カルト宗教の2世信者が救われる方法~映画『星の子』より

エホバの証人の悪い習慣、「信じてるのか・・・」

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以下、ネタバレ。

 

 

 

 

その他、本作の”宗教”と、エホバの証人との類似点。

・騙されている奴にどれだけ真っ向から騙されていると言っても通じない。

劇中の宗教が信者に売りつけている高額水。偉い学者の先生が効能を認めているとされている。それが虚偽、騙されていると、外部の人間なら中学生でも分かるのだが、本人は騙されていないと言い張る。

ソースを調べない習慣。エホバの証人も同じ。ものみの塔の出版物に引用されているパッと見は権威のありそうな文献。それらは全て恣意的にものみの塔に都合の良い部分だけが切り取られている。

そんなの当たり前。誰がカルトの擁護なんかするかっての。特に権威ある文献ならばなおさら。ところが、エホバの証人は、劇中の能天気で風邪を引かない中学生にも「信じてるのか・・・」と絶句させるほどにものみの塔を信じちゃってる。

カルトの集会、大会、集金システム

・高額水を売りつける点。この”宗教”は水道水(おそらく)を高額水として売っているが、エホバの証人は有害な宗教本を売ったり、純粋に寄付をせびったり。あとは信者に実際に働かせ、体で払わせるか。洗練された集金システム。

・宗教の集まりのことを「集会」と呼ぶ点。宗教色を薄くしようとしている。ミサとか宗教講話とか洗脳集会と呼べばいいのに。元エホバの証人被害者的には、「集会」と聞くとゾッとする。何ておぞましい言葉だろうか。

・宿泊所付きの立派な本部施設を持っている点。効果的な集金システムの成果。

・その本部施設で開催される大会。エホバの証人の大会にそっくり。壇上に宗教色が出ているかどうかの差だけ。だいたいどこのカルトの大会もこんな感じなのだろうか。

劇中の大会では、くじ引きで選ばれた人が壇上で熱い決意や経験を語る。あのくじは全て空くじでできるいるのだろう。壇上で語る人は最初から決まっている出来レース。組織にとって都合の良い検閲済みのことしか言わない。

壇上から話される経験と決意を、信者が熱烈な拍手で讃える。エホバの証人の大会と同じ。一体感と興奮でマインドコントロールを強める、気持ち悪い場所。

変化という行動を取れば救われる

映画のラスト近く。組織の施設内で両親とはぐれ、主人公は強烈な不安に苛まれる。劇中のカルトは、邪魔になった者は非合法的な方法で排除している(疑惑がある)。監禁、リンチなど。その疑念。もしや両親がという不安。

その不安に苛まれ、両親を探し回るが見つからない。その時、同室の宗教2世に言われる。

「ここで待っていないと、お互い行ったり来たりで、一生会えないかもよ」

主人公はこれに従い、待つことに。

ラスト間近のこの思わせぶりなセリフ。これが主人公のこの後を暗示しているのかと。

もうこのままカルト両親には一生会えない方が良かった。とても悲しいけれど。

「待ち」を選んだ主人公は直ぐに母親と再会。結果、親と一緒に宗教を続ける日常が続く。

待ち=現状維持、現状維持=宗教を続ける。疑いながらも、もしくは洗脳から覚醒しながらも宗教を続ける。

逆に、宗教ドハマリの親と行ったり来たりのすれ違いになっても、自ら動き探しにいく。能動的行動をとる。すると親に一生会えない。ひどく悲しいけれど、宗教をやめ、親と違う一個の人格として生きていくことができる。

変化という行動をとる者にのみ、行き止まりの現状を打開する道が現れる。

この映画のラストは、これを示しているのではないかと。


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