脱会エホバの証人の、現役信者を喜ばせない生き方とは・・・

暴走しがちなエホバの証人

『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』

元エホバの証人の2世信者が書いた脱会本。絶版なので読むなら中古で。

作中で、若い信者が、エホバの証人を脱会してホストになったというエピソードがある。

宗教から離れた二世というのは、常にどこかでエホバを裏切ったという罪悪感を感じている。だからこそ極端に反対の方向に暴走してしまう

脱会者がものみの塔と反対の方向に暴走してしまうというのは同感。私も暴走してパチプロになった時期がある。

エホバの証人らしくない生き方とは

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14才でエホバの証人というカルトを捨てた、私の宿命とは・・・

14才の脱カルト

『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』

元エホバの証人2世信者の脱会者が書いた『ドアの向こうのカルト』。絶版なので読むなら中古で。

作中に、2人の元エホバの証人2世信者が若くしてホストになった、という記述が。彼らには、カルトを強要する親元を抜け出すための方法がそれしかなかった、と書かれている。

あの若さで宗教を捨てるという決意は並大抵のエネルギーではできない

あの若さというのは、作中のホストになった元エホバの証人2世の年齢。18才。幼い頃からものみの塔の洗脳教育を受けて、その宗教を捨てる。それは、自分の根幹を覆すということ。さらに親を裏切るということにも感じられる。

14才でエホバの証人を脱会するエネルギー

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元エホバの証人2世、子どもの頃の旅行の思い出は宗教一色

楽しくない、エホバの証人の家族旅行

元エホバの証人2世、子どもの頃の旅行の思い出

私は、ほぼ生まれながらのエホバの証人2世信者だった。両親はものみの塔協会の完全マインドコントロール下にあった。

子どもの頃に家族で旅行に出かけることもあったが、旅行に関係する思い出もエホバの証人に関することだらけ。

エホバの証人の大会などに出かけ、ホテルや旅館に泊まる。すると、翌朝のチェックアウト前には部屋は綺麗に片付けて出なければならない。マナーとか常識、親の教育といったことが理由ではない。エホバの証人として皆に見られているから。

エホバの証人の子どもはそう教えられる。「エホバの証人として”ふさわしく”行動し、”この世”の人々の模範にならなければならない」と。

ホテルの食堂での朝食の際も、エホバの証人の大会用の正装に着替え、わざわざ目立つように祈りの姿勢を取らされる。抜群の恥ずかしさ。

さらに、エホバの証人の大会用のバッジをつけて動き周らないといけない。

そこまで、「私はエホバの証人です」アピールをしなければならないのか?「カルトにマインドコントロールされている危険家族です」と、言って回っているようなモノ。

何をするにしてもエホバ第一にされる。こんな家族旅行が楽しいはずがない。

旅行の際もエホバの証人の布教を行うカルト一家

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『ドアの向こうのカルト』、イエス・キリストはゲイだった

もしもキリストがゲイだったら・・・

エホバの証人がカルトである根拠

脱会した元エホバの証人2世信者が書いた本。絶版なので読むなら中古で。

作者は、ゲイのエホバの証人から性的志向のカミングアウトを受け、戸惑っている。ものみの塔は同性愛を禁じているため。

現代社会の規範では、同性愛者を批判すると総スカンをくらうのだが、ものみの塔は、いまだに超保守的。エホバの証人は同性愛厳禁。同性愛者と友人関係を築くことすら許されない。
※2023年追記、最近(21世紀)では、時代の空気感に合わせて、同性愛行為をしない同性愛者はエホバの証人として認められるようになったらしい。屁理屈。

このようなセンシティブな問題は時代と共に移り変わる。同性愛者の権利が日本で認められるようになったのは、つい最近のこと。その時代に生きる人間は、心中はどうあれ、社会の流れに合わせざるを得ない。

社会の流れに逆らい、何千年前の聖書の規範を字義通り守り続けようとする、エホバの証人は明らかに異常。時代に調和できないカルトである証拠。

とはいえ、同性愛OKです。とか言い出したら、それこそエホバの証人が真理の組織でない証拠になる。移ろう時代に合わせて普遍性が無い、真理でないから。つまり、どっちに転んでも、ものみの塔はタダの嘘つきカルト。

古い聖書の記述を、文字通りに守る必要はない

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エホバの証人公式サイトからの寄付が、デジタル守銭奴化している

守銭奴、エホバの証人

エホバの証人の寄付の方法がデジタル化している

エホバの証人の公式サイトを見てみると

エホバの証人のために寄付を行う

とあり、世界的活動や自分の会衆、巡回区などを選んで寄付ができるようになっている。私がエホバの証人の王国会館に連行されていた頃は、ボロい木箱の寄付箱がおいてあっただけなのだが、今ではこんなにデジタル化していたのか!

やばいですよ。

ポチっと寄付しちゃうと、エホバの証人の統治体の老人どもの懐を潤わせ、有害な世界的カルト活動に金が使われてしまう。

世界的活動以外は、ログインしないと寄付できないようになっている。ログインして自分の会衆や巡回区などに寄付すると、記録が残る。誰々がいくら寄付したか分かる。信者の忠誠度が、キッチリ金額ではかられている。

エホバの証人の寄付ページは、もはや守銭奴にしか見えない

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輸血治療の普及を、世界中に推進しているエホバの証人

輸血のための血液節約に協力しているエホバの証人

カルトサイトからの引用が並ぶエホバの証人のwikipedia

エホバの証人がwikipediaで情報操作している件。「マインドコントロール」の項で、相手の仮想エホバの証人をもっと刺激したかったのだが、返答が少なくなり、殻に閉じこもられてしまった。

先方の仮想エホバの証人は、こちらの正論に全く耳を貸さなくなる。サタンの手先だとか何とかだと思っているのだろう。その割には、wikipediaの情報操作だけは続けてくる。ここまでが前回

そこで、「輸血拒否」の項にも飛び火させてみることを思いつく。輸血拒否の項をちらっと読んでみる。

輸血拒否の項には、堂々と出典元としてエホバの証人公式サイトが載っている。そもそもwikipediaの「エホバの証人」全体をよくよく見てみると、出典元としてエホバの証人公式サイトがずらりと並ぶ。

wikipediaにカルトサイトからの引用を並べて良いのか?意味あるか?しかし、これはエホバの証人をカルトではなく真理と信じて疑わない人々の行為なので、辛抱強く対処するしかない。彼らエホバの証人のマインドコントロールが解けんことを。

輸血を押し進めるエホバの証人たち

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エホバの証人のマインドコントロールを、wikipediaで解除する

wikipediaを操作するエホバの証人

エホバの証人とwikipedia

エホバの証人がwikipediaで情報操作している件。wikipediaを書き換えているエホバの証人とやり合って、論争には勝利。しかし、その途端、相手のエホバの証人が質問に答えなくなった。であるのに、自分の都合の良いようにwikipediaそのものは書き換えてくる。これが前回までの話

相手のエホバの証人は、議論は無視、自分の主張だけ通し、質問しても「既に議論済」の一点張り。その議論でお前、やり込められてるんだけど・・・

この独善的態度・偏狭的姿勢はものみの塔そのもの。マインドコントロール下のエホバの証人らしい。wikipedia上で助け舟を出してくれている人も出てきたので、粘り強くやり続けるしかない。まずはこの情報操作を行っているエホバの証人のマインドコントロール解除を。

エホバの証人のマインドコントロールの項について、論争していたのだが、輸血拒否の項にも着火してみるかと思い付き、輸血拒否の項を読んでみる。

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エホバの証人は宗教と言えるのか?否、カルト宗教です。

輸血で命を賭けるエホバの証人はカルト

エホバの証人は宗教なのか?

否、カルト宗教。

エホバの証人は危険で有害なカルト。この証拠を示す。下記の本を参考に。

『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』

脱会した元エホバの証人の2世信者が書いた本。絶版なので読むなら中古で。

著者は、「エホバの証人自身はエホバの証人を宗教だとは思っていない」と書いている。「聖書研究しているだけ」と思っているそうな。

ものみの塔とは何か?宗教法人として登記しているが、自分たちは決して宗教ではないと考えている。

でたー。ものみの塔のご都合主義。宗教法人として優遇は受けるが、決して宗教ではないと。そんな理屈が通るかよ。宗教法人なら宗教で間違いない。自ら宗教臭を消そうとしているということは、後ろめたさがあるから。

後ろめたくなくても、信者を勧誘するために宗教臭を消したい。そこまで勧誘して信者を増やす目的は、寄付や労働力を集め、組織を維持させるため。

エホバの証人が正しく勧誘するのなら

「エホバの証人という宗教団体です。私たちの兄弟姉妹になると暖かく迎えられますが、命がけで輸血を拒否したり、全時間の仕事を辞めたりしなければなりません。万が一、家族が教団から排斥されたら忌避しないといけません」と、はっきり言うべき。

都合の悪いカルト臭のするところは隠して、「熱心に聖書の勉強しています。あなたみたいな自己肯定感の低い、依存心の強い人を暖かく受け入れます」という都合の良い面しか見せないのは、卑怯。

伝道と呼ばれるエホバの証人のねずみ算的集客システム

エホバの証人がカルトである証拠

中には本当に真面目な一世兄弟もいて、勤めていた会社を辞めてパートになってしまう人もいる

仕事を変えないといけないのに、「ただの聖書研究」なはずがない。ある団体に関わることで、日常生活に支障をきたすのであれば、その団体はカルト。生活を破壊するカルト。

また、エホバの証人には輸血拒否の教理がある。”聖書に血を食べるな”と書いてあるので、それをエホバの証人の上層部の誰かが拡大拡大拡大解釈して、輸血もNGと思い付いた。

輸血を拒否して死んでいったエホバの証人も存在する。最悪、命を失うことが「ただの聖書研究」?冗談もほどほどに。

エホバの証人は間違いなくカルト宗教。カルトの証人。

『ドアの向こうのカルト』~エホバの証人のベテルという強制労働施設


病人だらけのエホバの証人が、全額ベットするものみの塔は大ハズレ

人生まるっと無駄にするエホバの証人

『ドアの向こうのカルト 九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録』

元エホバの証人2世が書いた本。絶版なので、購入するなら中古で。

作者はエホバの証人には病人が多いと書いている。うつ病、慢性疲労症候群、膠原病、ハウスアレルギー・・・などなど

みんな、病人だったから弱くて信者になったのではなく、信者になってから発病している人たちであった

救いにならないものみの塔の教理

私の体験した範囲では、エホバの証人には元々四肢に障害があったり、子どもが生まれつきのアトピーだったりという人が多かった。

こういう人たちは、エホバの証人の教理にすがり入信している。

エホバの証人の教理では、ハルマゲドンを生還すれば、完全な肉体に生まれ変わる設定る。パラダイス化された地球で、完全な体で永遠に生きることになっている。失笑モノの、とんだおとぎ話。

しかし、精神・肉体に問題を多く抱えた人々は、この教理に逃げ込み、エホバの証人になった。「エホバの証人に救われた」と、本人たちは思っている。「救われたのだから放っておいて欲しい」と。

しかし、私はそれを放っておけない。なぜなら、

エホバの証人の教理は救いにはならないから。偽りの希望にすがるのは救いではない。ただの現実逃避。実現しない未来を、いくら待ち望んでもそれは来ない。人生を無駄にすごして終えるだけ。

障害があって産まれてきたのなら、それを認めるしかない。その上で勝負すべき。安直な生まれ変わりという希望にすがって、今の人生での勝負を放棄してはいけない。逃げれば終わり。敗北あるのみ。

ものみの塔の言っていることは全部ウソなので、ハルマゲドンなど来ない。もちろん、永遠のパラダイスも来やしない。永遠にパラダイスなのは、エホバの証人の脳内のお花畑だけ。

ものみの塔一択で全額ベットするのが危険な理由

ハルマゲドンが来ない。エホバなどという神が存在しない、なんてことは証明しようがないのだが、ものみの塔が偽善の組織であることは間違いない。ものみの塔の独善的な態度がそれを示している。

エホバの証人が気付かないエホバがカルトである証拠

神エホバの不在は証明はできない。ハルマゲドンが来ないことの証明はできない。

だからといって、エホバの証人一択で良いのか?ただ一度の人生、本当に、本当にエホバの証人一択で間違いないのか?その根拠は?人生は一度きり、取り返しのつかない賭けを、ものみの塔に全額ベットで良いのか?

何が何でも、ものみの塔が絶対に正しいなんてことこそ、証明できない。

復活とか完全な肉体への生まれ変わりとか全部ウソだったとしたら・・・(ウソなんだけど)。一度限りの人生をまるっとすべて無駄にすることになる。どんなに生まれや境遇が不遇だったとしても、今の人生でやるべきことをやり、成すべきことを成すべき。

根拠のないモノにたった一度の人生を全額ベット、そしてすべてを失い、人生を終える。すべてのエホバの証人はこの途上にある。

エホバの証人(JW)の統治体の聖書的無根拠~すりかえ


架空の神エホバは毒親、それを崇拝するエホバの証人も必然的・・・

エホバの証人の毒親

僻地へ引っ越していくエホバの証人

今から25年くらい前、私が中学生だった頃の話。この頃、私はとんでもない田舎での暮らしを強いられていた。私は、生まれは割と都会で、小学校の低学年のあいだは大都市の郊外で育った。

私が小学校高学年のときに、エホバの証人だった両親が血迷って田舎に引っ越した。それは、僻地の田舎が、エホバの証人にとって「必要な大きなところ」だとされていたから。

必要の大きな所とは、エホバの証人が少ないということ。エホバの証人が少ないため、布教活動に手が回らない。1980年~1990年代前半のことだが、僻地へ、エホバの証人の布教活動のために引っ越していく信者が存在した。

このため、私の父は、働いていた会社をわざわざ辞めて、将来を完全に棒に振った。私もこの両親の下、ほぼ生まれながらのエホバの証人2世信者として育てられた。町内にコンビニが1軒もないようなド田舎で窮屈な小学校生活を送り、中学生になろうとしていた。

エホバの証人の親の愚かな教育方針

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