エホバの証人も病気だと思って治療すべき
このコミックは、エホバの証人ともカルト宗教とも関係ない。自身の中に神様がいると思い込んで、摂食障害などを病んだ話。
主人公のたどる思考の流れがエホバの証人に似ているので紹介。他のカルト宗教にも共通だろう。もしかすると
カルト信者も、病気だと思って治療すべきなのではないか。
エホバの証人との酷似
“『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とサヨナラするまで』” の続きを読む
このコミックは、エホバの証人ともカルト宗教とも関係ない。自身の中に神様がいると思い込んで、摂食障害などを病んだ話。
主人公のたどる思考の流れがエホバの証人に似ているので紹介。他のカルト宗教にも共通だろう。もしかすると
カルト信者も、病気だと思って治療すべきなのではないか。
“『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とサヨナラするまで』” の続きを読む
この記事で、カルト被害者を救うには自身の置かれている状況を正しく認識させることが必要だと書いた。
という現状を正しく認識すれば、誰でもカルトを脱会したいと思う。
ところが、カルトの現役被害者にはそう簡単に現実が伝わらない。そして、社会全体としての共通認識がいまだ醸成されていないというのが昨日の記事。
この記事のネタ元となった『週刊東洋経済 2022年10/8号 宗教 カネと政治』でも、カルト信者というか宗教2世信者に
教団外社会もそんなに悪くないと「思わせる」こと
が当事者でない我々にできることだと書いている。現実を知らしめる以前の、もっとソフト路線。
果たして、自身の現状、現実を直視できない者たちに、「外の世界がそんなに悪くない」と思わせることなど可能なのだろうか?
身近にカルト被害者がいて、困っていれば助けるし、経験者として一定の理解・配慮はする。しかし、その結果、外の世界ってそんなに悪くないと思うだろうか?他人が何を考えているかなんて、分かりようがない。ましてやマインドコントロール下の人間が。だから、まどろっこしいから
カルト団体は外圧をかけて叩き潰せ、というのが私の意見。組織ごと解体して信仰の路頭に迷わせるとか、社会保障を減らしてペナルティを課すとか。
カルト信者は生きていても無駄な生涯を送るだけ、無駄というより有害な一生を送る。そして、時間は一定に過ぎていくのだし、救済は早い方が良い。
“エホバの証人(JW)組織の解体という有意義な社会実験” の続きを読む
昨日の記事でカルト宗教信者に、カルト宗教団体に属することが悪事だと思わせる必要があると書いた。
これはハードルが高く、まずカルト信者に自宗教がカルトだと認識させるところから始まる。
そもそも、カルト宗教信者の誰もが自分の宗教をカルトだと認識していない。
エホバの証人の場合、これだけのカルト要素が整っているのだが、信者本人たちはまさかエホバの証人がカルトだとは思いもしていない。
不思議なもので、エホバの証人は魔法にかかったかのように、私みたいな反対者の言葉には一切耳を貸さない。「反対者はサタンの手先で、自分たちを惑わそうとしている」という強い暗示がエホバの証人にはかかっている。
お前らカルト信者だと、どれだけ声を大にしても伝わりにくいわけで。
“カルト宗教信者に自身の状況を正しく把握させるには?” の続きを読む
エホバの証人も取り上げられている宗教特集の『週刊東洋経済』。『2世への支援策は?』のページ。宗教2世の苦悩が考察されている。
記事内の
「新宗教の家に生まれ育った」だけで持つ問題の重みがある
という記述。
まあ、親がエホバの証人ってだけで気持ち悪いよね。完全なる偏見なんだけど。私自身エホバの証人2世なので、気持ち悪がられていた自覚がある。
気持ち悪がられるのは、一方的な偏見で失礼だし迷惑なのだが、この気持ち悪いという違和感は実は正しい。その感覚がないと誰もがエホバの証人というカルトに陥って人生を損ねてしまうわけで、その至って常識的な直観は生きていく上で必要。
カルトを自分で選んだわけではないエホバの証人2世にしてみれば、気持ち悪いと思われるのは心外で、自分の意思ではないのに・・・というのが正直なところ。
しかし、嫌々強制されているのか、自ら進んでやっているのかは、外部からはよく分からない。そんなものはエホバの証人2世本人もよく分かっていない。
嫌々な心はとっくのとうに封じ込めている。自ら進んでやっていると思い込んでいる子だっている。体罰と終末予言の恐怖で他の選択肢などない。終末を生き延びれば家族一緒で永遠の命というご褒美があると信じ込まされている。
外部の一般の人から見れば、2世だろうが1世だろうが同じ。危険に感じる、気持ち悪いと感じるのは仕方のないこと。もはや生存本能の領域。
自分で選んだカルト道ではないのに、学校の先生や同級生から気持ち悪いと思われる。それがカルト宗教の家に生まれたカルト2世信者が持つ問題の重み。
“カルト宗教2世に生まれ育った問題の重さとサバイバル” の続きを読む
エホバの証人2世信者の体罰問題がやっとこさ表面化。私がぶっ叩かれていたのが1980~90年代前半頃。30年越しの光明。
ここでエホバの証人側が主張するのは、組織ぐるみではない、一部の信者の暴走だった。というお得意の信者個人への責任転嫁。
この辺は教団の宗教本にしっかり体罰が必要と書いてあり、言い逃れできない事実が残っている。さらにお粗末なことにエホバの証人公式サイトには、まだその有害体罰情報が放置されている有様。とっとと証拠隠滅すればいいものをそのまま残置。
エホバの証人は米国本部志向、徹底した上意下達構造。日本で体罰が問題になったからと、おいそれと日本語のエホバの証人サイトだけ体罰推奨部分を消去することができない。
もしくは今さら隠滅したところで世界中にバラまいた有害本があるので、完全消滅はもはや不可能。紙版の宗教本とサイト上の差異から証拠隠滅を指摘されても余計に厄介なので、対策せずに放置しているのか。
こうした数多の宗教本の存在が、エホバの証人の組織的体罰推奨の動かざる証拠。そして日本中に体罰の被害者がいて、今でもその虐待の傷と闘っている。
カルト宗教に共通する本質、カルト3原則その1「自由意志の剥奪と人権侵害」
“日本のエホバの証人だけが特殊、カルト化しているわけではない” の続きを読む
ここ数日、エホバの証人に寛容さを示したり、多様性を認める必要はないということを書いている。
我々の死を待ち望んでいるエホバの証人は、多様性や寛容さの適用外
昨日の記事では、多様性とか寛容という現代感覚でエホバの証人に美徳を示すのは甘い。しっぺ返しをくらうと書いた。
今日は、寛容という言葉でエホバの証人を見逃すのは中途半端であると。それは表面的な善性に過ぎない、ということを示す。
寛容とか多様性ってのは、時代とともに変化して現れた感覚。以前は寛容ではなかった、昔に比べて良くなっている、というのが大方の共通認識。かつて肌の色とか人種で差別されるのが当然だったが、それが今では変わり、人類の愚だったという反省点になっている。
かつての差別が人類の誤りであったと考えられるようになった。
これが表すのは、今現在の価値観が普遍的で人類共通に未来永劫正しい価値観ではないということ。人種差別は非で、多様性を認めるべきとなった。このように価値観というのは時の経過とともに変化していく。
ならば現代社会は、カルト宗教には多様性も寛容さも示す必要はない、というふうに変化しなければならない。カルト宗教許すまじと。
それが質のよくなるほうへの変化だから。悪いカルト宗教に多様性を認め、さらに野放しにするなんてのは、人類としては劣化方向への変化。
“エホバの証人に示すべき、ホンモノの寛容とはなにか?” の続きを読む
宗教2世の被害を描いた『「神様」のいる家で育ちました』。当初のウェブ連載が中止された理由が以下のように説明されている。
ある宗教団体から出版社あてに抗議を受け
「信者の宗教感情を傷つけ」るから
という理由で公開停止になった。
信者の宗教感情なんて建前に過ぎない。既存信者が真実を知り、目ざめて脱会されたり、新規信者を騙したりするのに支障が出るのを嫌っているだけ。世論を敵に回すのに怯えているとか。
つまり、何らかの打撃を受けて集金・収奪システムが毀損するのを防ごうとしているだけ。
信者の宗教感情が傷つくと、目が覚めちゃうからやめろってこと。
カルトから救われる信者が増えるならば、宗教感情なんかザクザクに切り裂いちゃえばいいわけで。
“宗教感情を傷つけるのは・・・攻撃的なカルト宗教そのもの” の続きを読む
2世信者の救済だけが私のゴールではない。カルトの消滅。少なくとも私の知る限り100%カルトのエホバの証人には消え去って貰わなければならない。と昨日の記事で書いた。
宗教2世が特に問題視されている現状、信教の自由がカルトにも適用されるという既存の枠組。こういった土台の上のストーリーに何となく違和感を覚える。
今はたまたま信教の自由がカルト信仰にまで適用されているけど、それはおかしい。おかしなモノはおかしいと直してやらないといけないし、愚かな行為は正すべき。それが例え、信教・信仰の自由という触れるべからずな領域であっても。
この点に価値観の転換が必要なのと、エホバの証人憎しという私のエゴが発端なので、誰にでも簡単に理解して貰えるものではない。
誰にでも共感を得られるのは、生まれのせいだけで不条理にカルトを強要されている子ども、2世信者の被害。分かりやすいところから攻めるというのなら全然良いのだけど、私は、最終的にはエホバの証人そのものに消滅して貰いたいわけで。
やはり最近の宗教2世だけが注目を集めているのとは隔世の感。自身が宗教2世でありながら。
“『「神様」のいる家で育ちました』、ラストに素敵な言葉が” の続きを読む
昨日の記事の続き。世間を騒がせている宗教2世問題。何だか自分とはズレがあるような気が・・・それはなぜか考えている。自分の場合、発端は宗教2世の救済とかではなく、単なる私怨。ものみの塔に汚された前半生の復讐。
徹底的に楽しく生きることで、自分自身を中心とした復讐は完了した。元知り合いのエホバの証人たちなど、歯牙にもかけないほど人生をエンジョイした。当初はエホバの証人の待ち望むハルマゲドンに怯えながらだったが。
後に私の中で、ハルマゲドンなど来ない、と明らかになった。そのときには、エホバの証人でない生き方をするしか幸せになる方法はないと思ったし、事実そうだった。エホバの証人をやめたおかげで、世界中のどんなエホバの証人より私自身が幸福な実感がある。他人に操られている人間の不幸なことよ。
復讐第一弾は現在進行形(楽しく生き続けること)だが完了したので、第二段、外的な復讐を始めた。エホバの証人組織、ものみの塔に対する復讐。
エホバの証人というカルト団体の目的は組織の維持と拡大。自己目的化したしょうもない組織。しょうもないというか有害。であれば、組織の維持ができないほどに壊滅的打撃を与えて崩壊させてやれ、というのが私の復讐第二段階。
“ものみの塔を崩壊させ、すべてのエホバの証人が絶望すべき理由” の続きを読む
『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち』を読了。複数のカルト宗教2世のストーリーが一話完結マンガで描かれている。
登場する宗教が全部カルトと言ってしまっていいのかは微妙で、他と比べると一つだけ、まだまともに思える宗教も。とはいえ、当人の子ども、そして親の思想・生活に大きな影響を与えている時点でカルト的要素は強い。
宗教は、その宗教との接し方次第でカルトにも心の支えにでも変えていける。しかし、エホバの証人やこの本に出てくるようなカルトど真ん中の宗教は全然ダメ。論外。心の支えというか、心を害し蝕まれるだけ。
そのカルトの中のカルト、エホバの証人は第一話に登場。web連載当時にも読んでいて、ラストカットで震えたのをよく覚えている。その後、他の作中に登場すると思われる某カルト団体から圧力がかかり、連載が休止に。
カルトにも、我々の育った家にも神はいないのだが、捨てる神あれば拾う神あり。他社にて本書が発刊される運びとなる。その辺の経緯もサイドストーリーとして描かれている。
この間に宗教2世被害者による安倍元首相銃撃事件が起こり、現在に至る。世間では今までにないレベルで宗教2世問題が注目されているのだが、何だか自分とは隔絶された感じ。同じ元宗教2世なのに。
“『「神様」のいる家で育ちました~宗教2世な私たち』” の続きを読む