エホバの証人2世の子供のハードスケジュール

奉仕活動のためノーゲーム

私は小学校4年生になるときに引越しと転校を経験した。田舎の小学校に転校したばかりの私に出来た近所の友達はエホバの証人の子供では無かった。土曜の午前中の学校が終わってからその子に誘われて野球をした。私が子供の頃はまだ土曜日の午前中には学校の授業があったのである。

ちょっと離れた場所にある公園まで2人で自転車を走らせて野球の試合をすることになった。1対1でどうやって野球の試合をしたのか今となっては疑問なのだがとにかく2人で野球の試合をしたのである。

しかし土曜の午後には私にはものみの塔協会の伝道奉仕活動が待っていた。野球を始めて30分もすると母親との約束の時間になった。つかの間の野球対決に決着はつかずさようならということになる。急いで帰らないと母親に怒られる私のためにその子は自転車でバットを運ぶのを手伝ってくれた。

田舎の小学校だったので1学年1クラス、その小学校にエホバの証人の子供が入ってきたのは私が初めてである。よく分からない怪しげな奉仕活動とか言っている奴のためにバットを運ぶのを手伝ってくれたその子は朴訥で良い子だった。

こうして出来た貴重な友人との時間はものみの塔協会の伝道奉仕活動のせいで打ち切られることになった。土曜の伝道奉仕活動は午後13時からである。午前中に学校の授業があった時代である。子供の楽しい土曜の午後が始まった瞬間に私はカルトの世界へ戻らなければならなかった





エホバの証人2世のハードスケジュール

エホバの証人でない子供と遊んでいるとエホバの証人信者の親は良い顔をしない。さらに外で思いっきり野球をしようにも時間が制限される日が多かった。平日の集会のある日は外に遊びに出ることは決して許されなかった。集会の無い日でも翌日の集会の予習が終わっていなければ本当に自由な放課後にはならなかった。

週末の日曜日の午前中にはものみの塔誌の討議と地獄の長さを誇る公開講演という2本立てのプログラムがある。午後からは親と一緒にものみの塔協会の伝道奉仕活動に出かけなければならない。

私が子供の頃はまだ土曜日の午前中には学校があった。そして午後からはまた伝道奉仕活動の時間である。これだけ1週間のスケジュールをものみの塔協会に詰め込まれると思いっきりスポーツを楽しむことなど出来なかった。この世の友達と野球をしていても時間が来たら決着がつく前に帰宅しなければならない。そしてかしこまった服装に着替えて伝道奉仕活動に出かけなければならないのである。


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