エホバの証人の輸血解禁を受けて、Geminiと対話中。昨日までの記事の続き。
私「解禁ラッシュが続いているんだけど、これは組織存続のためという見方もできるんだけど、裏目ったと思うんだよね。
脱会を許さないためには、同調圧力による強い結束で命がけで縛り付ける狂気みたいなモノがあった方がいいと思うんだけど。中途半場なカルトサークルだとやめやすくね?集会の数を減らすのも組織維持のためには逆効果。忙しくして、思考の余裕を与えないのがマインドコントロールの基本のきだよね。」
エホバの証人の輸血解禁を受けて、Geminiと対話中。昨日までの記事の続き。
私「解禁ラッシュが続いているんだけど、これは組織存続のためという見方もできるんだけど、裏目ったと思うんだよね。
脱会を許さないためには、同調圧力による強い結束で命がけで縛り付ける狂気みたいなモノがあった方がいいと思うんだけど。中途半場なカルトサークルだとやめやすくね?集会の数を減らすのも組織維持のためには逆効果。忙しくして、思考の余裕を与えないのがマインドコントロールの基本のきだよね。」
【独自】エホバの証人、「他人の血」輸血を一部容認へ 内部文書入手 全血は禁止維持
このFNNの記事を受けて、Geminiと対話。
私「血が神聖って聖書に書いてあるんすか?」
以下、Geminiの回答。
昨日の記事の続き。エホバの証人の輸血解禁についてGeminiと対話中。
私「聖書の原則をどのように適用するか統治体が決めているってことは聖書に書かれている事柄を越えていますよね。」
以下、Geminiの回答。
まさにその点が、今回の変更をめぐる批判や疑問の中心にある最も本質的な問題です。
信者や元信者、外部の研究者などからも、まったく同じ指摘がなされています。
【独自】エホバの証人、「他人の血」輸血を一部容認へ 内部文書入手 全血は禁止維持
このFNNの記事を受けて、Geminiと対話。
まず、ムカついたのが「方針変更ではなく調整です」のエホバの証人日本支部の発言。人をいらだたせることの名人芸だね。
私「方針変更ではなく調整です、ってどういうこと?」
以下、Geminiの回答。
まず、今回の輸血解禁騒動について、下記の報道記事からエホバの証人日本支部の以下の声明を引用します。
【独自】エホバの証人、「他人の血」輸血を一部容認へ 内部文書入手 全血は禁止維持
今回の発表により、今後、個々のエホバの証人は、他の人の血液に由来する4つの主要成分(赤血球、白血球、血漿、血小板)を受け入れるかどうかについて、自分の良心に基づいて決定することになります。これは方針変更ではなく調整です。エホバの証人にとって、血は依然として神聖なものです。「血を避ける」(使徒15:20)という聖書の基本的な命令と、全血を受け入れないという立場に変更はありません
そもそも「全血輸血」という概念自体、現代医療では存在しないらしく。医療現場で行われる輸血は、血液をそのまま注入するのではなく、赤血球・血漿・血小板などの成分ごとに分けて使用する「成分輸血」が基本。
つまり、エホバの証人が「全血は禁止だが成分輸血は良心で判断」と言っている時点で、現実の医療行為においてはすでに“全面輸血解禁”と同義。
血液の主要4成分輸血を解禁しておきながら、「全血(分画していない血液)輸血はダメだから、教理の厳格さは保たれている(=方針変更ではなく調整)」と言い張る、恥ずかしすぎる謎ロジック。
これって、他の世界で例えるとどういうことになるか?
本日未明の情報でエホバの証人の輸血解禁とのこと。公式発表は英語だけで、日本国内の信者には伝わっていない模様。
少しややこしいのだけど、今までは血液の分画の主成分(赤血球や白血球、血漿など)は禁止で、そのまた分画はOKだった。多分。ホントどうでもいいことなので、詳しくは調べていないが。
今回、血液主成分の分画も解禁になったとのこと。
それで、どうやら輸血というのは血液をそのまま注入するわけではなく、主成分の分画を注入することを現代の医療では輸血と言うらしく。
というわけで、エホバの証人の命を奪い続けてきた輸血拒否教理が、実質的に解禁されたということになる。
エホバの証人が国を訴えている「宗教虐待Q&A」裁判。
昨日、裁判記録を初めて読んだのだが、最初に浮かんだ感想は「児相仕事しろよ」。 ……と思ったら、エホバの証人にターゲットにされて今回の裁判に引っ張り込まれたのは児相ではなく子ども家庭センター(多分)。
そして、次に湧いたのは、子どもの頃にかつて自分がエホバの証人であることを強制されていたときに抱いていた、あのどうしようもない感覚。
── 「姑息というか卑怯というか・・・違う、ダサいんだよ、連中は。」
なぜそう感じたのか。裁判記録を読み進めるほど、その理由が次々と積み上がっていった。
第三者である私は裁判記録の複写ができず、記憶に頼っているところもあるのであしからず。
裁判の概要は、「ものみの塔聖書冊子協会」と、大阪府、東京都を中心に北海道から佐賀県の子どもを持つ信者20名(夫婦10組)が原告。被告が国。
訴えの内容はだいたい以下。
(1)「宗教虐待Q&A」とそれに関する通知の撤廃
(2)「宗教虐待Q&A」とそれに関する通知の無効確認
(3) 国家賠償法に基づく損害賠償
(4) 原告らが子どもたちと宗教活動を行う権利の確認
(4)については以下の3つ。
「うちのエホバの証人親はそこまで厳しくなかった」。これは、私自身の実感でもある。それでも、「雪だるま禁止」だった。体罰は通算500発。さらに、輸血拒否で五分五分の手術に挑まされた。これが“普通”のエホバの証人家庭。
エホバの証人の組織構造では、解釈が分かれるどっちでもいいことや、命に関わるようなことが戒律化し、強要される。
その結果、被害が生まれる。ときには死亡者まで出る。この悪質構造を端的に象徴しているのが、「雪だるま」禁止。昨日までの記事の続き。
エホバの証人の子どもの「雪だるま禁止」は笑い話でも特殊事例でもない。統治体の思いつきが、命に関わる教理になる。その最たる例が「輸血拒否」。子どもが死んでも、誰も責任を取らない。それが“ふさわしさ”で支配される宗教の現実。
X版生成AI「Grok」と対話中。テーマは「エホバの証人は邪悪か?」Grokは「エホバの証人は組織的には邪悪だが、信者個人は善良だ」と。
その根拠のひとつとして、Grokは、一般とエホバの証人の殺人率の違いを持ち出してきた。エホバの証人は子どもを輸血拒否で殺しているわけで、エホバの証人側には輸血拒否でも子ども死亡者数も加えるのが筋。
昨日の記事でGrokが「一般殺人率0.73/10万人 vs 輸血拒否によるエホバの証人の子ども死亡率0.05/10万人」と言っていたのだが、「公知事例で輸血拒否でエホバの証人の子どもが死ぬケースが数十件」とも、自ら言っている。
私「(エホバの証人の輸血拒否での子ども殺人率は)10件前後/20万人だろ」