「だるまさんがころんだ」ができないエホバの証人の子ども

「だるまさんがころんだ」さえ禁止、エホバの証人の子ども

幼児教育を受けられない子どもたち

幼稚園児の息子を、幼稚園バスまで送っていったときのこと。

バスを待っている間、息子が幼稚園の友達と「だるまさんがころんだ」と言って遊びはじめた。なんだか古風な遊びをしているなと思ったのだが、ふと気付くと私は「だるまさんがころんだ」で遊んだ記憶がない。

おそらく私が幼稚園や保育園に行っていないからだろう。息子が通う幼稚園もそうなのだが、幼稚園や保育園では、季節に応じて子どもに伝統的な習慣や遊びを教える。

生まれながらにエホバの証人2世だった私は、親が必要ないと決めていたせいで、幼稚園や保育園といった幼児教育を受けていない。

私同様にほとんどのエホバの証人2世の子どもたちも幼児教育を受けない。教団が幼児教育を受けることを推奨しないから。

小学校からは義務教育なので、エホバの証人2世の子どもでもしぶしぶ通わされる。それ以下の年齢のあいだは、エホバの証人の伝道奉仕活動という布教活動に連れまわされる。

私が幼児だった頃は、この布教活動が激しく行われ、エホバの証人の特徴になっていた。文字通り、家から家へと周り、赤の他人の家の呼び鈴を鳴らしまくる。炎天下でも台風が来ても、大雪が降っても、この布教活動に連れ周された。

些細なことも禁じられる、エホバの証人の子ども

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エホバの証人をやめるときの3つの注意点(正しい脱会方法のまとめ)

人生は生きる価値がある。エホバの証人をやめたなら

エホバの証人をやめるときの3つの注意点

  1. バプテスマを受けない
  2. 排斥されない
  3. 誰も傷つけない

エホバの証人をやめるときに気を付けること3つ。マインドコントロールが解けてエホバの証人をやめる決意をした後の話。

その前の段階の人は、まず自分の頭で考えて、エホバの証人組織と自分の生き方に疑問を感じましょう。そして、教団の外で生きていく決意を固めましょう。

排斥にならないためにバプテスマを受けない

1.バプテスマを受けない

エホバの証人を穏便にやめるためには、バプテスマを受けないことが大事です。

既にバプテスマを受けてしまった場合はどうすれば良いの?と聞かれそうですが、バプテスマとは、ものみの塔という偶像に命をかけると献身する行為です。もう後には戻れないので諦めましょう。

というわけにはいかないので、あとの2つの注意点に気を付けましょう。

バプテスマを受けると排斥されるリスクが高まります。排斥された元信者はエホバの証人信者から村八分の扱いを受けます。家族内でも排斥者に対しては最低限の接触にとどめなければならない、というものみの塔の戒律があります。

エホバの証人をやめたからと言って、ものみの塔のマインドコントロール下にある哀れな肉親と話せなくなるのは嫌ですよね。

バプテスマを受けていない非信者の人は、タバコを吸っていてもお咎めなしなのに、一旦バプテスマを受けてしまうと、そうはいかなくなります。喫煙しているのを目撃されたり、背教じみた質問をして目をつけられると排斥になる恐れがあります。

エホバの証人2世の子どもだと

「あなたと同じ年のあの子は、もうバプテスマを受けている」と、親が羨望のまなざしを向けることがありがち。子どもとしては自尊心を損なわれることになります。

そのため、けなげにも何とかして自分もバプテスマを受けようなどと思います。これが危険。

バプテスマを受けないままなら、年頃になって異性とデートしたりしても、見逃して貰える風潮があります。ところが、なぜか一旦バプテスマを受けてしまうと、異性と話しているのを目撃されただけでも排斥になるリスクがあります。

バプテスマなんて、プールに潜るだけの茶番なのに、おかしな話ですが。

エホバの証人の排斥者に対する愛の欠けた行為

エホバの証人をやめるときの注意点2つ目です。

2.排斥されない

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コロナウイルスに翻弄されるエホバの証人のグダグダ感、非・真理である証拠

コロナウイルスに翻弄されるエホバの証人

エホバの証人が命を軽視する理由

新型ウイルスの発症源になるから自粛しろと、当局の要請があるのにも関わらず、無視して礼拝を決行。そして、またもや感染源となった韓国の新興宗教団体。外部の意見を聞かず、目的のためなら手段を選ばない独善さ。完全にカルト。

エホバの証人も同様で、集会や大会を中止したりということは決してないだろう。ハルマゲドンが来て一旦世界がリセットされるからと自分自身や家族、周囲の人間すべての命を軽視している。

これっきり一回だけの人生なのに。考えるのをやめて、何よりも大事な今を生きることから逃げた、思考放棄集団。

エホバの証人の暗黒の日曜日、王国会館での危険な洗脳集会

エホバの証人は、自分の命を大事にしよう

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エホバの証人とエイズ、英米世界強国とは?ハズれる予言はカルトの証し

ハズれる予言はカルトの証し

科学が神エホバを超えた?、いや、もともと存在しないだけ

私はほぼ生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。1980年代から90年代前半をエホバの証人の子どもとして過ごす。最悪な幼年期、少年期、思春期だった。

エホバの証人というのは、自称キリスト教系の新興宗教。2世というのは宗教2世被害者のこと。親の信仰を押し付けられた子どものこと。

私が子どもの頃、大人のエホバの証人たちが嬉々として語っていたことに「エイズ、HIVは不治の病だ」というモノがあった。同性愛や輸血という、エホバの証人教理に背いた人類に与えられた神からの罰が、エイズという設定。

「エイズに感染すると待っているのは死だけ」という脅し文句で教えられた。「だから輸血や同性愛はダメ、神エホバを怖れよ」みたいな感じ。

しかし、エホバの証人が不治の病ともてはやしたHIVも、いつの間にか早期発見できれば発症を抑えられるようになった。

新型肺炎の対処薬としてHIVの薬が使われていると聞き、ちょっと調べてみるとHIVはもはや死の病ではないとのこと。

科学が神を超えた。そんな簡単に超えられる神エホバはやはり偽。いやいや、騙されちゃいけない。元から存在しないんだって。

ものみの塔協会、予言に保険が付いてる時点でアウト

エホバの証人の英米世界強国って何?

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児童虐待が隠蔽されているエホバの証人の王国会館を通報せよ

児童虐待の王国会館

陰湿なエホバの証人の体罰

警察庁の犯罪統計によると、児童相談所に通告した子どもの数が2019年に過去最多になったとのこと。児童相談所に通告した18才未満の子供の数は10万人弱、そのうち身体的虐待が2万人ほど。

周囲にエホバの証人2世の子どもがいる人は、積極的に子供に通告させる、自ら通告するという行動を取れる時代になった。

エホバの証人の体罰は、子どものお尻をベルトや素手で叩く方式なので身体に証拠は残らない。しかし、子どもたちの心に大きな傷が残る。周りの正常な大人には、それを救う義務がある。

エホバの証人の集会が開かれる王国会館には、”懲らしめ”用の部屋があった。懲らしめというのは体罰、児童虐待に該当する。くだらない自己満足の公開講演がされている間、子どもたちは当然おとなしくしていることはできない。

公開講演というのは、週末の集会で行われる、男性信者による単独の宗教講話のこと。ほとんど自慰行為。

詳しくはこちらの記事で→エホバの証人2世の物的被害

エホバの証人は、懲らしめという体罰で抑えつけて、子どもの心をのっぺりと平らにして洗脳していく。静かに2時間座っている子どもが模範的な良い子ども、神エホバや両親から愛されるのだ、と体罰の恐怖で思い込ませる。

懲らしめ用の部屋は密室になっていて外に音が漏れなかった。私がしこたまお尻を叩かれていた30年以上前でも、教団指導層は虐待を”疑われる”ので、子どもの泣き声を外に漏らさないよう懲らしめを行え、と信者に通達していた。

エホバの証人組織の中では、組織的、伝統的に子どもへの虐待が行われている。私が懲らしめられた部屋には、水道用のホースが設置してあった。緑色のホースで、子どもの私はお尻を思いっきり引っぱたかれていた。30年以上前の光景が、まざまざと目に浮かぶ。

愛のムチとは?エホバの証人の王国会館を通報せよ

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親失格のエホバの証人、帰宅部強制のエホバの証人2世

親失格エホバの証人

エホバの証人2世、蔑まれているという思い込み

私は、ほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。両親は2人とも、ものみの塔協会によって完全にマインドコントロールされたエホバの証人だった。

私が両親にようやく抵抗したのが、中学生になってすぐのクラブ活動の選択。

私の通っていたド田舎の中学校では、生徒全員が何らかのクラブ活動に所属する決まりだった。しかも、男子生徒はほぼ全員運動部に入部しており、文化部に入る男は非国民だという風潮があった。

しかし、私の両親は当然のように私を文化部に入部させようとしていた。運動部だと、エホバの証人活動に差し支えるため。これに私は断固抵抗した。

中学生のクラブ活動が文化部だろうと運動部だろうと、今の私にとってはどうでも良いし、周囲と違って運動部に入らないのも個性だと思える。しかし、

この頃の私は、”変人、変わり者、宗教、キリスト”と呼ばれ、学校内で蔑まれている、と思い込んでいた。これ以上、悪目立ちするのは思春期の私にとっては耐えられなかった。

周囲から浮かないように、私はどうしても運動部に入部したかった。

エホバの証人2世の、自意識過剰

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エホバの証人の幼児へのエロティックな性教育は性的虐待

エホバの証人2世の高まる性的欲求

エホバの証人の性教育は性的虐待である

本記事は露骨な性的表現を含みます。閲覧にはご留意ください。

 

 

私は、ほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられた。そして、私は小学校の高学年になると性的な衝動に強く駆られるようになった。これが1990年代初頭のこと。

思春期の男の子の性欲の高まりは正常なこと。好きな女の子ができたというのも原因のひとつかもしれない。しかし、それ以上に私の性的衝動には大きな原因があった。それは、エホバの証人の過激な性教育を受けた影響。

エホバの証人は小さな子どもに性教育を行う。マスターベーションはダメ。肛門や口を使ったセックスは禁止、そんなことをエホバの証人2世は幼児の内から教え込まれる。キスやペッティングは結婚するまで禁止。

淫行、姦淫、なんだそれ?という子どもに、ひたすら禁止、禁止と教える。

ものみの塔の宗教本には思わせぶりな写真や挿絵が載っていて、さらに少年の欲望を刺激する。

小さな子どもに、露骨な性的情報を教える必要はない。むしろ、不要な性的情報を植え込むエホバの証人は、児童・幼児に性的な虐待を加えている。

マスターベーション禁止のエホバの証人

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エホバの証人2世、恥にまみれた屈辱的な小学校生活

エホバの証人2世、屈辱的な小学校生活

エホバの証人2世の子ども、灰色の小学校生活

私は、ほぼ生まれながらにしてエホバの証人という宗教の2世信者として育てられた。小学校高学年になると、エホバの証人2世という境遇が圧倒的な不運だと思い始めた。

エホバの証人2世である限り、明日は楽しみではなく、日常の景色は灰色だった。

2日か3日おきに抜群に退屈なエホバの証人の集会がある。この日は、放課後に友達と遊ぶことは許されない。集会の予習をしなければならないから。この集会では、1ヶ月に1回程度の間隔で割り当てというモノが回って来る。

エホバの証人の親が子供に勧誘活動をさせるのは虐待

割り当てとは、各信者が宗教勧誘の練習のため、聴衆となる大勢の信者の前で講話や勧誘の模擬練習をすること。これは、神権宣教学校という、ものみの塔の教育プログラムになっていた。

小学生の私は、一番初学の5分程度の聖書の朗読と講話をしなければならなかった。この準備も面倒だった。

エホバの証人の集会の日は友達と遊ぶこともできないし、集会の無い日でもエホバの証人でない友達と遊ぶことに対して、親は良い顔をしなかった。

集会の無い土曜日も、学校が終わった午後になるとエホバの証人の布教活動に出かけなければならなかった。

私が小学生の頃は、土曜日の午前中はまだ学校があった。途中で学校も完全週休2日制になったのだが、私にとって嬉しくも何ともなかった。結局、エホバの証人の布教活動に参加しなければならない時間が増えただけ。

私にとって小学校生活は、楽しみなど何もない灰色だった。

痛みを伴うエホバの証人2世の小学校生活

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エホバの証人の子供に生まれた圧倒的不幸、監視される学校生活

不幸なエホバの証人の子ども

エホバの証人2世の学校生活

私は生まれながらのエホバの証人だった。小学校高学年になった私は、クラスメイトと同じようにクリスマス会に参加したかったし、校歌も国家も普通に歌い、騎馬戦にも出たかった。

しかし、そういった活動すべてはものみの塔の柔軟性のない態度によって禁止されていた。ものみの塔は、他の宗教を全て異教・異端とみなし攻撃対象にしている。本来は自分たちが異端そのものなので、滑稽な話。

クリスマスは普通にキリスト教に関連した行事なのだが、エホバの証人から見ると異端の行事のため禁止。節分や七夕は、当然のように禁止。

私の子どもの頃はなかったのだが、最近騒がれるようになったイースターやハロウィンも禁止。

給食の前の合掌も、日本の神仏への祈りのポーズと同じなのでNG。合掌しないだけならともかく、キリスト教ポーズで祈りを捧げなければなかったので、周囲から見ると明らかな変人。給食は毎日のことなので辛かった。

エホバの証人の子どもには心休まる日は無い。

学校の先生は、小学生の私が何らかの行事に参加しないと言うたびに干渉してきた。この行事は宗教性は無いのではないかと。しかし、小学生だった私がエホバの証人の掟を破ったらどうなっただろうか?

親に怒られるだけでは済まない。エホバの証人の教理に背くということは、狂信的なエホバの証人信者である親との決別を意味する。

親の保護なしには生きられないし、親を捨てる覚悟もない。10才ちょっとでその覚悟はなかなか持てない。親に保護されて生きてきた時間が、人生の総量に占める割合として大きすぎた。いまだ、両親の愛情を必要とする年齢だった。

であれば、親に秘密で学校だけでエホバの証人でない顔をするしかない。しかし、学校の先生はその秘密保持を保証できない。親に黙っていて、後でばれたとき、自己の保身ができないから。

エホバの証人の親は怒り狂いますよ。子どもに異教の行事を押し付けたんじゃないのかと。覚悟も無いのに、仕事だから念のため干渉してくるだけの無能な地方公務員、エホバの証人の子どもだった私は、学校の先生をその程度に捉えていた。

エホバの証人の子供に生まれた圧倒的不幸

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エホバの証人が崇拝しているのは、ものみの塔という偶像と組織

ものみの塔という偶像

親族を巻き込むほど不幸になるエホバの証人家族

私は、熱心なエホバの証人だった両親の一人息子として育つ。1990年代初頭、私の両親は小学生の私を連れて田舎に引っ込んだ。親族をエホバの証人に引きずり込むため。

しかし、幸いなことに私の親族は誰も両親の声に耳を傾けなかった。親族一同がエホバの証人になっていたとしたら、これは最大の不幸だった。

今となってはエホバの証人をやめた私の両親だが、

親族までカルトに引きずり込んで、一族不和の原因を作っていたらと考えると、その罪悪感たるや計り知れない

エホバの証人の、何もかもをものみの塔に捧げる狂気

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