「誰が言ったか」ではなく、「何を言っているか」を見よ。
昨日までの詭弁カタログの続き。
④ 人格攻撃(Ad Hominem)
特徴: 主張の正しさを論じる代わりに、発言者の人格・過去・属性を攻撃することで、 その主張を無効化しようとする詭弁。
例:
- 「あなたは元信者だから、客観的に語れないでしょ」
- 「あなたは背教者だから信用できない」
- 「あなたの言ってることは、サタンの影響を受けてる」
- 「あなたは恨みがあるから、冷静な判断ができない」
- 「あなたは独善的な差別主義思想の持ち主だ」
- 「あなたの言い方が攻撃的だから、話を聞く気になれない」
対処法:
「私の経歴ではなく、主張の内容に問題があるなら、そこを指摘してください。」
「人格攻撃」は、発言者の過去や立場を攻撃し、主張の内容を無視する。議論を壊すだけでなく、沈黙を強いるための暴力的な手法でもある。
エホバの証人のような閉鎖的な宗教組織では、“背教者”というレッテル貼りがまさにこの詭弁の典型例。
結局、人格攻撃に対する対策も、「誰が言ったか」ではなく、「何を言っているか」を見ろ、ということになる。
撃退フレーズ集
🔸 返し①:「私の経歴ではなく、主張の内容に問題があるなら、そこを指摘してください。」
→ “誰が言ったか”ではなく、“何を言っているか”が重要。
🔸 返し②:「私の人格がどうであれ、主張の中身は変わりませんよね?」
→ 人格と主張の正しさは別問題。
→ たとえ“嫌いな人”が言っていても、正しいことは正しい。
🔸 返し③:「背教者かどうかと、事実かどうかは関係ありません。」
→ “背教者”というレッテルは、反論できない側の逃げ口上。
🔸 返し④:「それ、私の話を聞かない理由を探してるだけですよね?」
→ “聞く耳を持たない”ことを正当化するための詭弁。
なぜ人格攻撃は危険なのか?
-
議論の本質を逸らす
主張の中身ではなく、発言者の属性に焦点を当てることで、本来の論点から目を逸らす。 -
沈黙を強いる
「あなたは背教者」「あなたは恨んでるから」などの言葉は、“話す資格がない”という印象を植え付け、発言を封じる。 -
精神的委縮を誘発する
人格攻撃は、発言者に「自分が悪いのかもしれない」という内面化された罪悪感や不安を植え付ける。 その結果、自己検閲が始まり、声を上げること自体をやめてしまう。 これは、加害者にとって最も都合のいい“沈黙の支配”。 -
組織的に使われると、異論を封殺する装置になる
特にカルト的組織では、“批判=悪”という構図を作り、 内部の人間が外部の声に耳を塞ぐよう誘導する。「背教者の言うことは聞くな」という教義は、組織の不正を隠すための防御壁として機能する。
詭弁の応用形:正当な批判を“攻撃”にすり替える
人格攻撃を仕掛ける側は、自分たちの不法行為や矛盾を指摘されると、それを“嫌がらせ”とすり替え、 “法的手段を講じる”と脅すことで、批判者を萎縮させようとする。
これを大きなカルト宗教団体に言われたら、正当な批判すらしにくくなるのが人情。
これは、正当な批判を“攻撃”に見せかける詭弁の応用形であり、 批判を封じるための心理的・制度的な圧力として機能する。
まとめ
人格攻撃は、反論できない者の最後の手段。
耳の痛いことを言ってくれる人ほど、本来ありがたい存在のはず。しかし、こうした詭弁を使う連中には、謙虚さやモノゴトを少しでも改善しようという誠実さも、精神的な高みを目指す”本気さ”もない。異なる意見を退け封殺しようとするのみ。
だからこそ、“誰が言ったか”ではなく、“何を言っているか”を見る。それが、思考停止から抜け出す第一歩。


