体罰と虐待によるエホバの証人の幼児教育 子供の心が無くなる 王国会館は2世ロボット製造工場

小さな子供を持つ親へ仕掛けられるエホバの証人の罠

私をエホバの証人の王国会館に連れて行き始めたのは母親だった。最初は私の母親がエホバの証人の餌食になったのである。活発な子供だった私が王国会館でおとなしくしていられるはずが無かった。もったいぶった集会が2時間も開かれるのだ。そんな場所へいきなり連れて行かれてずっと座っていられるはずがない。

静かに出来ない私を恥ずかしく思ったのか、王国会館に来ている他の子供の行儀よさと比較して不安になったのか、私の母親はある薄曇りの日曜日の午後、父親と私に向かって怒りと不安をぶちまけたのである。なんで集会中に静かに出来ないのかと!精神的に問題があるんじゃないかと!

王国会館に通っている子供が同年代の子供に比べておとなしく、お利口に見えるのは訓練されているからである。その訓練は生活規範そのものをエホバの証人の教義に縛り付けるものである。

ものみの塔協会の定めた規範に背くと待っているのは手痛い体罰だ。体罰はこらしめと称してエホバの証人の間では推奨されている行為である。その痛みの代償にあのロボットのようなエホバの証人の子供たちが製造されている子育てに悩む親たちは王国会館で製造されたロボットのようにおとなしい子供を見てこの宗教に魅力を感じてしまうのだ。

母親に続き父親もエホバの証人の虜に

母親が、私が王国会館でおとなしくしていないことに対して理性を無くして怒っている。

その悪い家庭の空気を和ませるためなのか、私が軽く言ってしまった一言が

(王国会館に)お父さんも一緒に来てくれたら、僕はおとなしくしているかも」である。

これは父親の威厳のことを指しているのではなく、その場を取り繕うための子供ながらの一言だった。しかし、この一言がまさに悪夢の始まりだった。この後、私の前半生はエホバの証人2世として育てられるという最悪な方向へ進む。

この次の週以降、父も次第に王国会館に通いだすようになった。当然、私の王国会館への連行も続くことになる。そして遂に両親はこの宗教団体に献身し、私もそれを強く望まれ、この宗教の教義に沿って厳しく育てられることになった。子供としての楽しみや子供社会の中での自己の確立、私はそういったものとは縁遠い環境で育っていくことになった。当然、週に1回以上はお尻をこっぴどく叩かれるこらしめを受けることになる。私もエホバの証人2世ロボットへの道を歩み始めたのだった。


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