自ら戦いを巻き起こすエホバの証人、駒として利用される長老の息子

争いを巻き起こすエホバの証人

『近現代日本とエホバの証人』、第四章「従順の時代」の後半。

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エホバの証人の司法制度の利用について。本ブログでも取り上げたことのあるエホバの証人の剣道実技拒否事件。

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宗教上の理由で剣道実技を拒否したエホバの証人生徒の裁判沙汰。剣道実技拒否のため単位が不足し留年、同理由で再度留年したため、規定により退学となった。これを不服としたエホバの証人が訴訟し勝訴したという事件。

私の同年代のエホバの証人の話で、信者の間では有名な話。その剣道事件について私が知らなかった事実を本書から。

格技拒否を要因とする単位不足・退学問題は、この生徒の訴訟以前から教団内では認知されていたもので、これについての世界本部からのアドバイスは、格技の授業がない学校への進学ではなく、訴訟による問題解決であった

この時点で、エホバの証人が何のために格技拒否をしているのか意味が分からなくなる。私が説明するのもバカバカしいのだが、エホバの証人が徹底して格闘技の履修や観戦を避けるのは聖書のどこかに

「彼らはもはや戦いを学ばない」と書いてあるから。エホバの証人は「戦いを学ばない」を律義に学校の授業にまで適用している。しかしながら、

あえて格闘技の授業がある学校へ進学し、格技授業を拒否して問題を起こし訴訟という手段をとる。戦いを避けるのなら、当初から格技授業のない学校へ行くべき。あえて争いを起こし訴訟するというのは、自ら戦いを巻き起こしているに等しい。本末転倒。

エホバの証人が目的を見失い自己目的化するのは組織としての習性なので、はいはいという感じなのだが、驚いたのはこの先。

エホバの証人は道具、駒として使われる

あえて格技必修の学校へ進学、授業拒否の上、裁判で戦えという世界本部のアドバイス。以下、本書より抜粋。

このアドバイスは、当該の生徒が退学処分を受けた後ではなく、入学の四年前(1986年12月)にはおこなわれており、「この問題に直面している模範的な兄弟の中から、できれば長老の息子を選んで、退学取り消しを求める訴訟を起こすこと」が提案されていた

長老というのはエホバの証人の会衆という集団単位での責任者的立場。中間管理職的立ち位置だが、無給。ガチ信者ではある。

渦中の人となった生徒が小学生だった頃から、エホバの証人によってこの訴訟が仕組まれていた。用意周到なしたたかさとずる賢さ。いったい誰が蛇なんだか。自らもめ事を起こし裁判という戦いの場で決着をつける。平和と相反する態度。

それより驚くのは、そして怒りを覚えるのは、人の人生をいったい何だと思っているのだということ。信者を何かの道具だと思っている。信者はものみの塔の道具、特に模範的な長老の息子は。いいように使われるだけ。

長老の息子を選ぶよう勧められたのは、訴訟の長期化を予期してのことであったと考えられる。実際に訴訟の場で争うことになったのは、個々の日本人信者であり、その意思や信仰心が尊重されるべきものであるのも事実だが、どのような信者によって、どう勝訴を勝ち取るのか、あらかじめそのストーリーが世界本部によって周到に描かれていた

エホバの証人世界本部の描いたシナリオ通りにことが進んでしまった。そして幾人かの若者はその駒として、人生の一番輝かしいときを奪われ利用された。それで良いのか、エホバの証人。


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