのか?を簡潔明瞭にまとめてある。分かりにくいエホバの証人本人の話を聞くよりここを読んだ方が分かりやすい。まずは宗教お約束の救済について。

エホバの証人における救済の時期は、来世や没後の話ではなく、基本的には信者の存命中における救済を前提としている(=救済の切迫性)。ここにおいて個人がなすべきことは、どうすれば幸福になれるかを考えたり、社会を改良したりすることではなく、神の介入の時を辛抱強く待つこと

そんなエホバの証人は「神の介入」を待っている間に死んじゃうし、年齢を喰っちゃう。

どうすれば幸福になれるかを考えることをやめて思考放棄、人生の舵取りを他人任せにして、ひたすら耐えて待つだけ。その自堕落な努力しない態度では、当然、幸福になれないまま一生を終える。それで一巻の終わり。

エホバの証人の存在しない美しい未来は、日本から

エホバの証人の無根拠な主張

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エホバの証人からの脱会ステップ、認知的離脱と組織的離脱

インターネットに触れ、まずはエホバの証人からの認知的離脱を

エホバの証人の認知的離脱と組織的離脱

『近現代日本とエホバの証人』から。第五章「忍従の時代」後半部分。

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昨日の記事で、エホバの証人を辞めるステップについて、自分の意思で考えて辞める方が回復が早いと書いた。その点、本書は的確に言語化している。

まずは、エホバの証人を「辞める」の定義。

「脱会」を「一度は教団の教理を受け入れた人が、教団の教理を認知的に拒否し(認知的離脱)、組織的活動への参加を辞めること(組織的離脱)」と定義

私は教団の教理を受け入れたというか、ほぼ生まれながらに親や大人の信者から、世界とはそういうものだと、エホバの証人の言っていることが真理だと洗脳された。

脱会後の予後については

組織的離脱よりも、認知的離脱が先に生じた場合のほうが脱会後の「社会的リアリティの再定義」がスムーズ

であるとされている。

私の場合は認知的にエホバの証人の教理を拒否するより先に、組織的な活動を辞めた。エホバの証人の求める永遠の命より、刹那の輝きの方が価値が高いと考えてエホバの証人を辞めた。

エホバの証人の教理を疑う余地はなく、価値観の違いにより教理を拒否。認知的拒否ではなく、直観的な拒否。本書の書く通り、先に組織的離脱を果たした私の予後は悪く「社会的リアリティの再定義」がされるまで、組織的離脱から20年近い時を要した。

そもそも組織的離脱と認知的離脱の双方を持って「脱会」と言うのなら、私の脱会が完了したのは組織的離脱の10年近く後のこと。

その間、いつか来るハルマゲトンに備え、刹那的欲求を叶えることに執心していた。いつ死んでもいいと覚悟を決め、刹那を生きる若者に「社会的リアリティ」などが備わるはずがない。

まずはエホバの証人教義からの認知的離脱を

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エホバの証人の脱会を阻む、脱会防止の3つの呪いとは?

エホバの証人にかけられた3つの呪い

エホバの証人はなぜこんなに頑なになるのか

『近現代日本とエホバの証人』から。第五章「忍従の時代」後半部分。

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本書に出てくるエホバの証人脱会経験者のB氏。脱会時の心境を以下のように語っている。

「脱会カウンセリングだけは受けるまい」と思っていた

「カウンセラーの説得によって、つまり他人の意志によって辞めることを促される、それでは今までの生き方と変わらないと思った」

ここでいう

「今までの生き方」とは、教団が提示する「真の宗教」やその判断基準に囚われていた生き方

のこと。「真の宗教」論争については昨日の記事で触れた。

これを読んでいて感じたのは、エホバの証人になると、人はなぜこんなに頑なになるのか?ということ。エホバの証人をやめるというのは、最良にして自由な人間として生きる唯一無二の選択なのに、なぜそこに時間をかけるのか?

脱会カウンセラーでも何でも良いので利用できるモノは利用してスパッと辞めればいいのでは?というのが私の意見。「今までの生き方」で人生をさんざんに弄ばれ、搾取され騙されてきたのだから。それより悪化することはない。

であるのに、脱会という最善の決断をするときに限って「今までの生き方」とは違う何者にも囚われない生き方をしたい。自分の頭で考えるんだ、となる。

今まで、他人の意思でコントロールされてきたのだから、辞めるときも誰かの意見を聞いたっていいものを。なぜそこだけは自分の意思で辞める決断をしなければならないのか?

その理由、エホバの証人には、脱会防止の呪いがかけられている。3つの脱会防止のための呪い。

エホバの証人がかけられた脱会防止の3つの呪い

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エホバの証人の「真の宗教」判別ルールを決めたのはいったい誰なのか?

エホバの証人が決めた茶番「真の宗教」ルール

エホバの証人が偽の宗教である理由

『近現代日本とエホバの証人』。第五章「忍従の時代」より。

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日本のエホバの証人の歴史を、世界本部志向という観点から研究している本書。1990年代半ば以降に入って、エホバの証人の脱会者が増す。個別の体験談も取材されている。

その脱会体験談のうちのBさん、エホバの証人が真の宗教だと信じていた理由は

「神の名前(エホバ)を使用し、組織として政治的な中立を保ち、異教由来のクリスマスを祝わない唯一の教団」

だったからだという。こんなのは些末な事柄であったり、そもそも誤認だったり。

神の名前使っているかどうかなんてどうでも良いんだけど。「吾輩の名前間違えんな」って怒っている神、小さいっしょ。そして、おそらく聖書の神の名前はエホバってダサい発音じゃないし。

さらに、エホバの証人は政治的に中立ではない。選挙禁止、特定の政党や人物の支持を禁止して、信者にめちゃくちゃ圧力をかけてくる。中立ってのは、あなたがどこの政党を支持しようが、どこに投票しようが関与しないということ。

そして、最後、クリスマスを祝うか祝わないかなんて、そんな小さなことで真の宗教が見分けられるはずがない。こんな細かいことに口出しする宗教は鬱陶しくて仕方がない。よって、私にとってはエホバの証人は偽の宗教だ。

こうツッコミながら読み進めていたのだが、直後に至極もっとも簡潔にこの「真の宗教」論が論破されている。

エホバの証人に権利とか自由は必要ない、なぜなら・・・

「真の宗教」ルールを決めたのは誰?

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ものみの塔聖書冊子協会は児童虐待、体罰の責任を取るべき

児童虐待組織、ものみの塔聖書冊子協会

ものみの塔はすぐに電話に出る

エホバの証人の記事が出ている宗教特集の『週刊東洋経済 2022年10/8号 宗教 カネと政治』。昨日の記事の続き。エホバの証人がいまだに子どもへの体罰を組織で主導している件。

エホバの証人の母体であるものみの塔聖書冊子協会。体罰の実態について、だんまりノーコメントを貫き通しそうのだが、本誌の取材に答えている。

ものみの塔には電話してみると分かるのだが、数コールで電話に出る。散々待たされる、役所とか病院への電話に比べると快適。電話番は暇そうだし、ホームページに営業時間も出ているので、苦情などは是非電話してみよう。

ものみの塔と話したくないという方は、当ブログへコメント↓などでお伝え頂ければ代わりに電話します。結果も本ブログ上で報告します。

まずは、ここの電話がつながりにくくなるくらいに、世間でものみの塔が問題視される日を到来させる。

聞いてみたいよね。「事物の体制ってなくなるんですよね?お宅の神によって。それって相当悪質なテロリズムだと思うんですけど」って。

ものみの塔に体罰の責任はあるのか

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カルト宗教親の親権を停止しろ、カルトの横暴を許すな

カルト宗教親の親権を停止しろ

カルトの横暴を許した結果

『近現代日本とエホバの証人』から。第四章「従順の時代」総括部分。

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輸血拒否や格技拒否など、社会との摩擦が生じた際にも、日本支部は当時の日本社会の価値観や社会状況に一切妥協せず、結果として社会のほうが変容を迫られることとなった

日本社会は、エホバの証人の訴訟により、宗教的マイノリティへの寛容・多様性の尊重・自由という「防御壁」のもと、変化を余儀なくされた。

果たしてそれで良いのか?日本社会。それはカルトの横暴を許しただけではなかったのか?

幼い頃からエホバの証人の洗脳教育を受け、周囲の大人は全員エホバの証人というダメ人間。そんな凄惨な環境で子どもは自分の意思なんか持ちようがない。そんな子どもが悲しい辛い思いをするのを、信教の自由という呪文のもと見殺しにする社会。これがカルトの横暴を許した結果。

今の日本社会の誤った方向、エホバの証人に対する寛容さ。カルト宗教に対する寛容さ。これを正すために提言したい。

カルト宗教に共通する本質、カルト3原則その1「自由意志の剥奪と人権侵害」

宗教親の親権を停止せよ

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自ら戦いを巻き起こすエホバの証人、駒として利用される長老の息子

エホバの証人による仕組まれた裁判

争いを巻き起こすエホバの証人

『近現代日本とエホバの証人』、第四章「従順の時代」の後半。

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エホバの証人の司法制度の利用について。本ブログでも取り上げたことのあるエホバの証人の剣道実技拒否事件。

神戸高専剣道実技拒否に見るエホバの証人の戦い好きな性質

エホバの証人二世が剣道事件で失った貴重でかけがえのないモノ

宗教上の理由で剣道実技を拒否したエホバの証人生徒の裁判沙汰。剣道実技拒否のため単位が不足し留年、同理由で再度留年したため、規定により退学となった。これを不服としたエホバの証人が訴訟し勝訴したという事件。

私の同年代のエホバの証人の話で、信者の間では有名な話。その剣道事件について私が知らなかった事実を本書から。

格技拒否を要因とする単位不足・退学問題は、この生徒の訴訟以前から教団内では認知されていたもので、これについての世界本部からのアドバイスは、格技の授業がない学校への進学ではなく、訴訟による問題解決であった

この時点で、エホバの証人が何のために格技拒否をしているのか意味が分からなくなる。私が説明するのもバカバカしいのだが、エホバの証人が徹底して格闘技の履修や観戦を避けるのは聖書のどこかに

「彼らはもはや戦いを学ばない」と書いてあるから。エホバの証人は「戦いを学ばない」を律義に学校の授業にまで適用している。しかしながら、

あえて格闘技の授業がある学校へ進学し、格技授業を拒否して問題を起こし訴訟という手段をとる。戦いを避けるのなら、当初から格技授業のない学校へ行くべき。あえて争いを起こし訴訟するというのは、自ら戦いを巻き起こしているに等しい。本末転倒。

エホバの証人が目的を見失い自己目的化するのは組織としての習性なので、はいはいという感じなのだが、驚いたのはこの先。

エホバの証人は道具、駒として使われる

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すべてのカルト宗教に共通する本質、カルト3原則その2「騙し」

カルト3原則その2「騙し」

カルトの本質、「騙し」

昨日までの記事で、「高額壺の販売・結婚相手の強制・政治干渉・児童性虐待・児童虐待・輸血拒否」という悪事は、カルトの本質である悪意の表出にすぎない、と書いた。

表面に出る悪行は違えど、数多のカルト宗教の本質は共通。そのカルトの本質をカルト3原則としてまとめた。昨日はカルト3原則その1「自由意志の剥奪と人権侵害」について書いた。

カルト被害者は自由を奪われた家畜同然。人権も失っている。だから、ただの壺でもありがたがって高額で買わされるし、輸血を拒否して命まで失う。それが我慢ならなくなると脱会できるのだが、カルト信者たちは家畜生活を好むように誘導されている。

その誘導手段が、カルト3原則その2「騙し」。被害者の自由を奪い、人生そのものを収奪するためにカルト組織側が行うこと、それが信者を騙すこと。カルト宗教が信者を騙すのは、全カルトに共通している。

ながーい人類史の中で、たまたま自分の生きている時代に、活けるメシアが降臨した。とかあり得ないっしょ。完全にウソじゃん。「我々の組織だけが神の言葉を受けて、将来起こることを予言できるのです」とか。激しくイカれた寝言なんだけど。

この冗談みたいなウソを塗り固める周到な仕組みを作ったり、巧妙に権威付けしたり、あとは脅したりすかしたりして信者に信じ込ませる。これがカルト宗教の3原則その2「騙し」。

カルト宗教に騙されると・・・

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