エホバの証人の伝道奉仕活動中のケガ
私が小学校に入る前のこと。両親は熱心なエホバの証人で、私は毎日、ものみの塔協会の伝道奉仕活動に連れ回されていた。伝道奉仕とはものみの塔協会の布教・勧誘活動のこと。文字通りに家から家へ周り、呼び鈴を鳴らし、新規信者の獲得を目指すのである。
ある日の伝道中に、私はふとしたはずみで手に怪我をした。開くエレベーターのドアに手を挟まれてしまったのである。
両親と一緒に伝道をしていたのだが、私を渋々病院に連れて行ったのは母親だけだった。父親は伝道活動中のエホバの証人のリーダー的な存在だったので、その場を離れることが出来なかったのである。
父親が病院について来てくれなかったことはどうでも良く、私は全く別のことを考えていた。怪我をしたら、伝道奉仕活動のために歩き周らなくて済むということに気付いたのだ。
エホバの証人の子供が病弱な理由
むしろケガをラッキーだと捉えていた。私にとって自分の体の痛みよりも、エホバの証人活動をしなくて済むということが喜びだった。
このとき以降、私は良く熱を出すようになった。単純な風邪であることが多かったのだが、熱を出せば伝道奉仕活動に出かけなくて済む。王国会館で行われる集会にも行かなくて良い。良いことずくめだったのである。
夏休みや冬休みの度に、大怪我をしたり、肺炎になったり、盲腸になったりして長期入院した。これも当時の私としては、長期休み中の伝道活動から逃れることが出来てラッキーだったと言える。
夏休みとかになると月間100時間などという伝道奉仕活動時間のノルマを課され、これは酷暑の中、拷問に等しい。至って健康だった私だが、無意識化による抵抗でエホバの証人の活動から逃れていたのだった。当然、仮病も何度も使ったが。
怪我や病気を幸運と捉える子供は異常である。エホバの証人という宗教は子供の精神にこういった悪影響を与える。幼い子供をここまで追い込むものみの塔協会は宗教として致命的な欠陥を抱えている。
自傷・自殺行為に至るエホバの証人の子ども
14歳の頃の私は、エホバの証人をやめたいと強く願っていた。精神的には既に限界に達していた。自傷行為を始めるようになっていたのである。鉄アレイを素足や素手の上に落下させて、事故を装った自傷行為をしていたことがあった。
大怪我をすれば、学校に行ってエホバの証人だからという理由で恥をかくこともない。そんなことが理由なのだが、自らの体を傷つけるほど、精神的に限界まで追い詰められていたのである。
もっと最悪なのは自殺未遂を起こしたことである。車がビュンビュンと走り抜ける幹線道路を自転車で走りながらこう考えた。後ろからやって来るトラックにひき潰されてしまえば楽になれる。
実際に体の真横を猛スピードで走り抜けていくトラックに向けて、自転車のハンドルを切ったことがあった。明らかな自殺未遂である。子供の精神をここまで追い込むのがエホバの証人という危険な宗教なのである。
エホバの証人2世の自殺についての記事はこちら
“エホバの証人2世の自殺と自傷行為” への4件の返信