時間のかかるエホバの証人2世の解放

中学2年生のエホバからの解放

私が中学2年生から3年生に進級する時にだけ、担任の先生が変わらなかった。しかし私は中学2年生の秋頃に信仰を捨てていたので、これは逆にやりにくかった。今年から何でもやりますという訳にもいかないのである。急に部活に真面目に参加しだすというのも今更という感じだった。

仕方が無いので都合の良いところだけ未だにエホバの証人であるような顔をしていたのである。中学3年生の給食の時に私が合掌していたかどうかはもう覚えていない。ただ両手の両指を組み合わせたエホバの証人の祈りのポーズをとるという馬鹿馬鹿しい行いからはようやく解放されていた

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禁止事項の多いエホバの証人2世の学校生活は苦難の連続~エホバの証人のできないことまとめ

エホバの証人2世にとって苦痛となる学校生活

エホバの証人の2世は学校の給食の前に合掌のポーズをとることが禁止されている。これが私にとっては大問題だった。小学生から中学生に至るまでの全ての給食の時間が私には苦痛だった。

毎日毎日、給食の昼が来るたびに憂鬱な気分になる。そんな学校生活がエホバの証人2世の日常。クラス内の全員が手を合わせて、「いただきます」という時に、私だけ両手を握り合わせた祈りのポーズをとらなければならない。

今となっては人と同じことをしないということは、そんなにも悪くないことだと思うのだが、子供の頃にはこれは恐怖だった。周囲の同級生に好奇の目で見られることがたまらなく嫌で、辛かった。

エホバの証人の禁令下の子どもの日常

他者の視線と変化を恐れるエホバの証人2世

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合掌しないエホバの証人の祈り方から伺えるものみの塔協会の二面性

エホバの証人二世が給食の前に手を合わせない理由

日本の学校の給食の前などの両手を合わせる合掌のポーズは、エホバの証人には許されてはいない。理由は、エホバの証人が異教とみなす仏教や日本古来の神々への祈りのポーズを連想させるから。

日本の食卓の「いただきます」は、ありとあらゆるものへの大雑把な感謝を簡素に示したもの。これが機能性と様式美を備えた風土に根ざした祈り。しかし、こういったものを良しとする柔軟さをエホバの証人は持ち合わせていない。

エホバの証人の祈り方

エホバの証人の祈り方は以下のように決まっている。1人で単独で祈る場合や衆目の視線があるような場所では、祈りの発声はしなくても良いということになっている。学校の給食の前などもそのパターン。しかし、こういった場合でも両手の両指を交互に握り合わせた祈りのポーズだけはしなければならない。

逆に集会所などに信者だけで集まった場合や、家庭内で代表者が祈る場合は発声して祈らなければならない。

エホバの証人の教義はこの微妙なラインをついてくる。イスラム教徒のように時間がくれば、床に膝まずいて祈らなければならないというほど過激ではない。しかし、その一方で食堂に集まった全校生徒と同じように合掌のポーズをとることは許されない。

ご都合主義のものみの塔協会

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エホバへの祈りが天には決して届かない理由

不毛なエホバへの祈り

エホバの証人が自宅で祈りを捧げる場合も父親などの代表者が声に出して行う。タイミングは食事の前や研究と呼ばれるエホバの証人の教義の勉強の前後などである。

信者の個人宅で開かれる集会の際には賛美歌の合唱は行われないが、この祈りだけはばっちり捧げられる。日本家屋で正座をして座った集団が「アーメン」である。真似事の冗談も大概にして欲しいのだが本人たちは大真面目なのである。

このとてつもなく長い祈りの間、聞いている側は目を閉じて、合わせた両手の指を組み合わせたポーズで神妙な顔つきをしていなければならない。不毛である。エホバの証人が盲信する神エホバなど存在しないので、虚空に向かって無意味な言葉の羅列を投げかけているだけなのだ。その空しさと悲しさはエホバの証人信者の虚しい一生を象徴している。

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単純だが洗脳効果のあるエホバの証人の賛美の歌と祈り

エホバを賛美する賛美の歌

エホバの証人の集会は賛美歌と祈りで始まる。王国会館で集会が行われるときには盛大に賛美の歌と呼ばれる賛美歌が歌われるのだが、個人の家で行われるような場合は、流石に賛美歌は歌われていなかった。

賛美歌はたしか100曲ほどもあって、独自の賛美歌の本まで出版されている。賛美歌の伴奏のカセットテープなども製作されており、それらを含めた出版物などにまつわる寄付金はエホバの証人の収入源となっている。現在ではCD、さらにはデータ化されているのかも知れない。

集会の始まりにはそのカセットテープを流す係の人がいて、決まった賛美歌を全員で合唱するのである。

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自宅までをものみの塔協会に献上する洗脳状態

エホバの証人の会衆と群れとは

地域毎に分けてエホバの証人の集会は開かれている。エホバの証人はそれを会衆と呼んでおり、○○会衆と大まかな地域名をあてはめられている。その下に群れという単位があって、○○の群れというもっと小さな地域名で呼ばれている。

群れというのはエホバの証人が自身のことを羊に例えているからである。羊と山羊、羊飼いの言うことに従順で忠実な羊をエホバの証人に、ちょっと自由気ままで攻撃的なヤギを非信者に例えているのだ。私がその集会に参加させられていた1990年代頃は、火曜日の集会はその群れ単位で行われていた。

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エホバの証人の王国会館とは?

エホバの証人の王国会館とは

エホバの証人が集まる集会は、王国会館というものみの塔協会の集会場で行われる。王国会館は全国各地にくまなく建設され、よく目にする建物である。

私はあのパステルカラーの建物を見ると、何とも言えない嫌な気分になる。簡素な造りのあの建物を見ると吐き気がする。羽を伸ばしに海外に行ったりしていても、いきなり王国会館が目に入ってきて、非常に不快な気持ちになったことがある。

信者の無償の奉仕活動と寄付金で建設される王国会館

この王国会館はエホバの証人信者たちの奉仕活動と寄付金によって建設されている。私が王国会館に連行されていた1990年代半ばには、専門的にこの王国会館の建設に携わるチームがあった。

この建設チームに加え、一般信者も寄付金だけでなく、自分の時間を差し出して王国会館の建設を行う。それこそハンマーをもって釘を叩くところから、食事の手配まで様々。これらの活動は全て無償で行わなければならない。

私も子供の頃、何度もこの王国会館の建設の手伝いをさせられた。自分が主に連行されていた王国会館だけでなく、近隣の会衆の王国会館の建設にも時間をかけて行かなければならない。

会衆というのは地区毎のエホバの証人の集まりのことで、100人程度が限界で、それを超えると分割される。新しい王国会館が建てられる場合もあれば、都会でエホバの証人人口密度が高くなると、時間帯を分けて王国会館を複数会衆を使用することもある。

エホバの証人にとって感慨深いものがある王国会館

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エホバの証人というカルト宗教の被害を受ける二世信者の子供たち

他者を一切認めず周囲を巻き込むエホバの証人というカルト宗教

エホバの証人の信者は団体で集まって布教活動をするだけでなく、個人的にも伝道を行うことが求められる。それは証言と呼ばれている。自身の信仰の証言をするということ。

家族、親戚、同僚、上司、学校の同級生、先生などに、自身がエホバの証人であることを告げ、また誰かれ構わずエホバの証人に勧誘することが求められている。

エホバの証人の本家米国の話だが、刑務所に勧誘に行ったばかりに、エホバの証人勧誘会に参加したのは児童性虐待で収監されていた受刑者だけだったという話もある。結果、エホバの証人組織内で児童性虐待が起こりまくり。

家族まるごとを被害に陥れるのがカルト宗教の特徴と言える。神は自分の心の中に入れば良いのであり、周囲の人々の日常生活に影響を及ぼしてまで、宗教に巻き込む必要はない。

これは極端な例えだが、夫婦で片方が信じる宗教があり、もう片方がそれを認めつつも別の神に祈っていても良い。お互いの神を押し付けあう必要などない。

逆に、ものみの塔協会は自らが造り出した唯一神エホバ以外を一切認めていない。古今東西全ての神々と無神論者を悪魔サタンの手先だとしており、エホバの証人への改修を迫る。

それがならなければ、来たるハルマゲドンで滅ぶ”この世”の人であると哀れまれ、悪影響があるからと深い交流を避けられる。

自分の信仰の証言を強制されるエホバの証人とその子供たち

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家族をものみの塔に引きずり込み崩壊させたエホバの証人二世の責任

エホバの証人という悪魔の手先も実は被害者の1人

若い夫婦だった両親と、産まれたばかりの私の3人だけのささやかな家庭に悪魔の手先がやって来た。1980年代前半のこと。微笑みの仮面をつけた疫病神が伝道にやって来た。

エホバの証人の伝道奉仕活動。ただの布教勧誘活動なのだが、本人たちは「ボランティア活動で来ました」と嘘をつく。

この世の中は怖いところ。油断するとすぐに騙され、何もかも失ってしまう。家族三人でアパート暮らしをしていたこの頃のことを思い出すと、とても悲しくなる。

両親を騙し家族を崩壊させ、私の半生を歪ませたエホバの証人の伝道者を呪いたくなるのだが、その人ですらものみの塔協会の被害者。

恨む対象にはなり得ない。そもそもそのエホバの証人伝道者は若くして死んだ。ものみの塔活動で心身を病んだのだろう。エホバの証人個人を恨んでも仕方がない。この世から、ものみの塔という元凶を取り除く必要がある。

まずは母親を毒牙にかけるエホバの証人

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エホバの証人の勧誘のための伝道奉仕活動

一般のエホバの証人の階級

ものみの塔協会は新たな信者を獲得するために、家から家へと伝道していく。これをエホバの証人信者たちは奉仕活動だとかボランティア活動と呼んでいる。

エホバの証人の信者は伝道者と称して、新たな信者を開拓していく一方で、バプテスマという献身の儀式を受けることで、兄弟、姉妹と既存の信者から呼ばれる身分となる。エホバの証人の信者間では男性の献身している信者のことを○○兄弟、女性は○○姉妹と呼び合う。ただの伝道者の人は○○さんという呼び方である。

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