エホバの証人の偽ボランティア活動はただのカルト勧誘である

エホバの証人のボランティア活動とは

エホバの証人は、新たな信者を増やすために、家々を周る行為をボランティアと称している。宗教活動で新たな信者を集めていますと言っても食い付きが悪いから

最近のエホバの証人は、駅前などで立て看板と一緒に立っているのだが、かつては文字通り家から家へ、しらみつぶしに回っていた。住宅地図を塗りつぶしながら回る周到さ。

留守の家があれば、時間帯をずらして夕方などに再チャレンジ。これは留守宅訪問などと呼ばれていた。

この布教活動は、野外奉仕活動、伝道奉仕活動などとも呼ばれる。私がエホバの証人をさせられていた頃、1980年代後半頃だったか、ボランティアと言い出すようになった。この頃はボランティアなどという言葉は、日本では定着していなかった。

エホバの証人組織の本部はニューヨークにあるので、日本ではちょっと先進的とも思える言葉を使ってみたり、奇抜とも思える問題を雑誌で取り上げたりしている。エホバの証人の信者たちは自分たちがちょっと進んでいると言い、これをちょっと誇りに思ったりもしている。

エイズとか家庭内暴力とか、テロだとか、当時の日本人にとって、興味の無い、関係のない対岸の火事のようなことをわざわざアメリカから輸入してくる。そもそもエホバの証人という宗教自体がアメリカから輸入された余計なもの。

エホバの証人の子供に傷を残すカルト勧誘

このボランティアとエホバの証人が自称している勧誘活動なのだが、子供ももれなく連れまわされる。小学校に入る前であれば、幼稚園や保育園に行かせてもらえず、ひたすらこの布教活動に連行される。

小学校に入っても休みの日はもれなくこの勧誘活動に出かけなければならない。私は、このカルトへの勧誘活動で自分の家の近所や同級生の家に行くのが本当に嫌だった

赤の他人の家へ訪問して、親が話をして、私が後ろに隠れているのならまだマシ。それだけでなく、親と交代で見知らぬ家のブザーを押し、「ボランティア活動で来ました」とやり始めなければならないときもある。

これが同級生の家だったりすると最悪である。小学生にもなると、こういう活動が恥ずかしくなる。親と一緒に出歩いていることや、意味不明な勧誘をしていること。

この布教活動をする時は、エホバの証人たちはかしこまった服装をしなければならない。子供でも同じ。謎にネクタイを締めて同級生の家へ行くことの不条理さ。

こんな最低最悪の状態にある自分と、同じ目に遭う人を増やすのが、この勧誘活動。自分がエホバの証人であることを恵まれていないと思っているのに、それを同級生の家に押し付けて回る。これって最悪な人間のすることだよね。

私はこのカルト勧誘のために、知らない家の呼び鈴を押す夢を未だに見る。この偽ボランティア活動で出来た私の傷はまだ癒えていない。もうエホバの証人を辞めて、25年は経っているのに。

エホバの証人の子供に生まれた不幸


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