エホバの証人のマインドコントロール大会の狂気に流す涙

エホバの証人の大会とは?

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』から。

エホバの証人の大会に潜入している筆者。エホバの証人の大会。壇上の講演者の煽りと盛大な拍手。否が応でも感じる一体感と温もり。多数の人と同じ方向を向いているという安心感。

それ、全部ウソですから。マインドコントロール用に作られた茶番。スポーツやライブコンサートでも見に行けば、同じ感覚を味わえるから。

「こんな人達と一緒なら・・・、ダマされてもいいや」

いや、ダメでしょ。ダマされたつもりでやって良いのは取り返しのつくことだけ。

取り返しのつかないマインドコントロール状態の人達。その人達と一緒ならなんて思ってしまう段階で、エホバの証人のマインドコントロール大会に呑まれている。

ものみの塔にダマされれば、人生まるっと搾取される。無駄な一生を送ることになる。無駄なだけでなく社会に害をもたらすカルト活動に人生を捧げることになる。親であれば、子供や配偶者をも有害カルト活動に巻き込むことになる。

エホバの証人の献身、ものみの塔に対する人身売買契約

エホバの証人の洗礼~バプテスマという献身の儀式に関する二つの誤解

カルト儀式、エホバの証人のバプテスマ

エホバの証人のマインドコントロール大会のクライマックス。正式な信者となるためのバプテスマという儀式。小汚いプールに体全体を沈めることで、この儀式は完成する。

マインドコントロール会場からプールへ移動する受難者たち。

会場中の者達が、賛美の歌で彼らを送り出した。送る方も送られる方も泣いていた。それが私には、エホバの王国が発展する歓びの涙ではなく、彼らの人生が重なり合う時に、どうしようもなく流れる涙に見えた

マインドコントロール大会の狂気の渦に巻き込まれ、冷静さの一切を失い、仮想一体感と虚偽の感動から流れる信者たちの涙。

バプテスマは献身とも言われ、自身の「何もかもをものみの塔に捧げます」という決意表明。親や子との絆よりも、カルト組織を大事にします宣言。正気の沙汰ではないのだが、マインドコントロールされている者たちはここまで行きつく。

そして、文字通りに家族を失い、カルト一色人生。周囲から有害物質扱いされるのだが、本当に有害なのだから仕方がない。

あぁ、何でこんなことになったんだ!と気付いたときにさめざめと流す涙。取り返しのつかない過ちを犯したと気付いたときに流す涙。

バプテスマの小汚いプールに向かう受難者たちが流す涙は、破綻一直線の将来を予測した肉体の叫びなのかも知れない。


“エホバの証人のマインドコントロール大会の狂気に流す涙” への1件の返信

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください