エホバの証人のどうでも良い教義

しょーもない理由で創られた教義で死んでいくエホバの証人

真理真氏作成のJW解約資料を読んでいる。第4弾「神の経路と奴隷級」。ダウンロードはJW解約-エホバの証人の真理を検証する

『差別化のための教義』の項に以下のように書かれている。

カルト教団の特徴にならい、他の教会から差別化を図るために大して重要でない教義に重きが置かれて

いると。自身を差別化し、信者に特別感や優越感を持たせる。一般的な行動を避けさせることで、信者に一体感を抱かせ、それを愛と勘違いさせる。

このために、エホバの証人にはしょーもない教義が多数。ここではエホバの証人にのしょーもない禁止例として、「誕生日」「十字架」「乾杯」が挙げられている。

他にも「三位一体の否定」「輸血拒否」「クジラ肉の禁止」「天使長ミカエルとキリストの同一視」など、どうでも良いことにエホバの証人はこだわっている。

つまらない些細な教義へのこだわりなのだが、これを押し付けられる信者側はたまったもんじゃない。輸血拒否で亡くなった信者も存在する。まさに命がけ。根拠は聖書に「血を避けよ」と書いてあるから。

愛溢れるキリスト様だったら、死を賭してまで「血を避けよ」なんて言うはずがない。命を捨ててまで古い法を守れとは決して言わない。のだが、洗脳下のエホバの証人にはこの理論が通じない。「協会の出版物にはー、長老がー」となる。

ものみの塔協会を唯一の真理の経路であると権威付けるために、下らない教義が作られた。そのうちの一つ「輸血拒否」で実際に信者が死んでいく。亡くなった信者・家族にとっては一大事なのだが、戒律が作られたのは本当にしょーもない理由。

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エホバの証人教義の多数の矛盾

「三位一体の否定」「キリスト=ミカエル」とかもどうでもいい。キリスト教徒にとっては根幹なのだろうが、この霊的レベルの話の真偽は人間には永遠にわかり得ないこと。神話だと思ったほうが良い。些細な部分はどうでもいい。

イザナミノミコトが日本を生んだときに口から生んだのか、子宮から生んだのか、どっちでも良いでしょ。神話なので。これと同じ。

キリストが死んだのが、杭の上なのか十字架なのか。これもどうでも良いの極地。十字架崇拝しないのは良いんだけど、じゃあ杭を崇拝したいの?キリストの死に場を論点にする時点で筋違い。エホバの証人のズレ。

あとは「乾杯」、この資料にも書かれているが、乾杯は異教徒に起源を持つので禁止。では同じく異教徒に起源を持つ結婚指輪はどうなのかと指摘されている。またエホバの証人の大好きなネクタイは兵士のお守りだったとも書かれている。

エホバの証人の女性信者でベレー帽を被っているのを見るのだが、あれは完全に軍装だからね。

どうでも良い教義を増やし過ぎたため、エホバの証人の戒律は矛盾だらけ。

子供にとって辛かったのは「誕生日」。自分の誕生日が祝われないだけでなく、友達の誕生日会にも行っちゃダメ。

私の個人的ケースだが、大人になって息子の誕生日ケーキのロウソクを吹き消すのにも微かな違和感を覚える。しょーもないものみの塔教義の残す傷は深い。


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