エホバの証人の子供たちの性格に悪影響を与えるものみの塔協会

大人の信者から影響を受け性格の悪いエホバの証人2世の子供

すさんだエホバの証人の大人の世界を早くから覗き過ぎているために、エホバの証人の子供たちは大人の信者同様に根深い二面性を持ち、羨望や嫉妬、陰口の多い人格に育つ。

エホバの証人の王国会館に溢れているのは思いやりや隣人への愛情ではなく、特権主義と特権階級に対する妬みである。信者たちはお互いに監視し合い、教義を破ったりエホバの証人としてふさわしくない行動をしたりした信者を密告する。ものみの塔協会が推奨している信者どうしの交わりは女性信者間のただの噂話の時間である。その噂話の内容は嫉妬や陰口で、それが狭いエホバの証人の密告社会を支えているのである。

この人間社会の醜い部分の縮図のような王国会館に、エホバの証人2世たちは小さな頃から通い続けることになる。良い影響が子供たちに及ぼされる訳がない。エホバの証人2世の子供たちは一見、大人びて見える。それは丁寧な言葉遣いや礼儀正しい態度に表れるが、子供ながらの純粋さや素直な物言いまでも封じられているのである。結果、エホバの証人の子供たちは小さな頃から陰口を叩き、裏表の多い嫉妬深い性格に育つのである。

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残虐でアウトローな青年に育つエホバの証人2世の子供たち

エホバの証人2世が秘めた残虐性や凶暴性

エホバの証人2世の子供たちはこらしめという体罰を不条理に繰り返し受けることになる。こらしめられる原因がものみの塔協会にあるので不条理という他はない。隠れてテレビで『キン肉マン』や『ゲゲゲの鬼太郎』を見たりするとこらしめの対象となるのである。自分の家庭がエホバの証人でなければしこたまお尻を叩かれることはないのだ。このようにエホバの証人の子供たちは不遇で不運な幼少期を過ごすことになる。

こらしめという暴力と厳しいものみの塔協会の戒律に縛られてエホバの証人2世の子供たちは成長することになる。繰り返される幼少期の暴力の影響で子供たちの精神は健全に育つことはない。私の場合は残虐性や凶暴性、暴力性を秘めた青年期をおくることになった。しかも厄介なことにものみの塔協会はエホバの証人の親たちに子供たちを深く愛するようにと教えている。エホバの証人2世の子供たちは親からの愛情の押し売りとこらしめという暴力の両天秤にされるのである。エホバの証人の子供たちの精神状態はこのように汚染され破壊されていくのである。

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エホバの証人というカルト宗教の被害を受ける子供たち

他者を認めず周囲を強烈に巻き込んでいくカルト宗教

エホバの証人の信者は団体で集まって伝道活動をするだけでなく、個人的にも伝道を行うことを求められる。それは証言と呼ばれていて、家族、親戚、同僚、上司、学校の同級生、先生などにエホバの証人であることを告げ、また勧誘を行わなければならない。

家族まるごとを陥れるのがカルト宗教の特徴である。神は自分の心の中に入れば良いのであり、周囲の人々の日常生活に影響を及ぼしてまで彼らを宗教に巻き込む必要はない。夫婦で片方が信じる宗教があり、もう片方がそれを認めつつも別の神に祈っていても良いだろう。お互いの神を押し付けあう必要などないのである。

ただものみの塔協会は自らが造り出した唯一神エホバ以外を一切認めていない。古今東西全ての神々と無神論者を悪魔サタンの手先だとしており、エホバの証人への改修を迫るのである。それがならなければ、来たるハルマゲドンで滅ぶ”この世”の人であると哀れまれ、悪影響があるからと深い交流を避けられるのである。

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家族をものみの塔協会に引きずり込み崩壊させた私の責任

エホバの証人という悪魔の手先も実は被害者の1人

若い夫婦だった両親と、産まれたばかりの私の3人だけのささやかな家庭に悪魔の手先がやって来た。1980年代前半のことである。微笑みの仮面をつけた疫病神が伝道にやって来るのである。

この世の中は怖いところだ。油断するとすぐに騙され、何もかも失ってしまう。アパート暮らしをしていたこの頃のことを思うととても悲しくなる。両親を騙し家族を崩壊させ、私の半生を歪ませたエホバの証人の伝道者を呪いたくなるのだが、その人ですらものみの塔協会の被害者なのである

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量産されたエホバの証人2世ロボットたちの顛末とそこからの離脱

エホバの証人2世ロボットが量産されるカラクリ

エホバの証人の子供たちが同年代の子供に比べてお利口に見えるのは、しっかりと教育されているからなのだが、この教育方法が大問題である。こらしめと称される体罰はパンツを脱いでお尻を直にベルトや素手で叩かれる。この体罰はパンツを脱ぐのを恥ずかしく感じる年頃まで繰り返し行われる。また2世の子供たちは、ハルマゲドンで自身の体を焼き尽くされ滅ぼされるという恐怖のイメージを植え付けられている

おとなしく座っていなければ即座にこらしめが待っているし、親の言うことを聞かなければ来たる終わりの日に天から降り注ぐ火球で焼かれることになる。こらしめと洗脳による恐怖政治により、エホバの証人の子供たちは見た目にはお利口な2世ロボットとして量産されるのである。しかしその内面はこの幼い頃からの抑圧によるトラウマでずたずたに切り裂かれているのだ。

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ものみの塔協会にとっての都合の良い便りは信者にはただの妄想

ものみの塔協会にとっての都合の良い便りは信者にとってはただの妄想

もしもハルマゲドンが来なかったら、もしもエホバの証人のまま寿命を迎えて死んで、復活しなかったとしたらどうするのか。あなたがものみの塔協会に支払った代償は多大で、取り返しがつかない。はっきりさせておくが、我々人間は復活などしない。そしてハルマゲドンも来ない。この地球はエホバの証人が言うような楽園になどは造り変えられない。

こういった事項は、少なくともエホバの証人信者たちの期待通りになることは無い。世紀末の預言を外し続け、教義にも都合主義の訂正だらけの組織にとっての”良い便り”が、その通りになることは決して無いのだ。ものみの塔協会の主張する良い便りは彼らにとっての都合の良い便りなのだ。

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命を粗末にすることで気付いた限りあるゆえ貴重な生

不条理な死を迎えざるを得ないというエホバの証人2世の幻想

私は交通事故で車を3台も廃車にしている。それがエホバの証人の2世として育てられた過去と何らかの関係があるかと言われれば、特に因果関係は無いのかも知れない。強いて言うなら、ハルマゲドンでどうせ死ぬのだと14歳でエホバの証人を辞めてから20歳を過ぎるまでそう思っていた。どうせいつか不条理に死ぬのだからと、ありえないスピードで車を走らせていたのである。

エホバの証人は輸血拒否という信条で生命を冒涜しているが、形式上は神から頂いた命や身体を大事にするように教えている。その教義を否定する暴走行為は反エホバ的なものを追い求めていた私にとってうってつけだったのである。

ものみの塔協会は、教義に反しない限りはという条件付きで一応は上位の権威に服することを信者に要求している。スピード違反の暴走行為もこの頃の反ものみの塔という私の生き方にマッチしていたのである。

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エホバの証人をやめるためにするべきこと

最優先はエホバでなく今の自分

私がエホバの証人をやめることが出来たのは、今を最優先にしたから。これが限りある人間の生の本質である。

ブラッド・ピットの『トロイ』という映画がある。その中にこんな台詞が出てくる。

The gods envy us.

They envy us because we’re mortal.

Because any moment might be our last.

Everything’s more beautiful because we’re doomed.

You will never be lovelier than you are now.

We will never be here again.

神々は羨んでいる

限りある人の命に

いつ死ぬか分からない

終わりがあるからこそ美しい

美貌もいつかは衰える

“今”は二度とない

自分の人生は自分のためのもの、少なくとも全てを神に捧げるためのものではない。勇気を出せばエホバから自由になれる。

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