エホバの証人の統治体や14万4千人の残りの者を病院送りに

人生を無駄遣いするエホバの証人

北海道の広島会衆で起きたエホバの証人の大量排斥事件の記録『事件簿』を読み終えた。10年以上前に読んでいたのだが、今回また再読。エホバの証人に関わったが最後、信者の末路は概ね似たような悲惨なものになる...

『事件簿』はエホバの証人 – STOPOVER(途中下車)から

傷つき、人生を大きく損なう。洗脳して自らを妄信することを強制してきた組織に裏切られる。悲惨なのだが、生きている間に「自分」を取り戻すことが出来ればまだマシだと言える。

死ぬまで洗脳直下のエホバの証人として過ごした人はもっと悲惨。殉教して輸血拒否で死んだ信者も悲劇。本人たちは最後の最後まで信仰を守り抜いたので、復活できると思い込んでいるだろうが、残念ながら人間は復活などしない。人生の全てをカルトに捧げるという人生の無駄遣いをしてしまったということになる。

今この人生が全て。一度限りの人生が全て。生きている全てのエホバの証人が、せめて生きている間に「自分」を取り戻すことを願う。

油注がれた残りの者と統治体成員はビョーキ

さて、北海道広島会衆の『事件簿』だが、話も終盤になり、ようやく筆者たちも洗脳から覚醒する。

いかに残りの者といえども聖霊を取り去られてしまえばただの人、いかに統治体といえども聖霊を取り去られてしまえばただの人間の組織にすぎない

残りの者って聖霊を浴びたと自称しているだけのただの人。以下のどれか。

  1. 地位を得るために確信犯的に油注がれたとウソをついている
  2. 思い込みで光を浴びちゃった
  3. 精神的に患っている

いずれにせよ、統治体も油注がれた残りの者もただの人。人類を二つに分ければ残念な方に入る(それでも人生はどこからでもやり直せる)。1.地位を得るための確信犯はドロップキックで良いのだが、2.思い込みと3.病は見分けがつかない。

2.思い込みは、「自分がこんなにもものみの塔組織に尽くしたのだから」という思い込みから油注がれちゃっているので自己責任。自分で蒔いた種。生暖かい目で見捨てるしかない。

3.精神病の場合は、本人の罪ではないので病院を勧めるしかないのだが、それでも「ものみの塔協会が存在を主張するエホバに選ばれました」と言っている以上は、何らかの手段でものみの塔に絡んでいるということ。

自分で選んだ結果なので、必要以上に慈悲を示す必要もないのだが、親がエホバの証人というパターンもある。親がエホバの証人で子どもが精神を病んだ。これは普通にあるパターン。非常に多いケース。

私のように根っからの楽観主義(バカ?)でない限り、子供の頃から懲らしめの時に変貌する親に鞭打たれていると、大概は精神を病む。学校で奇異の目に晒されるのも非常にキツイ。

エホバの証人二世で精神を病んじゃって、油注がれちゃったと言っている人は本質的な被害者。とはいえ、エホバの証人の教理的に油注がれた者の選別はとっくの昔に済んでいるので、二世・三世信者で油注がれちゃうのはおかしいのだが。

いずれにせよ、私のようにものみの塔壊滅を目論む人間が敵対視すべきなのは、ものみの塔協会という組織であって、エホバの証人個々人ではない。自称油注がれた残りの者とか統治体の成員であっても愛を示すべき。

という訳で、統治体メンバーとか油注がれた残りの者を見かけたら、病院へ行って治療することを勧めましょう。なぜなら、彼らは「天から聖霊浴びている」と自称している霊能者。完全にビョーキだから。

エホバの証人の統治体は悪霊に憑かれている

エホバの証人の老婆の悲しい妄想~油注がれちゃったという勘違い


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