エホバの証人に権利とか自由は必要ない、なぜなら・・・

可哀想なエホバの証人をサポートしてやるのが成熟した社会の役目

信教上の都合で学校行事に不参加というのはあり得ない

昨日の記事でカルト宗教親の親権は停止しろと書いた。それではどこから親権停止事由とするか。どこからカルト宗教親と認定するか。

判断は難しいのだが、子どもが学校で「信仰上の理由でこれこれが出来ません」と言い出したらアウトで良いと思う。

「カッコ悪いから」とか「面倒くさいから」何らかの活動をやりたくない、と子どもが言えば、それは教師や親によって矯正される。それが教育。しかしそれが「信仰上の・・・」になると皆尻込みする。

しかし、「子どものわがまま」も「信仰上の理由」も同じ。やらせればいい。大人になるまでは強制してでもやらせる。逆に強制してやらせられないことを、他の子どもに学校でやらせているのがおかしい。

エホバの証人がどう言おうと、学校行事に宗教的意味はないと言い切ればいい。実際にない。単なる真似事。学校のクリスマス会もハロウィンも異文化教育。武道も護身術、体育教育の一環。

親がそこに口を出して制限することこそ、信教の自由の濫用、社会の風紀を乱す行為。

カルト信者に自由や権利など必要ない

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カルト宗教親の親権を停止しろ、カルトの横暴を許すな

カルト宗教親の親権を停止しろ

カルトの横暴を許した結果

『近現代日本とエホバの証人』から。第四章「従順の時代」総括部分。

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輸血拒否や格技拒否など、社会との摩擦が生じた際にも、日本支部は当時の日本社会の価値観や社会状況に一切妥協せず、結果として社会のほうが変容を迫られることとなった

日本社会は、エホバの証人の訴訟により、宗教的マイノリティへの寛容・多様性の尊重・自由という「防御壁」のもと、変化を余儀なくされた。

果たしてそれで良いのか?日本社会。それはカルトの横暴を許しただけではなかったのか?

幼い頃からエホバの証人の洗脳教育を受け、周囲の大人は全員エホバの証人というダメ人間。そんな凄惨な環境で子どもは自分の意思なんか持ちようがない。そんな子どもが悲しい辛い思いをするのを、信教の自由という呪文のもと見殺しにする社会。これがカルトの横暴を許した結果。

今の日本社会の誤った方向、エホバの証人に対する寛容さ。カルト宗教に対する寛容さ。これを正すために提言したい。

カルト宗教に共通する本質、カルト3原則その1「自由意志の剥奪と人権侵害」

宗教親の親権を停止せよ

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自ら戦いを巻き起こすエホバの証人、駒として利用される長老の息子

エホバの証人による仕組まれた裁判

争いを巻き起こすエホバの証人

『近現代日本とエホバの証人』、第四章「従順の時代」の後半。

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エホバの証人の司法制度の利用について。本ブログでも取り上げたことのあるエホバの証人の剣道実技拒否事件。

神戸高専剣道実技拒否に見るエホバの証人の戦い好きな性質

エホバの証人二世が剣道事件で失った貴重でかけがえのないモノ

宗教上の理由で剣道実技を拒否したエホバの証人生徒の裁判沙汰。剣道実技拒否のため単位が不足し留年、同理由で再度留年したため、規定により退学となった。これを不服としたエホバの証人が訴訟し勝訴したという事件。

私の同年代のエホバの証人の話で、信者の間では有名な話。その剣道事件について私が知らなかった事実を本書から。

格技拒否を要因とする単位不足・退学問題は、この生徒の訴訟以前から教団内では認知されていたもので、これについての世界本部からのアドバイスは、格技の授業がない学校への進学ではなく、訴訟による問題解決であった

この時点で、エホバの証人が何のために格技拒否をしているのか意味が分からなくなる。私が説明するのもバカバカしいのだが、エホバの証人が徹底して格闘技の履修や観戦を避けるのは聖書のどこかに

「彼らはもはや戦いを学ばない」と書いてあるから。エホバの証人は「戦いを学ばない」を律義に学校の授業にまで適用している。しかしながら、

あえて格闘技の授業がある学校へ進学し、格技授業を拒否して問題を起こし訴訟という手段をとる。戦いを避けるのなら、当初から格技授業のない学校へ行くべき。あえて争いを起こし訴訟するというのは、自ら戦いを巻き起こしているに等しい。本末転倒。

エホバの証人が目的を見失い自己目的化するのは組織としての習性なので、はいはいという感じなのだが、驚いたのはこの先。

エホバの証人は道具、駒として使われる

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エホバの証人の狡猾なメディア戦略、大好きな司法制度

エホバの証人の司法制度利用

エホバの証人のメディア戦略

『近現代日本とエホバの証人』。第四章「従順の時代」の後半部分。

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本章の題材は、1970年中頃から1990年中盤までの日本のエホバの証人について。最終節では信者とエホバの証人組織、エホバの証人組織と世間との軋轢について触れられている。

この辺りは読んでいて腹立たしく、やはりこのカルトを野放しにしてはいけないと強く思う。それと同時に、エホバの証人というカルトが手強くも感じる部分でもある。

単独の信者個人を見ると、よく言えば純朴、率直に言えは社会不適合、愚か。クレバーな要素はほとんどない。しかし、組織体として見ると、組織の拡大維持・集金集客という目的に対し合理的かつ老獪な動きをしてきている。

まずマスコミ対策。輸血拒否で信者の子どもが死んだ際には

マスメディアからの批判的な取材に対しては、あくまで個人信者の意思の問題であり教団の方針ではないとしており、教団レべルでの応答や露出もきわめて少ない

あくまで、輸血拒否して死んだのは個人の意思であるという立場。

「輸血したら排斥村八分にしてハルマゲドンで殺すぞ」と情弱信者を脅している真実にはキッチリふたがされている。

批判されるときは多くを語らないものの、逆に輸血のデメリットを謳い、自教団の主張をするときには

メディアを「教育する」という方針のもと、全国版・地方版の医療関係記事の記者たちと会合をもつキャンペーンも展開された

都合の良いときにはメディアを大いに利用する狡猾さを見せる。エホバの証人らしい裏表。二枚舌。ご都合主義。

話は逸れるが、輸血にいくらデメリットがあろうと、輸血しないと今すぐ死ぬという最悪の事態を避けることが優先されるべき。

輸血の危険性と目前の死の危険性とはまったく別モノ。後遺症が怖くて死んでいたら何の意味もない。エホバの証人お得意の話のすり替えで命を弄んでいるにすぎない。

エホバの証人(JW)の結婚問題、無理ゲーの一発勝負

エホバの証人が利用する司法制度

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平和な日常の維持、それはすべてのエホバの証人が伝道をやめることで実現する

エホバの証人の自作自演予言成就

エホバの証人が差し出す、ほぼ唯一の資産「時間」

『近現代日本とエホバの証人』の第四章「従順の時代」より。

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私の家族も含めて、1980年代のエホバの証人は熱心に不毛な布教活動を行った。どれくらい熱心かというと毎月100時間とかを布教活動に費やす。

本書によると、「特別開拓者」に求められる要求時間は毎月140時間。7時間労働の20日勤務と同じ。これには集会参加やその準備の時間は含まれていない。しかも無給。貧乏なエホバの証人が持つ、ほぼ唯一の資産である時間をカルト活動に溶かしている。

それだけの時間を費やせば、何らかの成果は必ず出る。しかもその狂気の時間浪費族の人数は、日本全国で20万人にもなる。

成果として捕獲されたのは、情弱なエホバの証人の新規信者。野に埋もれるカルト予備群は漏れなく喰い散らかされ、新規信者がさらに布教活動に時間を費やす。この連鎖。こうして、1980~1990年代の日本のエホバの証人は雪だるま式に信者数を増やした。

終わりをもたらすエホバの証人の伝道

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エホバの証人の組織主導の人生放棄、とりあえず働け

マトモに働かないエホバの証人

エホバの証人はとりあえず働け

『近現代日本とエホバの証人』、第四章「従順の時代」から。

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1980年代の日本のエホバの証人がいかに従順であったか、本書ではものみの塔誌掲載のエピソードを紹介している。

開拓奉仕という、エホバの証人の布教に専念する信者として

情報処理の教師職を退職し、牛乳配達で生計を立てるようになった者

家族を養う立場にありながら「大手の建設会社」を退職した者

退職し、古紙回収で生計を立てている者

首から下が麻痺していても手紙による伝道で開拓奉仕に参加する者

いや、全然美談とかではないですから。逆に無意味を通り越して有害。

仕事辞めればいいみたいになっているけど、仕事辞めてカルト活動して、得をするのはカルトの内部の人だけ。

勤労の義務を果たさないことで、本人、本人の家族、本人の住む国に対して、多大な迷惑をかけている。さらに、有害なカルトの布教をおこなうことで世界に害を及ぼしている。

本人だけが気持ち良ければいいという話ではない。他人に布教・勧誘している時点で、さらなる被害者を拡大する可能性があり、それだけで罪。

カルト信者とはいえ、山の中に一人で住んでいるわけではなく、公共の福祉サービスを受けている。ならば国民の義務を果たすべき。有害なカルト活動してないで働けと。

エホバの証人の組織主導の人生放棄

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マインドコントロールのための、エホバの証人の家庭聖書研究

エホバの証人のマインドコントロール「家庭聖書研究」

エホバの証人の布教テクニック

『近現代日本とエホバの証人』の第四章「従順の時代」。1970年代半ばから1990年代半ばまでの日本のエホバの証人を考察。この時代に私は生まれ、自身の幼少期と家族をエホバの証人というカルトに奪われた。

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この当時の、そして今でも変わっていないだろうエホバの証人の布教テクニック。

「家族生活や子育てに聖書の助言が役に立つ」といったアプローチ方法が提言されている

今になってエホバの証人がこんなことを言おうものなら、寒風ふきすさむ悪い冗談でしかない。

エホバの証人の数多の家庭は崩壊し、子どもの2世信者は懲らしめという虐待を受けた。輸血拒否で死んだ子どももいる。

「家族生活や子育てに聖書の教えを・・・」と言っているエホバの証人がいれば、「ではお宅の家庭は?お仲間の信者は全員家族がエホバの証人ですか?」と聞いてみればいい。

道を違えた家族がいるのなら、初めからエホバの証人になんてならない方がいい。永遠に生きたり、神の宇宙主権とか証明しなくても良いから、いま目の前にいる家族と添い遂げたい。

しかし、当時、私の母親がエホバの証人の毒牙にかかったのは、まさにこれ。

やんちゃ坊主の片りんを見せていた1才にも満たない私に戸惑っているところに、エホバの証人の訪問を受けた。そして、騙され、エホバの証人の家庭聖書研究が始まる。

カルト宗教の本質、カルト3原則その3「マインドコントロール」

エホバの証人の家庭聖書研究とは?

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私がエホバの証人(JW)組織の存在を許さない理由

エホバの証人という牢獄

日本のエホバの証人の指導者は傀儡政権

『近現代日本とエホバの証人』、第三章「不確定の時代」末尾の本章総論部分。

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昨日の記事で、日本のエホバの証人は1970年代には組織への帰属意識を持っていたという本書の指摘を紹介。それがたまらなく激ダサだという私の持論も書いた。

コミュニティ至上主義者のエホバの証人が激ダサな3つの理由

本書では、さらに1970年代以降の日本のエホバの証人指導者層について考察している。米国由来のエホバの証人だが、1970年代には現地化が進み、日本支部の指導者に日本人信者が就任する。

その日本人のエホバの証人日本支部指導者について、本書では

国内の社会状況や信者の事情よりも、世界本部の動向に歩調を合わせる

志向だと分析している。

フィリピンでは日本よりも信者数が多かったのに、日本レベルのスピードでは現地化が進まなかった。当時、フィリピンでは週3回のエホバの証人の集会を1回にまとめるという方法をとる地域があった。無論、信者の利便性のため。

しかし、こういった各国の事情を考慮するやり方は、エホバの証人の世界本部からすると蛮行。フィリピンでは異端を取り締まるために本部派遣の宣教師が支部を監督する状態が続く。

日本の場合は、従順に言いなりになる指導者が育成されたので現地化がスムーズに行われ、エホバの証人による日本人信者の植民地化に成功した。こういった日本のエホバの証人の指導者は、自分の頭で思考していないので指導者ではない。ただの伝書鳩、傀儡に過ぎない。

日本のエホバの証人とは

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コミュニティ至上主義者のエホバの証人が激ダサな3つの理由

1975年、予言がハズれても減らない日本のエホバの証人

『近現代日本とエホバの証人』、第三章「不確定の時代」末尾部分。

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エホバの証人の1975年の大予言ハズシ。日本のエホバの証人は他国とは違い、1975年の予言ハズシ直後に信者が減らなかったことが本書に記されている。

意味不明なんですが。

真理を騙る組織が大風呂敷を広げた予言を盛大にハズす。それにも関わらず愛想をつかさないって。「時に信仰を持つべきじゃない」とか「勝手に期待した人がいた」というような言いわけに丸め込まれて騙されているだけ。

この点を本書では巧みに考察している。単なるノータリンで「予言ハズされてもへっちゃら~」っと、当時のエホバの証人がカルト信仰を続けていたわけではないことが推測されている。

コミュニティ至上主義者のエホバの証人が激ダサな理由

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エホバの証人の戦争反対は、単なる無責任野郎のそれ

エホバの証人の無責任な戦争反対

エホバの証人の効果的・合理的な布教方針

『近現代日本とエホバの証人』、第三章「不確定の時代」後半部分。

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かつての日本におけるエホバの証人の増加は、米国本部の都合によるものであり、

入信する側の事情ではなく、入信を促す側の事情による

この点が、この本の研究骨子になっている。

終末はすぐそこだと既存信者を煽り立て、新規信者の獲得を躍起にさせる。布教時間にノルマを設定し、新規信者の正式入信までの時間に制限を設けるなどの効率的手法を用いて、日本を汚染させた。本書にはこういったことが記載されている。

こうして、

エホバの証人は日本中を効果的に蹂躙し、一定数は存在すると思われるカルト予備群を根こそぎにした。

一定数のカルト予備群とは、信じ込みやすい人、騙されやすい人、奇跡的な体験をしたい人、今で言うところの情弱者。または、家族の死や別離、専業主婦などの孤独を抱えた人。

エホバの証人が根こそぎにした情弱者とは

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