エホバの証人(JW)2世、浴びせ続けられる2つの視線

有象無象の視線に怯えるJW2世

エホバの証人2世の子供が浴び続ける架空の視線

私は自分の意思で14才のときにエホバの証人をやめた。やめるまでの14年間をエホバの証人2世として育てられた。エホバの証人というカルトが私に一番大きく影響を及ぼしたのは自意識の問題。自意識が過剰なせいで他人の視線が気になって仕方が無い。

誰もいないところでも、誰かに見られているような気がする。誰かに見られていたとしても問題の無い自分を演じてしまう。しかし、本当は誰も私に注目などしていない。それでも他者の視線が気になってしまう。これは、

幼い頃から、天にいるエホバやイエスに見られていると言われた影響。私は、常に神エホバに監視されていると思い込んでいた。

神エホバだけでなく、悪魔サタンも私を見ている(と思い込んでいる)。サタンや悪霊は、虎視眈々と我々を誘惑する機会を狙っている(と思い込んでいる)。

こうした空想の産物からの視線を、エホバの証人2世の子供たちは感じ続けている。感受性豊かな子供だからこその恐怖の視線。

幼児期からの強烈な洗脳の結果、エホバの証人の子供たちはこうした架空の視線の支配下にある。

エホバの証人の子供は、常に何らかの視線にさらされているというという思い込みに行動を制限される。彼らはいつでもどこにいても厳しいエホバの証人の戒律を守らなければならない。神の監視下にあるから。

エホバの証人2世の唯一の特効薬

エホバの証人2世が法令を軽視する理由

エホバの証人2世の子供が浴び続ける現実の視線

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目ざめよ!エホバの証人(JW)

偽予言者

エホバの証人の終わりの日のカラクリ

エホバの証人というのは、19世紀米国で発祥した自称キリスト教系の新興宗教。終末論を唱えており、信者は世界の終わりハルマゲドンで生き残りたいがために、エホバの証人として宗教活動を行っている。

エホバの証人のハルマゲドンの年代予言は、ハズれる都度延長されてきた。誰もが知ってのとおり、終わりの日「ハルマゲドン」など来ていない。1914年、1975年と漸次ハルマゲドン予定日は繰り下がっている。

キリストが生まれてから2000年間、我々が終わりを見る世代であり、終末は目前だと、世迷言を言い出す教祖が限りなく存在した。我々こそが、生き残って新しい世界を見る者だと、偽予言者たちは自信満々に語った。しかし、

我々が偶然にも終わりの日に生きている、そんなミラクルはありえない。時代時代ごとに、終わりを騙る偽予言者が無数に現れているだけ

初期のエホバの証人たちは、とっくの昔にハルマゲドンを味わうことなく死んでいった。現在のエホバの証人も同様。人生を偽予言者にフルベットして憤死。

終わりの日に偶然生きているという奇跡感。その優越感を味わっているのはエホバの証人だけではない。全ての終末思想をもつ新興宗教信者が体験してきた感覚。これは本人たちにとっては心地よい快感なので、簡単に騙されてしまう。

エホバの証人のハルマゲドンの予言はいつまで継続されるのか?それは、教団が存続する限り永遠に。昔の予言を無かったことにして、新たに終末予測が更新されていく。そして、偽予言者の予言するハルマゲドンは永遠に来ない。

目ざめよ!エホバの証人

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ものみの塔協会、1914年の嘘と1995年の冗談

来る来る 来る来る ハルマゲドン

ものみの塔協会、1914年の嘘

ハルマゲドンというのは、この世の終わりを神エホバがもたらすという、ものみの塔協会最大の嘘。この最終戦争の後で、地上は永遠の楽園”千年王国”になるというファンタジー。

究極なおふざけ設定なのだが、全世界のエホバの証人は、楽園という目の前にぶら下げられたニンジンを疑うことなく信じている。

ものみの塔協会のハルマゲドンの教理は1995年に決定的に変更された。「もうすぐハルマゲドンは来るのだが、そんなに直近でも無いよ」という意味不明な状態に。嘘に嘘を重ねた。エホバの証人は、主要教理が頻繁に変更されるいい加減な宗教団体。

いい加減教理の中でも最重要視されているのが1914年の教義。1914年以来イエス・キリストは天で見えない統治を開始した。1914年の世代が死に絶えるまでにハルマゲドンが起こる、という教義。

本来は、ハルマゲドンが起きる年が1914年とされていたのだが、周知の通り、そんなモノは起きるわけもなく。仕方が無いので、ものみの塔は1914年の予言を無かったことにした。

1914年は第一次世界大戦が勃発した年で、それはキリストの再臨の証しだったと変更し、現在のエホバの証人的には予言的中ということになっている。ものみの塔によって、予言の中身が後出しで変更された。

キリスト再臨の象徴が世界大戦の勃発というのは、何とも突拍子も無い話。しかし、マインドコントロール下のエホバの証人にはそんな理屈は通用しない。

これが1914年の嘘。

  1. 1914年に最終戦争が起こるとしていたが、それは無かったことにした
  2. 1914年にキリストの再臨を予言していたことにした
  3. 1914年の第一次世界大戦勃発をキリスト再臨とこじつけた

ものみの塔協会、1995年の冗談

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ハルマゲドンでやけっクソのエホバの証人(JW)2世

エホバの証人2世とハルマゲドン

エホバの証人2世の深い洗脳状態

私は生まれながらにして、エホバの証人という宗教の2世信者だった。

エホバの証人とは米国由来の自称キリスト教系の新興宗教。日本ではものみの塔聖書冊子協会という名称でも認識されている。2世信者とは親の1世信者の信仰を強制される子供のこと。

私は14才の時に、ものみの塔協会の言いなりになって生きていてはいけないと判断した。人間の短い生の貴重さに気付いたから。短いからこそ価値があり、エホバの証人の教理「永遠の命」は無意味。そして、両親と決別覚悟でエホバの証人をやめた。

エホバの証人をやめて10年ほどの間、私はいつかハルマゲドンで滅ぼされると信じていた。

ハルマゲドンとはものみの塔が予言する終末のこと。エホバの証人以外の人類はハルマゲドンで滅ぼし尽くされる。その後、地上はエホバの証人だらけの楽園に作りかえられるという設定。

14才の私は、一切の快楽無しにエホバの証人の楽園で永遠に生きるのは無価値だと考えていた。今でも同じ考え。しかし、

20代前半までの私はものみの塔の洗脳から完全に脱却できてはいなかった。神エホバやキリスト、悪魔サタンは存在する。ものみの塔はある種の真理を語り、ハルマゲドンも近い将来に起こると信じていた。

14才~20代前半という若さゆえの無邪気さではなく、幼い頃からの洗脳の成果。毎週3回のエホバの証人の王国会館という集会所での洗脳集会、家庭でのものみの塔の宗教本での洗脳教育、日々の祈り、その反復で思考が犯されていく。

エホバの存在に疑いの余地は無かった。王国会館のエホバの証人たちは人間なので未熟。ものみの塔協会の教理にも未だ不充分な箇所がある、という感覚はあった。これはものみの塔が用意した逃げ道。

神エホバは完全完璧だが、その意思の中継手段であるものみの塔協会は人間によって運営されている。情報の伝達に誤差が生じることはあるという、都合の良い言い訳。

子供にとって悪影響でしかないエホバの証人という宗教

ものみの塔という偶像からのエホバの証人二世の解放

エホバの証人2世の死生観

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ハルマゲドンは怖くない~滅びを覚悟すれば恐れる必要はない

明日にでも終わる人生を暴走するJW2世

エホバの証人が抱えるハルマゲドンという幻想

エホバの証人として生きるというのは、決定的に間違った人生の選択。百万歩譲って、ものみの塔がつく最大の嘘であるハルマゲドンが来たとする。エホバの証人でない我々は滅ぼされる。それで良い。

自身の生涯を、自分で決めたとおりに生きれば良い。ハルマゲドン後に得られる設定の永遠の命など、無用の長物。煩わしく長過ぎる永遠の命など、生命の輝きを損なわせるだけ。

あなたは永遠に生きて何をするつもりなのか?ものみの塔の堅苦しい戒律を守り続けなければならない永遠には、何の魅力もない。あらゆる快楽を得られないまま、エホバの証人だらけの世界で生きていくなど、気が狂いそうだ。

神は心の隅にいればいい。魅惑の果実は手に取って、今この瞬間に食べるべき。明日になれば、熟し切って地に落ちて腐っているかも知れないし、鳥がついばんでいるかも知れない。

今、この瞬間を重視して、後悔の無い生き方をすればいい。そうすればハルマゲドンは怖くない。死ねば終わり、無になるだけ。地獄に落とされることは無い。エホバの証人の設定ではそうなっている。

しかも、ハルマゲドンは起こらない。誰もが突然、不条理に神に殺されることはない。楽園で復活することもない。これらはものみの塔のウソだから。人類は、現在の生に集中し、今を全力で生きるべき。

今すぐエホバの証人をやめるべき理由~永遠の命というものみの塔協会の嘘

ハルマゲドンでの滅びを覚悟したエホバの証人2世

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エホバの証人(JW)の犯す、ものみの塔崇拝という罪

JWの組織・偶像崇拝

エホバの証人になるという間違った人生の選択

エホバの証人になるというのは、完全に間違った人生の選択。その邪道に人を引きずり込むなどもってのほか。

なぜならば、人は生まれてから死ぬまでの限られた時間を、自分で決めたことのために使わなければならないから。

この単純な自由が叶わない人々が、人類の歴史の中には多く存在した。我々は幸運にも、自分の生き方を自分で選択することが可能な時代に生まれている。

その貴重な権利を放棄してはいけない。ものみの塔の言いなりになるという人生の無駄遣いをしてはいけない。

ものみの塔に献身するというのが、自分で選んだ生き方だという反論があるかも知れない。本人の自由だと。しかし、エホバの証人として生きるということは、他人をその道に導く活動をしなければならない。それがエホバの証人でしょ。

人々を誤った道に引きずり込むということは、どう考えても人の道に外れた行為。

エホバの証人は、誰もが真理を求め、敬虔な宗教心を抱いて王国会館に通い始めた。そこまで高尚でなくとも、何らかの救いや人との健全なつながりを王国会館に求めた。

それがいつの間にかものみの塔のマインドコントロール下に置かれる。そうなると、自分でものごとの良し悪しを考えることが出来ない思考停止状態に陥り、ものみの塔という偶像を崇拝し始める。そして、同じく誤った道に人々を迷い込ませる。

エホバの証人が偽教・カルトであると言えるのはなぜか

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エホバという疫病神がもたらす人生の破滅、傷つきからの再生

傷付きからの再生

エホバの証人解約による人間関係の消失

私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人、通称JWという新興宗教の2世信者だった。両親が狂信的な信者だったため、子供の私も当然のように信者として育てられた。カルト2世信者。

私は14才のときに自分の意思でエホバの証人をやめる。その後、時をずらして両親もエホバの証人をやめた。父がエホバの証人をやめてから、母の脱会までにはだいぶ時間があいた。

その間に両親は離婚。父親が急に家を出て行って、しばらくして離婚に至った。両親が離婚したのは、父親の浮気が原因であるというようなことを母親から聞いたのだが、事実はよく解らない。

離婚した時点で、未だ母がエホバの証人のマインドコントロール下にあったのかどうかも定かではない。この頃の私は両親に対して無関心すぎた。

エホバの証人の戒律では配偶者の不貞は離婚の成立事由となる。この戒律を逆手にとって「相手が浮気や不倫をしたのなら即離婚せよ」という具合に信者には捉えられている。

少なくとも母にとって、本人がエホバの証人のマインドコントロール下にあった場合、父の浮気は絶対的に許すことの出来ない罪だったのではないだろうか。夫婦の個別の事情にまで、エホバの証人の教理は容喙している。

父はエホバの証人をやめたあと喫煙を再開していた。これは母の教団への密告があれば、エホバの証人組織からの排斥事案になる。排斥とは、エホバの証人的村八分。排斥者に対しては、残存信者は偶然会っても挨拶すら禁止。家族であっても同じように忌避対象となる。

おそらく私の父は、教団内に友人を残すことを望んではいなかったと思う。しかし、父の意思に関わらず、排斥の戒律がある限り、一方的に忌避されることとなる。

仕事をやめ出奔した父は、40代の半ばにして、ほとんど全ての人間関係を失ってしまった

エホバの証人はエホバの証人でない家族を愛することができない

排斥を避けるために息子をバプテスマから守った私の両親

エホバの証人の撒き散らす災厄

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全ての友人を失うことになる元エホバの証人(JW)

エホバの証人をやめてどんな孤独に苛まれようとも

友達を作りにくいエホバの証人2世の子供

私の両親はエホバの証人というカルト宗教の信者だった。我が家は、エホバの証人が言うところの「神権家族」。一人息子だった私は、当然のようにエホバの証人であることを強要された。私は14才の時にエホバの証人をやめ、その後、父、母の順で脱会。

私がエホバの証人をやめてから、父と2人で話す機会はほとんど無くなった。その父からこう聞いたことがある。両親が離婚し、父が家を出て7~8年ぶりに再会した時の話。

「お前を友達の出来にくい育て方をしてしまった」

この話をしたのは私が30才くらいのとき。

私は父に、高校時代の友人との付き合いが今でもあることを話した。この際、父は「お前を友達の出来にくい育て方をしてしまった」と言い、「今の友人たちを大事にするように」と。「そういう友人を(私が)持っていることが嬉しい」と言った。

私の両親は、エホバの証人一家という劣悪な環境で一人息子の私を育ててしまった。父はこのことを深く後悔していた。良かれと思ったことが決定的な間違いだった。

私には両親を責める気持ちは一切無い。しかし私は、息子を持つ同じ立場になって、両親と同じ過ちを繰り返してはならないとは思っている。

学校で行われる季節毎の行事一切を拒否させ、週3回のエホバの証人の王国会館での集会、週末には子供の頃からネクタイを締めて布教活動に歩き回らせる。たしかに、こんな変わり者のエホバの証人2世には友人が簡単にはできない。

そして、両親からはエホバの証人でないクラスメイトとの付き合いは、極力避けるよう管理されていた。

禁止事項の多いエホバの証人2世の学校生活~エホバの証人(JW)のできないことまとめ

相互監視下にあるエホバの証人に真の友人はできない

全ての友人を失うエホバの証人

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脱会後のエホバの証人(JW)、深い傷と激辛の現実

エホバの証人脱会後の苦しみ

元エホバの証人2世の傷、家族の崩壊

わが家は、両親ともにエホバの証人というカルト宗教家庭だった。エホバの証人とはものみの塔とも呼ばれる自称キリスト教系の新興宗教。私はほぼ生まれながらのエホバの証人2世信者として育つ。

私は14才のときに、狂信的なエホバの証人だった両親と決別。エホバの証人をやめる。その後、私が成人した後に父もエホバの証人をやめた。

私の両親は、父がエホバの証人をやめてから家庭内別居状態。未だ教団に未練が残り、マインドコントロールの解けていない母。逆に、教団の偽善体質に気付いた父、両者の関係は悪化。後に離婚、一家崩壊に至る。

エホバの証人脱会後、私は高校の寮に入ったり、夜も遊び歩いたりとあまり家に帰ることはなかった。そして、短大卒業後に就職。すぐに家を出た。

この頃の私は、エホバの証人に奪われた幼少期からの時間を取り戻すべく、活発に遊び回っていた。エホバの証人2世として禁じられていたことの全てをやろうとしていた。

今まで出来なかったことを全てやらなければならない、誰よりも楽しく生きなければならないと思い込んでいた。エホバの証人をやめたばかりの父の痛みと、未だ組織にとどまるマインドコントロール状態の母を気遣う余裕など無かった。

私も、つい最近までエホバの証人について冷静に考えることが出来なかった。エホバの証人組織を憎み、教理を全否定し、何も知らずに私の家に布教にやって来るエホバの証人を追い返すことしか出来なかった。

道を歩く布教活動中のエホバの証人を見ることや、パステルカラーのエホバの証人の集会所「王国会館」を見るのが恐怖だった。

失った人生の時間や家族、自身の恥部である元エホバの証人2世という生い立ち。そういったものから目を逸らし続けた。

エホバの証人というダークサイド

ものみの塔協会の父親攻略手法

エホバの証人に待つ辛い現実

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エホバの証人夫婦に明日はない、エホバの証人組織が当てた唯一の予言

エホバの証人夫婦の未来

エホバの証人脱会の過程で離婚した両親

私は、両親ともにエホバの証人という家庭で育った。私は一人っ子で親子3人全員が信者という、エホバの証人でいうところの神権家族だった。

私は14才のときに自分の意志でエホバの証人をやめる。その後、私の両親は時をずらしてそれぞれのタイミングでエホバの証人を脱会。会衆の長老だった私の父親は、まずその役職を辞任。これは一人息子の私がエホバの証人をやめた影響。

追って、母親も脱会。その間に父が出奔。両親は離婚し、一家離散した。

エホバの証人の長老とは

エホバの証人の長老というのは、会衆というエホバの証人の地域単位のコミュニティでのリーダー的存在。当然、熱心なエホバの証人信者であることが求められる。その熱狂的姿勢は家族にも求められた。

エホバの証人組織からは、長老であるからと言って、金銭的な見返りはない。得られるのは組織の中で、特権と呼ばれる会衆内の運営を取り仕切る権威だけ。

長老のすぐ上にはさらなる特権階級の巡回監督という複数の会衆のリーダーがいる。エホバの証人の長老とは、会社でいうと末端の中間管理職のようなもの。そして、すべて無償での活動。

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