エホバの証人の子どもの初「割り当て」の持つ意味とは
昨日の記事で、エホバの証人の子どもにとって初めての「割り当て」が大きな意味を持つと書いた。その意味とは?
エホバの証人の割り当てとは何か?これは昨日の記事にて。
ズバリ、罪。
人前でカルトの講演を行うという罪。しかも、自分で入念に考え丹念に練習して臨む場。巧みな話術で人々をたぶらかす悪の所業。
本人には罪の意識などない。だからといって、カルト講話が敬虔な行いに転化されるわけはなく、罪は罪。
子どもの5分程度の幼稚な小噺など、誰もマジメに聴きはしない。それでも、子どもの真摯なひたむきな姿に心を動かされた人がいたら?今どきそんな純粋な人はいないのかも知れないが、私の子どもの頃は、そんなふうにしてエホバの証人になった信者がゴロゴロいた。カルトの広告塔としての罪。
壇上の少年が自分の子どもと似たような年齢で強く感情移入してしまったり、元々感情が動かされやすいタイプだったり。既にカルトの集会所に来ている時点で予備群ではある。騙される素養満点。
子どもが必死に割り当てを果たす姿に、心を動かされる大人。
他人の人生を狂わす罪。
エホバの証人の子どもにとって、初めての割り当ては、罪深い道への第一歩。
『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』~偶然サバイバルした者の務め
エホバの証人の子ども、初割り当ての日に流れる贖いの血
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