遅すぎることなどないエホバの証人というカルト宗教からの脱会

エホバの証人信者の個人的な問題を解決できない長老

私の家庭は、両親が順を追ってエホバの証人をやめる過程で崩壊した。

父は家を飛び出し国内を放浪。無一文寸前になり、数回の自殺未遂を経たが、死ぬことが出来なかった。この時の話はこちら

しかし、そんなぎりぎりの生活がたたって高熱を出して倒れ、本当に死にそうになってしまった。生きたいという人間本来の無意識の欲求と、死んでしまいたいという絶望が、父の中で交錯していた。

現在の父親は、その病気の時に知り合い介抱してくれた女性と一緒に暮らしている。その女性は当時すでに夫と死別。その女性の子供の一人に警察沙汰になるような悪い友人と付き合いがあり、それを断ち切るために私の父は奔走した。

エホバの証人の長老は、会衆内の信者の個人的な問題を本質的に解決することは出来ない。

私の父親もそうだった。エホバの証人組織に殉ずる長老のような”特権”階級は、上層部からの指示に従うだけ。会衆内の信者一人一人に対して生身の人間として接することは出来ない。

遅すぎることなどないエホバの証人というカルトからの脱会

エホバの証人のときには出来なかった、一人の人間として誰かに生身で接するということ、さらにはその人々の助けとなること、父はエホバの証人をやめた後でこれを成し遂げた。

宗教家とはとても言えない、人間的に未熟なエホバの証人には、例え長老でも出来ないこと。これがこの後の父の生きる糧となった。

エホバの証人のマインドコントロールから解放され、自分の意思でモノごとを考え、自身の行動を自ら決定することが出来るようになっていく。

私の父は弱い部分もあったが、一人息子の私から見ると男として立派で強い部分を多く持っていた。とても頼りになるかけがえのない存在だった。

エホバの証人に一家まるごと侵食されたせいで私の家族は崩壊したが、それでも父に対する一人息子としての信頼は揺らいでいない。父が母を捨てて家を飛び出した後でも同じ。

人はいつでもやり直せる。ましてや真面目で強い私の父親のようなタイプの人間ならば当然。その生真面目さがエホバの証人組織につけ込まれる一因ではあったのだが、人は失敗しつつ学び前進していくしかない。

エホバの証人が組織崇拝という罪を悔い改めるのに遅すぎることなどない。死の間際でも良い。一瞬でも、楽園での永遠の命という幼稚な希望に疑義が生じたのなら、すぐにエホバの証人が原因で仲違いしている家族に詫びるべき。

あなたの命はこれ一度限り、死ぬまでにやるべきことをやるしかない。それはエホバの証人というカルトからの脱会。

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