元エホバの証人2世に訪れない「終わりの日」
私は、ほぼ生まれながらのエホバの証人信者だった。俗に言う2世信者。両親はものみの塔協会に異常に忠実なエホバの証人。狂信的なカルト信者だった。
私は14才のときに、自分の意志でエホバの証人をやめる。短い人生の意義は、ものみの塔や神エホバに従うことではないと、考えたから。
脱会以降、エホバの証人の2世信者だったことは、私の人生の恥部となった。この段階では、ものみの塔の洗脳下にあり、神エホバの存在やハルマゲドンの勃発など、主要教理は信じていた。
それでも、エホバの証人2世だったことは私の人生の恥部だった。
- 永遠の命という希望にすがり、ダサい連中だらけの王国会館に通い続ける美意識の欠如
- エホバの証人は、人生の価値が一瞬の輝きの中にあるということを、知らない
- 小学校の季節毎の行事を禁止され、その都度教室の端で見学という罰ゲーム黒歴史
- 大きな手術を受けることになった5才のとき、輸血が必要に。しかし、両親と共に断固輸血拒否して、不毛にも五分五分の手術に挑んだ
- そのときに涙ながらに神エホバに救いを祈った
- 妙にかしこまった服装をして、家から家へとエホバの証人の布教活動を行わされた
こういったことすべてが、私にとって恥ずべきことだった。
エホバの証人を脱会した後も、私はものみの塔の洗脳下にあった。天に神エホバは存在し、神による世界の終末も間近だと思っていた。じきに私は滅ぼされるのだと信じていた。
死ぬまでの短い人生を、いかに充実させて生きるかに集中していた。この頃、20代前半、インターネットで「残りの者」の人数を調べようとした。21世紀になったばかりの頃。
理由は、なかなか終わりが来ないから。ものみの塔の教理では、「残りの者」が全員死んだら、ハルマゲドンが勃発することになっていた。そのため、私は「残りの者」の人数を調べれば、ハルマゲドンの時期が分かると考えた。
避けに避けていた「エホバの証人」という禁断のキーワードを、インターネットの検索窓に打ち込む。そして私は、ものみの塔の抱える様々な矛盾と疑惑がネット上で暴露されていることを知った。
元エホバの証人の、自らがカルト信者だったという「まさか」
“インターネットの検索窓に打ち込まれた、「エホバ」という禁断のキーワード” の続きを読む