エホバの証人とドラッグ

エホバの証人の話のすり替え

私が子供の頃に好きだったプロ野球選手が清原和博だった。これは1980年代のことである。ちなみに中学生の頃はチャゲ&飛鳥が好きだった。これが1990年代になる。初めて買ったCDは槇原敬之の『冬が始まるよ』だった。このシングルCDをヘビーローテーションで聴いていた結果、エホバの証人の長老だった父親にCDケースごとへし折られてしまった。

エホバの証人にとって”ふさわしくない”音源を繰り返し何度も聴くことは許さないということだ。父親にしてみればエホバの証人の活動をおろそかにする原因となるものを取り除いたつもりだったのだろう。不条理極まりない出来事だった。おこずかいをきっちり貯めて始めて購入したCDがたった数日で割られ捨てられたのである。

怒りに任せて子供が現状では一番大切にしているものを力任せにへし折ってゴミ箱に捨てる、これがクリスチャンの長老の行いと言えるだろうか。こう言うとエホバの証人はキリストも神殿で商いをしていた者に対して激昂したことがあったという話を持ち出す。

自分の子供に対する接し方についての話なのに、神を敬う行為のためならば怒りを前面に出すことも問題ないという話にすり替えられてしまうのである。これはエホバの証人特有の論理である。何でも自分たちに都合の良いように話を解釈するのだ。ものみの塔協会のトップである統治体は話のすり替えや意図的な局部的引用を繰り返し行う欺瞞的体質を持っている。この確信犯の悪癖がエホバの証人の末端信者にまで影響している。

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エホバの証人の親子やり直し

ものみの塔協会の1995年の悪ふざけ

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。14歳のときに自分の意志でエホバの証人をやめる。これが1994年のことである。翌1995年にものみの塔協会は自身の預言に大幅な訂正を加える。これまでは明日にでもハルマゲドンが勃発しこの世の事物の体制は崩壊するはずだった。それがハルマゲドンは明日というほど早くは無いよという緩やかな預言に訂正されたのである。

明日にでもこの世が終わるのだからとエホバの証人たちは仕事を捨て高等教育を受けることも諦め、ものみの塔協会の不毛な活動に従事していた。それがそんなすぐにハルマゲドンは来ないぜと言われたのである。冗談も程々にしろと言いたい。

1995年の私はエホバの証人をやめたばかりでサッカーに熱中していた。この頃は未だに両親ともにエホバの証人だった。この両親とものみの塔協会に関係することを私はほとんど話さなくなっていた。そのため私はものみの塔協会の悪ふざけのような預言の訂正を知ることが出来なかったのである。

1995年の私は幼い頃からのものみの塔協会による洗脳は解けないままだった。この瞬間にでも天からの落雷で命を落とすのではないかというハルマゲドンへの恐怖心を抱きながらサッカーボールを蹴っていたのである。

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1995年のものみの塔協会を知らないエホバの証人2世

ハルマゲドンへのカウントダウンが延長された1995

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。そして14歳になる年にエホバの証人をやめると決断することになる。このエホバの証人をやめた年が1994年で翌1995年にものみの塔協会は自身の教義を大きく変更した。簡単に言うとハルマゲドンまでのカウントダウンが延長されたのである。

神エホバに心から献身し感謝し畏敬の念を抱き全てを無償で捧げているというような純粋なクリスチャンはエホバの証人の中に多くはいない。単純にハルマゲドンへの恐怖とその後の楽園での永遠の命という人参をぶら下げられてあの不毛な勧誘活動に打ち込んでいるのである。

その人参が与えられるのはもうあと何年かのうちだとされてきた。明日にでもその最終戦争が勃発するとエホバの証人信者たちはものみの塔協会によって教えられてきたのである。しかしものみの塔協会が定めた終末の刻限が来てしまいそうになったのが1995年だった。

さすがに終わりの日の教義の信憑性を保つ限界が来たとものみの塔協会のトップである統治体がメンバーの合意の上で決めたのである。そしてハルマゲドンの起こる期限が緩やかに延長された。それでも終わりは近くもうまもなくということにはなっている。

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不完全な真理は真理ではない

楽園には入りたくないエホバの証人2

私は生まれながらにエホバの証人2世として育てられた。14歳で自分の意志でエホバの証人をやめる。苦心の末やっとエホバの証人をやめるという決意を両親に告げた。しかし集会のために王国会館へ行く時間になったとき両親に対して

「もう集会に行かない」と言うのがやっとだった。

その日の集会から帰ってきた両親によって私の事情聴取が始まった。いったいどういうつもりでもう集会に行かないというのか?ということである。両親はこれ以前からの私の集会や伝道活動への身の入らなさからある程度はこういった事態を想定していたはずである。

この頃の私は常にエホバの証人をやめるということを考えていて理論武装を固めていた。私の人生の意味はエホバの証人が求めるものとは違う。ハルマゲドンまでの限られた命で構わないから二度と繰り返されることのない現在、今を思い通りに生きたいということを両親に話した。両親と一緒に楽園で永遠の命を享受したいとは思わないとはっきり告げた。

さらにこの頃にはものみの塔協会の教義の矛盾にも私は気付いていた。この晩の事情聴取で背教じみたことも両親に対して口にしていた。批判的に公開講演を聞いたりものみの塔協会の出版物を読んだりすると突っ込み所はどれだけでも出てくる。まさしく完全、完璧な真理では無いということが見えてくる。

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初めてお問い合わせを頂きました②

このブログの目的

前回に続いてメッセージを頂いた件です。
このブログで私は自身の経験を元にものみの塔協会を糾弾しています。今回お問い合わせを頂いた主題はエホバの証人は無害で本人たちはその活動を生きがいとしているのだから放っておけば良いのではないか?ということでした。これは何となく私にも思い当たる節があって何を今さらこんなおせっかいじみたことをしているんだろうと思うことがあります。

私はエホバの証人2世としての子供時代を私に強制した両親に感謝こそすれ一切恨みには思っていません。同様に両親をカルトに引きずり込んだエホバの証人たちのことも全く恨んでいません。彼らも被害者です。

そもそもものみの塔協会や統治体への恨みからこんなにも攻撃しているのかと言えばそれも違います。ものみの塔協会や統治体も悪意の固まりではないからです。無意識的に組織を維持することを目的として転がり続けているゴミの雪だるまのようなものだからです。

ものみの塔協会はこの世に存在しなければならないものでなく、無価値なものなので正当な姿に戻そうとしている、このブログを端的に表すとこうなります。また人生を棒に振る被害者が出るという点では一般のエホバの証人は人畜無害でもものみの塔協会という組織そのものは明らかに危険で有害です。誰かが警笛を鳴らし続けなければなりません。このために私はこのブログを書いています。

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外した場合の保険付きの預言

怪しげな真理

私はエホバの証人をやめる頃にはものみの塔協会の言っていることの1から10まで全てが正しい訳ではないと思い始めていた。私が14歳のときで1990年代の中頃のことである。王国会館は明らかに不完全で欠陥のある人間の集まりだったし、そこで一言一句に不備の無い真理が伝えられるとはどうも思えなかったのである。

このような不完全な集団がハルマゲドンを通過し完全な人間に生まれ変わるというのがものみの塔協会の教義である。にしても不完全過ぎないかというのが私の印象だった。四肢に障害があったりとんでもない肥満だったり子供にしてもアトピーのような病気がちだったり極端に学校の成績が低かったりという集団なのである。単純に魅力的でない恵まれない人々が集まって傷を舐め合っているだけなのだ。しかしそういった人々を救うというのがキリストなのである。

それでも王国会館で伝えられることの全てが真実という訳でない気がしていた。出来損ないの講演者によって伝わり方が変化したり思い込みの注解がされたりすることで真理が捻じ曲げられていると感じることがあったからである。またものみの塔協会そのものが間違ったメッセージを発信していると感じることがあった。出版物にあからさまに矛盾があったり、突っ込み所があったりするのである。

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パウロの目から鱗

ものみの塔協会によりねじ伏せられてきた真実

私はエホバの証人をやめたものの未だにものみの塔協会の洗脳下にあった。来たる終末のハルマゲドンに怯える日々を過ごしながらやり残したことのないように幼い頃から禁止されてきたことを着々とこなす自堕落な日々を過ごしていた。浴びるほど酒を飲みギャンブルに明け暮れ不特定との女性と関係を持つという反エホバ的生き方をしながらハルマゲドンで滅ぼされる日を待っていたのである。

そんな日々の中、私はインターネットでエホバの証人について調べることになった。そしてものみの塔協会の不義の数々についてネット上で知ったのである。輸血が解禁されている国がある、ものみの塔協会初代会長ラッセルの墓がある、しかもその墓はピラミッドの形状をしている、そもそもこのものみの塔協会会長職は選挙で選ばれている、ものみの塔協会はちゃっかり国連NGOに加盟していた、しかもこれが露見するとそそくさと脱退した、幾つもものみの塔協会にとって都合の悪い案件があったのだが、どれ一つでも私にとって充分だった。

隠蔽体質のものみの塔協会によってねじ伏せられてきた真実と偽造された預言、ものみの塔協会に対してうっすら感じていた矛盾や疑問が一気に解決したのである。ものみの塔協会は我々を騙している

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14万4000人の嘘

昇天するというおこがましい妄想

私が子供の頃に連れて行かれていたエホバの証人の会衆内に急に油注がれてしまった老婆の信者がいた。その老婆姉妹(エホバの証人は男性の信者を兄弟、女性の信者を姉妹と呼ぶ)の息子と娘は既に成人していたがエホバの証人としてものみの塔協会に献身していた。その老婆も正規開拓者としての活動にもう何十年も従事していて会衆内でも一目置かれるベテラン信者だった。

エホバの証人の油注がれた人々の教義は特殊である。14万4000人の神により油注がれた人々は死後に昇天しキリストと共に地上を統治するということにされているのである。何ともおこがましい傲慢さだが、彼女ならそれにふさわしいのではないかというのが会衆内の人々の所感だった。それほどその老婆姉妹は会衆内で幅を利かせていたのである。会衆内で信者の尊敬を得ているという感覚がこの老婆のおこがましい妄想に至るきっかけとなったのだ。

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油注がれちゃったという勘違い

栄光ある笑点メンバー

エホバの証人には14万4000人の神により油注がれた人々が死後天に昇りキリストと共に地上を統治するという特殊な教義がある。この教義には矛盾点が多く存在する。昇天メンバーは14万4000人ときっちり人数が決められている。この人々は天的級と呼ばれものみの塔協会の頂点に君臨する統治体の成員ももれなくこの中に含まれている。

それ以外の下層のエホバの証人は死後天に昇ることは出来ない。天国のイスが定員オーバーだからである。これら一般的なエホバの証人はハルマゲドン後の地上の楽園での永遠の命を目指すことになる。この地上級”のエホバの証人と天的級の栄光ある昇天メンバーとの境界線は紙一重である。

死後にキリストの隣の席が約束されている聖人のような人でも神に対して背くことがある。こうして天的クラスから除外される人が出てくるのである。するとその14万4000人の座席に欠員が出る。そして次席だった地上級から1名が昇天メンバーへ格上げされることになっている。

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記念式でぐいっといっちゃって

毎年カウントダウンされる残りの者の人数

エホバの証人には重要な14万4000人の教義がある。14万4000人とは忠実で思慮深い奴隷と呼ばれ神により油注がれた人々である。彼らは死後に天に昇りキリストと共に地上を統治するということになっている。昇天前に地上で生きている油注がれた人々は14万4000人の”残りの者”と呼ばれている。残りの者の中にはものみの塔協会の頂点で世界中のエホバの証人を牛耳る統治体のメンバーももれなく含まれている。この14万4000人の教義には矛盾が多い。

まずは1世紀から20世紀の現代に至るまで2000年近くの長い期間に渡って昇天組の募集が行われ続けていたという点である。平均すると1世紀あたり7200である。1年で72ということになる。これが多いのか少ないのか判断に迷うところだ。天に昇る聖者が世界中で選ばれるとして月間6人くらいだとそんなものなのだろうかという気にもなる。

興味深いことにものみの塔協会は油注がれた残りの者の数を毎年公表しているのである。地上で現世を過ごしている残りの者の人数である。彼らはエホバの証人最大のイベントである”主の記念式”で”キリストの血と肉を表す表象物にあずかる”のでしっかりとした人数が把握されている。表象物にあずかるというエホバの証人風の言い方だと解りにくいが、簡単に言うと聖餐を食べるのである。キリストの肉を表す無酵母パンと血を表す混ぜ物の無い赤ワインをぐいっといくのである。

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