量産されたエホバの証人2世ロボットたちの顛末とそこからの離脱

エホバの証人2世ロボットが量産されるカラクリ

エホバの証人の子供たちが同年代の子供に比べてお利口に見えるのは、しっかりと教育されているからなのだが、この教育方法が大問題である。こらしめと称される体罰はパンツを脱いでお尻を直にベルトや素手で叩かれる。この体罰はパンツを脱ぐのを恥ずかしく感じる年頃まで繰り返し行われる。また2世の子供たちは、ハルマゲドンで自身の体を焼き尽くされ滅ぼされるという恐怖のイメージを植え付けられている

おとなしく座っていなければ即座にこらしめが待っているし、親の言うことを聞かなければ来たる終わりの日に天から降り注ぐ火球で焼かれることになる。こらしめと洗脳による恐怖政治により、エホバの証人の子供たちは見た目にはお利口な2世ロボットとして量産されるのである。しかしその内面はこの幼い頃からの抑圧によるトラウマでずたずたに切り裂かれているのだ。

エホバの証人をやめた後でも元2世に残る悪影響

常に模範的でなければならないという強迫観念に囚われて成長したエホバの証人の2世たちは、この組織との関わりを絶ってもその強迫観念から自由になることが出来ない。小さな頃からはめを外すということをしてこなかったので、こんなに楽しい思いをしても良いのだろうか?こんなに遊んでいて良いのかと、厳しいものみの搭協会の教義から自由になったあとでもそう思うのである。

エホバの証人の元2世たちは、エホバの証人を辞めた後で他の組織に属してもその中で上位に立たなければならない、認められなければならないという思いに囚われることがある。幼い頃から模範的であれと言われてきた影響である。会社でも学校でも、常に上を目指そうとして疲れ果ててしまうことになるのである。

または私のように非エホバであることを目指し始めて破天荒な生き方を心がけると、それも止め処も無くなる。誰よりも破天荒で無茶をしなければならない。そうでないとエホバの証人を辞めた甲斐が無いと私はそう思い込んでいた。真剣に不真面目であろうとしていたのである。

 

エホバの証人をやめたあとは適当にだいたいで

そうやって真剣に何かに取り組んでいるエホバの証人の元2世、または現役の2世や信者たちに対して私には言いたいことがある。

人生は適当で良い。だいたいで良いのだ”

これぐらいで丁度良いのだ。誰もがしっかりしていないといけない、エホバの証人を辞めても、何らかの組織で上の方にいないといけない、そんなことは決してない。新興宗教にはまった親を持っている、もしくは自分がどっぷりと新興宗教にはまってしまったのだ、我々はそれほど優秀で鋭敏な訳でも無い。もう一回言おう。

“もっと適当に生きれば良い。人生なんてだいたいで良いのだ”


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