余計なオプション、信教の自由
『みんなの宗教2世問題』3章「識者たちによる宗教2世論」。
信教の自由は基本的人権であるため、一般社会通念から見てどれほど奇異であっても、どれほど愚行に見えても、真摯な信仰・宗教的行為というのは尊重されねばならない。これがまず前提である
いや、その前提を疑えよ。信教の自由は基本的人権ではないよ。基本的ではない余計なモノ、オプション機能。なくても構わないモノ。むしろ、不要。
信教の自由という余計なオプションが存在するから、人生を損ね、もっと基本的な人権である生存権が脅かされ、自由を奪われる愚かな人々が出てくる。
無条件で飲み込まないで、前提を疑おうよ。
愚行は愚行で、どれだけ真摯であってもやってることが愚かなら、無意味な愚行。
騙されて愚かなことを真剣にやっている人がいたら、それを指摘し直してやるのが正しいあり方。宗教だからとか、信仰だからとか関係ない。
神の救いなんてモノは履行されないのだから、詐欺に等しい。まともな頭の人間なら分かること。ましてや、カルト宗教なら当然。
カルトにハマるのは、詐欺に引っかかるのとほとんど変わらないのだから、そんな哀れな人たちを救ってやれる社会の仕組みが必要。
非人間的宗教、エホバの証人
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