ものみの塔崩し

エホバの証人の教祖ラッセル

ものみの塔協会に自分の時間や財産などをほんの少しでも与えてはいけない。なぜならエホバの証人の教義は全て作り話だからである。開祖となった初代ものみの塔協会会長ラッセルの妄想と空想の産物である。ラッセルは聖書研究者だったがヘブライ語やギリシャ語を読めない米国人だった。神が英語でラッセルに語りかけたと言うのだろうか。

ラッセルは時代ごとに現れる偽予言者の一人に過ぎない。ただの新興宗教の教祖の一人である。エホバの証人もカルト色の強い新興宗教の一つに過ぎない。ものみの塔協会の預言は真理とは程遠いものなのである。

 

もろく崩壊するものみの塔

エホバの証人が捧げた寄付金や労働力はものみの塔協会の上層部の人間もしくは組織そのものを潤すために浪費されている。現在のものみの塔協会は組織そのものの維持運営が目的となっている。彼らの活動で得をする人間は皆無である。本来の目的を見失い組織そのものが自己保身のために誤った方向へ転がり続けている

これは停滞し滅びゆく組織に共通の末期の症状である。外部から誰かが打撃を加えればもろくも崩壊するのだ。私はものみの塔協会の矛盾とからくりを無垢なエホバの証人たちに気付いて欲しいと思っている。そのためにこうやって思い出したくもないエホバの証人のことを書いているのだ。





下らない楽園

エホバの証人の教義の嘘に気付かなくても良い。この教団の矛盾に気付き洗脳が解けなくても良い。まずはハルマゲドン後の楽園に希望を持つのをやめよう。楽園での永遠の命が実現することは決して無い。百歩譲ってエホバの証人の言うパラダイスが地上にもたらされたとしよう。しかしそこはあなたが毎週惰性で通っている王国会館と何ら変わらない下らない空間である。

エホバの証人の願う楽園には圧倒的な快楽は無く情熱も激情も無い。互いに監視しあい人目を気にして相手の顔色を伺う下らない社交場である。永遠に生きるのに現在のパートナー以外とのセックスが許されない。永遠にお互いに冷めない愛情を維持出来るのだろうか?短い生涯でも人の心は移ろいやすい。逆に限りある人生だからお互いを死ぬまでの間だけ求め続けることが出来るのである。

永遠に毎日が同じことを繰り返しであるエホバの証人の造り出した楽園は人間牧場である。思考を停めて見た目に美しいものや美味なものを与えられ永遠に飼い慣らされるのである。そもそもハルマゲドンなど起こらないので楽園での永遠の命などはただの幻想である。そこに希望を置くのを止めて限りある人生を有意義なものにすることに注力すべきである。架空の希望にすがって短い人生を無駄遣いしてはいけない。


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