エホバの証人という心理的死人

友達のいないエホバの証人2

エホバの証人2世が大人になった時に愕然とすることが、友達がいない、出来ない、作れないということではないだろうか。結局、友人と言える困ったときに助けてくれるような人は会衆内のエホバの証人信者ということになる。しかしその信者が同年代であるとしても突っ込んだ話は出来ない。その同年代の2世は親のスパイなのである。

本人たちにその気はなくともエホバの証人は互いに監視し合っている。大概の話は親に筒抜けになってしまう。気になる異性の話なんかは絶対に出来ない。これはエホバの証人2世に限ったことではない。信者どうしがお互いの信仰に対する忠実さへのスパイ行為をしているのである。エホバの証人の会衆内での噂話は簡単に広がる。集会後の交わりと称した信者どうしの交流の時間、王国会館は密告と情報交換の場になっているのだ。

エホバの証人2世は組織外の友人を作ることを許されず会衆内の友人との関係も形式的なものになりがちである。そもそも親たち大人からは同年代のエホバの証人2世どうしは比べられることが多い。あの子はもう伝道奉仕者になった、誰々は何と次の大会でバプテスマを受けるのだと聞かされる。私も洗脳が進んでイカれ具合が激しい同年代のエホバの証人2世に劣等感を抱くように親に仕向けられていた。エホバの証人2世どうしはライバル関係にあるとも言えるのである。





心が死んでいるエホバの証人

友人関係で大きなペナルティを抱えるのは2世信者だけではない。大人になってから改宗したエホバの証人たちも同様である。学生時代の友人を失い職場の同僚との友好な関係も築き難くなる。学生時代の友人からは変なカルト宗教にはまっている奴だと噂され敬遠されるようになる。ものみの塔協会はエホバの証人の伝道奉仕活動に多くの時間を傾けるためにパートタイムの仕事への転職を勧めている。無垢なエホバの証人はその転職により職場の人間関係と同時に自分のキャリアを失ってしまうのである。

転職先の新しい職場ではまず自分の信仰の証言をしなければならない。エホバの証人2世は進級する度に新しい担任に給食のときに合掌できないことなどを証言しなければならない。エホバの証人2世の子供と同じようなストレスを大人のエホバの証人も感じているのだ。

しかし長年の苦労により感覚が麻痺するのとものみの塔協会によるマインドコントロールの成果によってその証言を喜びと感じているエホバの証人も少なくない。信仰に対する迫害は神が与えた喜ばしい試練とみなすようになるのである。日々の祈りによってその試練を乗り越えようとする精神的タフさというか鈍感さを身につけていくのがものみの塔協会のマインドコントロールである。心が死んでいるのだ。


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