エホバの証人の中ではまともな方だった私の両親

エホバの証人の中ではまともな方だった私の両親

私の父親は会衆内の個人の問題を解決するということをエホバの証人の長老としては果たせなかった。しかしエホバの証人をやめた後ではこれを実現することが出来た。

父親が母親と離婚し別の女性と一緒に暮らしていたときのことである。その女性の子供が友人関係に大きな問題を抱えていた。未成年の初犯ながら実刑を受けるほどの重犯罪に手を染めることになった友人がいたのである。これが本来の友人であれば問題にもならなかったのだが、実際には脅されて付き合わされていた。私の父親はその悪友との交際関係を断ち切るべく交渉にあたったという。

父親は私にとって勇気と責任感を持った強く格好良い人だった。ものみの塔協会にさえ関わらなければそれを体現し続けることが出来たに違いない。私が自動車事故を起こしたときに相手が運悪く暴力団関係者だったことがある。父親はその事務所へ一緒に謝りに行ってくれた。小さな傷がついた高級車を買えと言われ、私の父親は誠心誠意謝るとともにしっかりと断ってくれた。この頃の私は両親よりも先にエホバの証人をやめていて両親のエホバの証人の組織第一という価値観とは圧倒的に相違があった。それにも関わらず私の父親は1人の親として私の問題を解決してくれた。

私の母親にしても父親と同じだった。私がエホバの証人をやめたあとでも普通の母親として20歳で家を出るまで接してくれた。私は十代のうちに付き合っている彼女がいて家に連れてきたりもしていたし、未成年でありながら飲酒や喫煙を始めていた。これはバプテスマという儀式を受けものみの塔協会に献身した正式なエホバの証人信者であれば排斥となる禁止事項である。

私はバプテスマを受ける前にエホバの証人をやめていたので排斥処分にはならなかった。万が一排斥処分となると家族であっても接触を最低限に保たねばならないとものみの塔協会の戒律で決まっている。排斥処分にはなっていなかった私に対して両親ともに親として充分に関わりを持ち続けてくれた。





あなたの家にも必ずやって来るエホバの証人

ものみの塔協会の洗脳に一家で陥り家庭が崩壊するという不運に見舞われたものの、私はそれでも恵まれた両親のもとに生まれてきたのである。歴史にもしもはないのだが、エホバの証人にさえ出会わなければこんな運命をたどらなかったのである。しかしエホバの証人は必ずあなたの元にやってくる。家から家を誰一人として漏らさないようにして巡っているからだ。エホバの証人に出会うという不運は必然なのである。

危険なカルトに洗脳されたエホバの証人は間違いのない善行のつもりで熱心に勧誘活動を行っている。その伝道奉仕活動はおせっかいで無意味で何も生み出さない。新たな信者の発掘はものみの塔協会という組織を潤すだけで何も生産しないのだ。彼らのボランティア活動は平和な家庭の破壊活動なのである。


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