全ての羊たちのために

奇跡的な父親の生還

エホバの証人をやめた私の父親は、夜の防波堤を海の際まで無意識に歩くという自殺未遂直前の行動に出た。そして家を飛び出して母親と離婚し一家離散状態となった。さらには放浪の末に一文無しとなりもう死ぬしかないという状態にまで陥る。

死の淵に再度迫った私の父親だったが、この状態から奇跡的に生還する。これだけしか話さないとエホバの証人たちだと、まさにエホバ神の救いなどと言い出すだろう。

本当に神がいるのなら、父親は神に救われたのかも知れない。奇跡としか言えないだろう。ここ一番のパチンコで何度も連続して勝ち続けるというのはまさに奇跡だ。冗談のような話だが、博打好きな神にしか出来ないことである。父親を生かしてくれたのはやはり神なのかも知れない。

ただその神はものみの塔協会が存在を主張するエホバという神でないことは明らかである。ものみの塔協会はギャンブルを認めていないし、離婚、喫煙と戒律に反し続けた父親がエホバに救われる所以はないからである。





エホバの証人という全ての羊たちのために

私の父親は、放浪し死にかけるというひどい目にあった。これをエホバの証人に言わせれば、真理から離れた結果ということになる。しかし大もとを正すと元々はエホバの証人や王国会館にさえ近づかなければこんなことにはならなかった

家から家を周りさらなる犠牲者を生み出すエホバの証人が危険な厄病神に思えてくる。ただ彼らエホバの証人も無知で騙され、搾取されている被害者なのである。そんなまさに取って喰われるだけの羊たちを責めてもどうしようない。

上層部で権力を掌握し、羊たちの寄付金や労働力を吸い上げている統治体を筆頭とする組織そのものが悪の権化である。その羊たちを騙すために二枚舌を使い分けることも厭わない偽善的な自称宗教家たちこそ責められるべきなのだ。この搾取欺瞞がシステム化されたものみの塔協会にこそ鉄槌が加えられるべきなのである。この思いで私はこれを書いている。さらに

  • 1人でも多くの無垢の羊たちが洗脳から開放されること
  • 彼らが自分の人生の本当の意味を知ること
  • これから地獄の日々に足を引きずり込まれそうなっている人々へ警鐘を鳴らすこと
  • エホバの証人をやめたものの未だ深く傷付いている人々への何らかの助けになればと、

私の経験を拙い文章で書いているのである。

ものみの塔協会は信者に隣人愛を抱くことを要求しているのに、王国会館に溢れているのは愛でなく嫉妬と上辺だけの社交辞令である。排斥され会衆から追い出された人々への仕打ちはあまりにも酷い。目が合っても挨拶すら許されないという幼稚さである。それは愛を抱くべきキリスト教組織の態度ではない。

全てのエホバの証人よ目を覚まし、自分の意思でモノを考え王国会館から脱け出そう。あなたが崇拝しているのは神エホバではなくものみの塔協会という組織、ものみの塔という偶像である。


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