エホバの証人の父親の暴力

エホバの証人の父親の暴力

私はほとんど生まれながらにしてエホバの証人2世だった。両親ともに熱心なエホバの証人で子供の頃から厳格なものみの塔協会の教義を押し付けられて成長した。父親はエホバの証人の会衆の長老だったが私は何度か物を投げつけられたことがあった。小学生の高学年から中学生2年生で私がエホバの証人をやめるまでの頃の話である。

まさか本当にぶつけようとして投げつけてきた訳ではないのだろうが私の顔のすぐ真横をかすめていった固い物体が部屋の壁に大きな穴を開けたことがあった。私が避けずにいれば怪我は免れなかった。原因は私が父親の言うことに反抗したからである。

まずエホバの証人とは関係ないところで行われる行事に参加したいと私が言い出す。学校の行事以外で地区の子供会などで行われるキャンプや日帰り旅行などである。それを父親はダメだと言う。

私もまさか地元の祭りに参加したいなどとは言い出さない。他宗教の行事であるため祭礼への参加や神社への参拝などはエホバの証人にとっては禁止事項であるからだ。私が小学校に入る前のことである。同じアパートに住んでいた同じ年頃のトシ君が青い祭りのハッピを着て私をお祭りの屋台に誘いに来る。私が家を出ようとすると祭りの屋台に行くと知った母親が「絶対にダメ」だと言い出す。泣く泣くトシくんに行けないと告げ自宅でしょぼんとしていたものである。





エホバの証人の運動会

この頃はまだエホバの証人の教義が私の頭に入っておらず体にも染み付いていなかった。しかし小学生の高学年にもなればそういった宗教色のある行事はエホバの証人にとって禁止事項であるということを重々理解していた。学校で行われる節分やクリスマスなどの行事の度に何度も悲しく恥ずかしい残念な思いをしていたからである。

その反動で私はキャンプや電車ツアーなどのものみの塔協会の戒律に違反しない行事であれば参加を許可して欲しかった。しかし父親はエホバの証人でないこの世”の友達と必要以上に接触することを好ましく思わなかった。学校の遠足などでどうしても参加しなければならない行事でなければ許されることは無かった。

そういった行事に参加することで毎週の予定であるエホバの証人の集会や勧誘活動がおろそかにされることも決して許されなかった。学校の運動会が日曜日に開催されるときに渋々集会を家族で休んだ程度である。ただその運動会でも私は気を抜くことが出来なかった。騎馬戦があれば参加は許されない。戦国時代の真似事はエホバの証人には許されないというものみの塔協会の決まりになっているからだ。


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