灯台社、明石順三の現実逃避
『近現代日本とエホバの証人』より。第二章「灯台社の時代」前半部分。
灯台社とは、日本におけるエホバの証人組織の黎明期の名称。灯台社を設立したのは明石順三、渡米しエホバの証人を輸入した人物。後にエホバの証人の米国本部から破門され、現代のエホバの証人からは背教者として恐れられ、毛嫌いされている。
明石は留学生という名の出稼ぎで渡米したのだが、エホバの証人に堕ちた理由について、本書では以下のように考察している。
第一次世界大戦の勃発や様々な危機と混乱を、すでに予言されていたものとし、その法則性や秩序を提示する教説は、一定程度の魅力を発揮した
まずは当時の歴史的状況。ものみの塔によって、1914年の出来事に対し、まるで予言が成就したようにつじつま合わせが行われた。
さらに、明石の日本人移民という立場。祖国日本から見捨てられた移民。
人間の営みは全て虚しいという宗教的な意味付けと、神の介入のみを根本的な解決法とする世界認識の枠組と秩序、それはアメリカ合衆国や日本といったナショナル単位の利害関係の対立を超越する解決策となる
神の介入など世界に不要だし、人間の営みは虚しいからこそ、一瞬一瞬に意味がある。現実を変えられるのは現在に生きる無力な人間だけである、という真理から目を逸らし、神という超越存在にすがるのは単なる現実逃避。
明石の置かれた過酷環境で、上記と同じことが言えるかと問われれば、恵まれた現代日本に生きている私には、ちと自信がない。とはいえ、当時の明石順三がエホバの証人に現実逃避したのは間違いない。終末思想の新興宗教に堕ちるのは、現実逃避以外の何物でもない。
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