元エホバの証人2世の宗教観、盲信と暴走の果ての信念

洗脳、解除

反エホバという宗教観による暴走

昨日までの記事で、反エホバは私にとって宗教だと書いた。この反カルト思考はもはやカルト。同じ穴のムジナ。毒を以て毒を制す状態。自分でも危うい妄信・暴走の観もある。

とはいえ、エホバの証人組織=バッドだけはまかり間違えようのない真理。濃淡こそあれ、方向性は正しい。

エホバの証人2世の私、かつて10代の頃の自我の芽生えと分裂の危機を救ったのは、この反エホバ思想。反ものみの塔思考が10代後半の私の自我を再統一した。

この固い信念で私は突っ走る。エホバが創造主だろうが何だろうが関係ない。一瞬を、刹那を全力で生きるオレの邪魔をするなと。

ものみの塔の洗脳下にあった私は、終末ハルマゲドンの勃発を信じていたので、刹那具合はさらにマシマシ。20才まで生きられるのかは不明、童貞のまま神に滅ぼされてなるものか、とひたすらに励んだ。

元エホバの証人2世の宗教観

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エホバによって引き裂かれた自我、その再統合のための反エホバ

引き裂かれた自我の再統合

分裂の危機にある自我を統一するのが宗教

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』の「第九章 子」から。

ものみの塔を解散させ、エホバの証人をゼロにする。この思いは私にとって既に○○。と昨日の記事で書いた。

この○○とは「宗教」。

ものみの塔を解散させ、エホバの証人をゼロにする。これはもはや私にとっての宗教。

宗教について、この本『説得』では以下のように他の文献からあらーく引用している。

ウイリアム・ジェイムスが、その膨大な著作のどこかで“宗教というものは、何らかの理由で分裂した自我を、再び統合する力である”という意のことを言っていた

現代社会において、子どもがエホバの証人という宗教を親に強制されれば、いずれこの状態に至る。自我の芽生えと分裂。

自我の再統合に、そのまま宗教としてのエホバの証人を求めると、人生がほぼ終わる。そのままエホバの証人の大人になり、本来の自分を押し殺したままの生活が続く。圧倒的な精神的不健康。精神を病んだり、文字通り自ら人生を終えたり。

私の場合は再びの自我の統一に使ったのが、反エホバという強い意思だった。

反エホバという宗教

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元エホバの証人のモラル、不自由を追い求めるエホバの証人の解放を!

絶望の先にしか真実はない

人類皆牧師?人類皆聖職者?エホバの証人の間違い

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』の「第九章 子」から。私自身が子どうの頃にエホバの証人を強要されていたこともあり、この章には考えさせることが多く。

生きたモラルに対する内的な直観-それは、聖書のモラルを外側から強制されるエホバの証人の世界には、見つけにくいもの

だったから、マンガ『湘南爆走族』にハマったというエホバの証人の子どもが紹介されている。

私もこの内から来る直観がエホバの証人をやめる原動力になった。私の直観、それは、

誰もが人生の意義は自身で決めるべきであるというもの。生きる意味は自分で考えるべきという私のモラル。

神が人間の創造物だろうが、人類が原罪を抱えていようが、その贖いに深い愛が示されようが、そんなのオレには関係ない。それが私のモラル。

生きる目的のようなモノは自分で見つけるべきで、それが見つかればそれに全力を尽くせばいい。たとえ見つからなくても、その迷いもまた人生そのモノ。

「神の王国の到来を宣べ伝えること、それが人生の意義の正解です」と、人から与えられることでもなければ、ましてや押し付けられるモノではない。生きる意味なんてモノに、全人類共通の最適解なんかあるわけない。

無理やりに共通化しようとすれば、既にその答えは私が述べている。迷いながら自分で見つけるモノ、もしくは迷うことそのモノが人生。

エホバの証人の強制する、神の王国を宣べ伝えることが人類共通の人生の目的ってのは明らかにおかしい。人類皆牧師?人類皆聖職者?そんな人生まっぴらってのが、私がエホバの証人をやめた14才のときの内からくる直観。

エホバの証人の唯一の救いは、脱会してからの絶望

すべてのエホバの証人を解放し、ものみの塔を崩壊させる

あえて不自由さを求めるエホバの証人を見逃せない

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元エホバの証人2世の完全なる救い、エホバから自由になる方法

エホバという暗闇から自由になる方法

死んだエホバの証人の子どもは自分自身

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』の「第九章 子」から。本書が題材としているエホバの証人児童の死、著者はその亡くなったの子どもの幻影を追いかけている。

「死んだ子供は、ひょっとしたら俺なのかも知れない」と筆者は書いている。

あの被害児童は我々そのもの。右も左も分からない幼い頃からカルトを強制されたエホバの証人の子ども。

私にも、被害者児童同様に輸血拒否で殺されていた可能性が充分にある。その死地から偶然サバイバルした者の責務として、このブログを書き続けている。

物理的に死んだかどうかはさておき(尋常でなく大きな問題ではあるが)、エホバの証人の子どもとして傷を負ったという事実は誰もが共通。それぞれが抱える傷の深さが違うだけ。

死んでしまったか、生きているかの違い。あまりにも大きな差ではあるが、生きていても、深い傷に身動きがとれなかったり、数十年もの間、見える景色が灰色のままだったり。死に体同然だったり。

やはり、あの被害者の子どもはオレたちなんだ。

エホバの証人のマインドコントロール大会の狂気に流す涙

カルト宗教の2世信者が救われる方法~映画『星の子』より

エホバの証人のまま暗闇を彷徨うもう一人の自分

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カルト宗教の2世信者が救われる方法~映画『星の子』より

映画『星の子』

エホバの証人の悪い習慣、「信じてるのか・・・」

宗教2世がテーマの映画『星の子』、昨日までの記事の続き。Amazon Prime Videoならプライム会員無料(2022/6現在)。以下、ネタバレなので、未視聴の方はご注意を。

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以下、ネタバレ。

 

 

 

 

映画『星の子』の”宗教”と、エホバの証人との類似点。

・騙されている奴にどれだけ真っ向から騙されていると言っても通じない。

劇中の宗教が信者に売りつけている高額水。偉い学者の先生が効能を認めているとされている。それが虚偽、騙されていると、外部の人間なら中学生でも分かるのだが、本人は騙されていないと言い張る。

ソースを調べない習慣。エホバの証人も同じ。ものみの塔の宗教本に引用されているパッと見は権威のありそうな文献。それらはほとんどが、ものみの塔に都合の良い部分だけが恣意的に切り取られている。

そんなの当たり前。誰がカルトの擁護なんかするかっての。特に権威ある文献ならばなおさら。ところが、エホバの証人は、劇中の能天気で風邪を引かない中学生にも「信じてるのか・・・」と絶句させるほどに、ものみの塔を信じちゃってる。

カルトの集会、大会、集金システム

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『星の子』~宗教2世の生きにくさ、いったい何のために生きている?

映画『星の子』

宗教2世の身が引き裂かれる感覚

宗教2世がテーマの日本映画『星の子』、昨日の記事の続き。AmazonのPrime Videoでプライム会員無料(2022/6現在)。以下、ネタバレなので、未視聴の方はご注意下さい。

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以下、ネタバレ。

 

 

 

主人公は、家族で飲んでいる宗教の高額水のおかげで風邪を引かないはずなのに、簡単に風邪を引く。もしかして騙されているのかと疑い始めるものの、それでも騙されているかどうかは「分からない」と苦悩する。

家族の異様な宗教が恥ずかしいのだが、騙されているとは判断できず、親族の救いを拒絶する洗脳状態。もしくは親を捨てきれないためか。心から心配してくれる親族が敵に見える感覚。

この辺はエホバの証人2世だった私の経験と酷似。私は、ダサいエホバの証人に混じるのと、学校の行事に参加できないのが死ぬほど嫌だった。であるのに、エホバの証人の教理は概ね真実だと疑いもしなかった。

子どもの頃から繰り返されてきた洗脳の成果。エホバの証人に反対する者、エホバの証人でない者は悪魔の手先であると教えられた。例え親族、親友でも。

本来のなりたい自分とダサい宗教2世という乖離、カルト親なのに愛し愛される両親であるという矛盾。この差が宗教2世の身を引き裂かれるような感覚を生む。

神の存在を許すか、許さないか、それは自分で決めること

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『星の子』~計算された後味の悪さ、宗教2世問題の本質

映画『星の子』

宗教2世問題の本質とは

宗教2世がテーマの邦画『星の子』、AmazonのPrime Videoでプライム会員無料になっていたので、早速視聴。ゴリゴリにネタバレするので、未視聴の方はご注意を。

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キャストは豪華で、芸能事情に疎い私でも知っているキャスト多数。主人公は中学生で、アラフォーの私が忘れかけていた感覚がキッチリ描かれている。

今どき中学生が果たしてこの映画みたいなのかは分からないが、この年頃の子供が持つ普遍的な感覚は映像から匂いで伝わってくる高レベル。

なのだが・・・

 

 

以下、本当にネタバレ

 

 

なのだが、後味は悪い。主人公が最後まで救われなかったから。エンディングまでに詳細を語られない方式なので、解釈次第では、主人公の洗脳が解け始めている、もしくは解放済ともとれる。

宗教2世の問題は、本人の洗脳も大いにあるのだが、最大問題は保護者との関係。その保護者と肩を抱き合って終わるというのは何とも。

そして、その保護者は一切、マインドコントロールからの解放の気配がない。それでも主人公を深く愛している、または愛しているつもりというのが、宗教2世問題の本質。

エホバの証人の親は思考停止洗脳状態の「親のような者」

家族の無条件の愛を感じるにはエホバの証人をやめるしかない

カルトをぶっ潰さない後味の悪さも計算ずく?

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ものみの塔聖書冊子協会に対して、振り上げた拳を降ろすとき

ものみの塔がカルトでなくなったら?

エホバの証人を簡単に切り捨てるものみの塔協会

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』の続き。少し読み進める。

徹底した聖書の字句中心主義をとる彼らにとって、使徒行伝に「血・・・を避けよ」と書かれてある以上、それを無視することは難しいだろう。この字句主義こそが、「輸血拒否」の看板を掲げさせたともいえる。

一度掲げた看板は、掲げ続けなければならない。

とのこと。

幾人ものエホバの証人が無意味に殉教しているし、ものみの塔は、今さら「輸血OK!」と手の平返しはしにくいはず。

通常の感覚なら。

ところが、ものみの塔にはこういった「情」のようなものはない。囲っている信者に対する愛の欠如。ものみの塔は信者のことを使い捨ての兵隊か、金づる程度にしか考えていない。

21世紀が来ることはないからと、信者の人生設計も財産も、仕事も何もかもを投げ出させ、いざ時が来たら、「ハルマゲドンはもうちょっと先かな」と。長年、時と金を差し出した高齢の貧乏信者に対して、何らかの保障があるわけでもない。

私たちの世代は子どもの頃、ものみの塔の指導で親に叩かれまくったが、既にそれも無かったことにしようとしている。

いずれも、信者が自主的に人生を棒に振り、親が勝手に子どもを叩きまくっただけ、ということになっている。

ものみの塔は、当然のように信者を切り捨てる。

そうであれば、輸血拒否で亡くなった信者も勝手に自分の意思で死んだということになりかねない。都合が悪くなれば切り捨てられる。

事実、ブルガリアのエホバの証人は輸血しても排斥処分を受けない。

ものみの塔が「輸血拒否」看板を降ろしたら

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輸血拒否が子どもの意思であろうとなかろうと、ものみの塔の罪は重い

エホバの証人の罪深い輸血拒否殺人

完全悪、ものみの塔

今読んでいる『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』より。1985年にエホバの証人の子どもが、輸血拒否を強要されて亡くなった話。

被害者の子どもは

『死にたくないよ、生きたいよ』と父親に訴えてもいる

ところが、父親は耳を貸さず断固輸血拒否。そして、被害者の子どもは絶命。

これをエホバの証人に言わせると

輸血しないで死ぬのがイヤだったんじゃなくて、輸血して復活できなくなっちゃうのがイヤだった

死にたくない、っていうのはそういう意味だった

となる。

日本語が通じないヤバい連中。憶測だらけで好き勝手なことを言う。本人に聞いたわけでもないのに、こんな話を広める。当時、私の両親たちも似たような論調で、この幼い被害者を語っていた。

死者を冒涜する、エホバの証人の自分勝手なウソ。「生きたい」ために輸血したくないなら「輸血したくない」と言うはず。命がけの極地で、そんな曖昧な発言をするはずがない。この子の「生きたい」は、輸血を含むありとあらゆる手段を使って「生きたい」だったんだよ。

著者はこの後、本事件にのめり込み、教団に潜入までして調査する。そう突き動かしたものは

輸血拒否が大の意思であったか否か

大というのは被害者の子ども。

子どもの意思だろうが何だろうが、そんなモノは関係ない。子どもは騙されているのだから。自分の意思で輸血を拒否しようが、自分の決断で(一旦)死にたがったのだろうが、その根幹にあるのは「人間が復活する」という嘘。

本人が生きたいと言ったのは「輸血して生きたい」でなく「復活して生きたい」だと、エホバの証人は決めつけ、本人の願いだったということにしている。

しかし、そんな危険思想を持たせたのは周囲の大人。周囲の悪い大人のエホバの証人。無垢の子どもを「人間は復活する」と騙して脅して殺す。罪は重い。

輸血拒否が子どもの意思でなく、大人の強制であれは単純な殺人。

輸血拒否が子どもの意思であれば、そう洗脳したものみの塔やエホバの証人の大人たちの罪。生まれながらに「人間は復活する」と仕込まれれば、子どもは信じざるを得ない。「地球が丸い」と、大人が信じているのと同じ。

いずれにせよ、ものみの塔や大人のエホバの証人が完全悪であることは間違いない。

『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』~偶然サバイバルした者の務め

背教者のみぞ知るエホバの証人の真理

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エホバの証人(JW)、強制的に輸血して命を救う方法

医療上の適切な判断能力を持たないエホバの証人

死にたがりの愚か者、エホバの証人

ここ数日、エホバの証人(JW)の輸血拒否について書いている。私の経験として、子どもの頃に成否五分五分の無輸血手術に挑まされたことがある。

私は偶然に生き残った。しかし、輸血を拒否したばかりに適切な医療を受けられず亡くなったエホバの証人の子どもも存在する。無意味な戒律で子どもの命を奪うのがエホバの証人。

現在の日本では、15才未満の子どもに対しては、親が輸血拒否しようが親権停止して輸血し、救命することが可能という考え方になっている。
※2023/11/20追記、この親権停止措置。非常時には全然間に合わないらしい。交通事故といった超緊急時には、エホバの証人の子どもは親の輸血拒否で命を落とすことが十分にあり得る。

親子とはいえ別人格であり、子の生存を脅かすことは許されない。そして、15才未満の子どもは医療に対する判断能力がないとされているから。命の価値を推し量れない子どもには、自分で死を選ばせないということ。

15才以上で、自身で輸血拒否して死にたがっている場合には、輸血できない。大人として、医療に対する判断能力、自己決定権ありとされているから。無許可で輸血した結果、エホバの証人側に訴えられて、医療側が敗訴したというバカげた判例がある。

命を救う行為が罰せられるという不条理。

何かで読んで、出典が思い出せないのだが、”この国では、どこまでも愚かになる権利が自由という名のもとに保障されている”。まさに、死にたがりのエホバの証人がその愚か者たち。

無輸血手術、不毛な命がけの勝負に挑まされるエホバの証人の子ども

エホバの証人、命がけのものみの塔崇拝、輸血拒否というブラックジョーク

エホバの証人、命に対する適切な判断能力なし

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