エホバの証人の子供に生まれた不幸

エホバの証人の学校生活

私はほぼ生まれながらにエホバの証人として育てられた。小学校高学年になった私はクラスメイトと同じようにクリスマス会もしたかったし、校歌も国家も斉唱し、騎馬戦にも出場したかった。そういった活動全てはものみの塔協会の柔軟性のない戒律によって禁止されていた。

学校の先生は小学生の私が何かの行事に参加出来ないと言う度に干渉してきた。しかし小学生だった私がエホバの証人の掟を破ったらどうなっただろうか?親の保護無しには生きられないし、親を捨てる覚悟もない。10歳ちょっとでその覚悟は生まれようがない。今までの親と過ごしてきた時間が自分の人生の総量に占める割合が大きすぎた。未だ両親の愛情を必要としていた年齢だったのである。

であれば親に秘密で学校生活においてだけエホバの証人でない顔をするしかないのだが、事あるごとに干渉してくる学校の先生はそれを保証できない。親に黙っていて後でばれたときに自己の保身が出来ないからだ。覚悟も無いのに、仕事だから念のため干渉してくるだけの無能な地方公務員、エホバの証人の子供だった私は学校の先生をその程度に捉えていた。

エホバの証人の子供に生まれた不幸

エホバの証人の戒律を破ったことが親に発覚した場合、こらしめという不幸を被るのは私である。現在なら家庭内での体罰が容認されないのだが、私が子供だったのは旧世紀のことである。現在でも体罰に関しては秘密主義のエホバの証人の家庭内と王国会館は治外法権だろうが。

両親に対して秘密裡に給食の前に合掌をして、何とか周囲の痛い視線を和らげたいと思ったことが何度もある。しかし、その秘密は守られることはない。たかだか数百人しかいない小さな田舎の学校なのに何故か私以外のエホバの証人の子供が何人かいたのである。全国津々浦々まで蝕むものみの塔協会の毒牙。給食の時間に私が合掌していればたちまち親を通じて私が戒律を破ったことが伝わる。エホバの証人は尋常でなく噂話が好きなのだ。密告社会である。

小学校高学年のこの頃にはエホバの証人2世という自分の境遇が不幸以外の何物でもないと確信していた。他人と違うということがとても嫌だった。ハルマゲドンで死んでも良いから周囲の普通の子供のようにクリスマス会やバレンタインや節分や地元のお祭りや子供会のキャンプに参加したかったし、少年野球のチームにも入りたかった。

しかしそんな希望を両親に告げようものなら両親の大きな失望とこらしめが待っている。どうしようもなかった。早く大人になって独立したら何とかエホバの証人をやめることが出来るだろうという漠然とした希望しかなかった。


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