元2世信者という痛みを、エホバの証人組織に対する刃とする

エホバの証人2世の子ども時代

私は生まれながらのエホバの証人2世だった。2世とはカルト宗教の被害者2世代目のこと。わが家の場合は、両親ともにエホバの証人だったので、私も当然のようにエホバの証人として育てられた。

14才中学2年生の秋に、私は自分の意志でエホバの証人を脱会。

エホバの証人組織は、信者の恐怖心を煽り洗脳する。神エホバがハルマゲドンというこの世の終わりをもたらす。その最終戦争を生き残れるのは、教団の教えに忠実で、善良なエホバの証人だけ。

私もこの恐怖心に支配されていた。物心つく前から、両親や教団から、繰り返し、繰り返し教え込まれる。この状態で洗脳されない方法があるというのだろうか?

元エホバの証人の人生の迂回

エホバの証人の洗脳が解けたのは20才を過ぎてから。インターネットで教団の不義を知り、それまでの疑問点や不信点がすべてつながる。エホバの証人という宗教は嘘つきのカルトだと理解した。

その後は、前半生を取り戻すべく、反エホバ的生き方にいそしむ。無軌道、無鉄砲な生活。しかし、それはエホバの証人否定を自分自身に強制するという、逆マインドコントロール状態だった。私の自由意志ではなかった。

しかも、無軌道、無鉄砲なんてのは、エホバの証人の表面的なモノを反転させただけにすぎなかった。実は、エホバの証人の本質こそが無軌道、無鉄砲なのだが。

私は30代半ばで結婚し、妻子を持つ。結果、反エホバ的な無茶苦茶な生活はやめざるを得なかった。

そして現在に至る。30代後半になり、元エホバの証人という傷がだいぶ癒えてくる。エホバの証人のことなどどうでも良くなってきた。

それまでは、駅前など街頭に立っているエホバの証人を見ると、強烈な不快感やイラ立ちを覚えていたのだが、今では憐れむ気持ちがほとんど。時の経過は大きい。

非エホバの証人的生き方をしなければならないと思い込んで、私はあえて無軌道な生活をしていた。しかし、これも結局はエホバの証人的な白黒決めつけ型の思考が影響していたことに気付く。

エホバという傷を癒すためにものみの塔思考をやめる

エホバという傷を癒す

現在の私は、エホバの証人の洗脳から完全に自由になった(はず)。

王国会館というエホバの証人の集会所や、街頭に立つ信者を見て、ゾッとしたり吐き気がしたりはしなくなった。エホバの証人というカルト宗教に戦いを挑もうと決意できたのも、その証拠。

この進展は、似たような傷を抱える現在の妻と出会ったことも原因の一つ。14才でエホバの証人をやめて以来、自分の過去を他人に打ち明けたことは一度もなかった。今の妻が初めて。

妻と結婚する前、付き合いはじめの段階で、お互い正直に自身の抱える過去の傷について話し合った。他人と傷を共有することで、自分の傷が癒える。このときに、自身の治癒を体験した。

私はこんなにも傷ついていると、さらけ出す必要もないのだが、いつまでも、内向きに傷を隠していても仕方がない。

癒しになる元エホバの証人コミュニティ

私は、エホバの証人をやめて以来、徹底的に教団関係のモノから距離を置いた。元エホバの証人2世という過去は、私の人生の恥部そのものだったから。この方法だと、エホバの証人のことを気にしなくなるまでに相当の時間が掛かった。20年もの歳月。

早い段階で、元エホバの証人のコミュニティに参加し、他人の傷を知ることが自分の癒しになった可能性もある。元エホバの証人のコミュニティはネット上にあふれている。

元エホバの証人被害者の体験を聞く。読む。共感できることがあれば、自分だけが深い傷を負っているわけではないと気付ける。前向きに生き直せる可能性が高まる。

市販で流通している元エホバの証人の本を読むのも良い。信者時代の過酷さが自分とは異なるし、サバイバルの仕方と脱会方法も異なる。それでも、大いに共感する部分はある。

『カルト宗教信じてました。』

『よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話』

しかし、注意しなけらばならないのは、

外へ目を向けることも必要だということ。エホバの証人が関係する世界の外部へ目を向けること。我々が生きているのは、エホバの証人なんてほんの一粒しかいない、広い世界。かつてエホバの証人だったことなど、小さなことと思えるほど、広くて多様な世界。

エホバの証人の子供が思い描く未来

私は、エホバの証人の子どもだったために、節分の豆まきに参加できず、恥ずかしい思いをした。教室の隅から、楽しそうに豆を投げ合うクラスメイトを眺めていた。

バレンタインデーに、好きな女の子からチョコレートを貰っても、返しに行かされた。何たる屈辱。
(エホバの証人は異教の行事として節分、バレンタイン、その他多数の禁止事項がある)

そんな子どもの頃に思い描いた未来。「普通」になりたいということ。

私は30代半ばで結婚し、子どもが生まれ家庭を築く。子どもの頃に思い描いていた、ささやかな未来。エホバの証人ではない普通の人になりたいということ。回り道したが、これでようやく実現した。

そして、現在の私、世界からエホバの証人を消滅させるべく、このブログを書いている。王国会館をぶっ壊したり、エホバの証人に罵詈雑言を浴びせて迫害したりという、まるでエホバの証人の神エホバのような破壊的・独善的な活動ではなく、あくまで平和裏な活動として。

エホバの証人組織の暴力・独善的な本質についてはこちら


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