ものみの塔協会には古い光の誤りに対する責任がある

ものみの塔協会の照らす古い光は誤り

ものみの塔協会は頻繁に預言の解釈を変えたり、教義を変更する。その都度、「新しい光」と言って、真実が新たになって喜ばしいという態度を取る。実際のところは時が過ぎて預言が当たらないのが確実になったとか、時世を鑑みて教理をカメレオン並みに変えているだけ。

昨日の記事で紹介したが、最新の光は「子どもにもう体罰加えないで~」というもの。私が子供の頃は組織ぐるみでビシバシお尻を叩いていたのだが、体罰が禁止になる国が増えたので、懲らしめの鞭はもうやめましょとなった。

新しい光があるということは、古い光も存在するということ。ただの光ではなく、わざわざ「新しい」とつけているので。ということは、新しい光が発光した以上は、古い光は無効。古い光は間違い、誤り。これは確実。

では、新しい光が出る40年前に、体罰を受け虐待された子供たちはどうするのか?体罰を受けて亡くなった子供もいる。新しい光が出る前に、間違った光で虐待された子供、体罰を加えるよう指導された親。

ものみの塔協会には、間違った光を照らした責任がある。それを詫びずに、「新しい光がー」とごまかしている。

間違った光を詫びないものみの塔協会は真理の組織ではない

灯台が船の航路を示していて、間違った方向を指していたとする。その方向に進めば岩礁に乗り上げ座礁、転覆。それが明らかにならないまま何十年も灯台は間違った方向を照らしていた。

その間、座礁する船が何隻も出て、死人も多数。ある日、その座礁問題が発覚。じゃ照らす方向変えましょ。ちゃんちゃんでは終わらない。なぜ間違っていたのか?その理由は?さらには被害を受けた人々へ補償しろとなる。

それが良心的な神の組織であれば、当然。誤った光で信者の進行方向を間違わせたのは事実。きっちり原因究明・謝罪・補償すべき。独善的かつ偽善の組織であれば、知らぬ存ぜぬで通すだろうが、良心的な真理の組織であればそんなことはあり得ない。

ものみの塔協会が偽善が真理どちらに属するかは一目瞭然。間違った光で信者を虐待親に仕立て上げたことを詫びもしない。つまり完全悪の組織。

ものみの塔協会には間違った光を照らした責任がある

なぜ誤った光を発してしまったのか、それは、そもそも統治体がウソつき集団だから。嘘つきが照らす光は、そりゃ間違った方向を照らす。

ものみの塔協会は、誤った光で子供に体罰を加え死に至らせたり、親に虐待を加えさせ子どもの精神を切り裂かせた。被害者に補償すべき。集団で訴訟して金額の補償をさせるのもあり。

または統治体に引責辞任させるのもあり。誤った光を発した責任を取るべき。当時の統治体メンバーが残っていなくても構わない。現メンバーが責任をとって謝罪すべき。

前経営層が汚職をしていました。しかし、現経営層は関知していないので、関係ないは通じない。被害を与えた人・団体に対して謝罪・補償がなされていないのであれば組織としてその責任を全うすべき。

当然これは宗教法人にもあてはまる。その組織が真理を知っているとか真実の宗教であるとかはどうでもいい。関係ない。組織として被害者に詫び補償すべき。ものみの塔協会が子供に体罰を加えるようエホバの証人信者を指導したのは事実、ならばその責任を組織として負うべき。

間違った光の代償は、信者への補償、統治体の辞任、ものみの塔協会の清算。


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