独立しても止まないエホバの証人2世への親の束縛

信者の親から正式に離れて、目ざめよ!

エホバの証人の2世たちは必要の大きな所と呼ばれる僻地へ飛ばされることによって、ようやく熱心な信者の親元を離れることが出来るようになる。やっとものみの塔協会の教義を盾にした親の束縛から自由になれるのである。

この状況下で彼らが自らの純潔を保ち、ものみの塔協会への信仰を守り続けることは難しい。この親からの正式な独立が一部の信者たちの覚醒に繋がってはいるのである。

いつまでも続くエホバの証人の親の2世への束縛

しかし、信者の親にしてみると”、必要の大きな”言わばアウェイへ自ら単身乗り込んでいった子息は自分の人生をかけた誇りとも言える存在である。”不活発”になって伝道や集会をサボり出していないかと心配で堪らない。あんなに文字通りにお尻を叩いて苦労して2世ロボットに仕上げたのだ。その強制無くして、お利口に奉仕活動をしているのかと不安に駆られるのである。

こうして、信者の親は2世の動向を出張先の会衆の長老や知り合いの信者へ探りを入れるようになる。こうして彼らはいつまでも2世たちを束縛しようとするのである。これはいつまでも模範的な信者でなければならないという2世信者への厳しいプレッシャーともなるのだ。

目ざめよ!エホバの証人の2世たち

エホバの証人の2世たちはいつまでも親に縛られ、親もいつまでも子離れ出来ない。血のつながりもないのに、お互いに兄弟姉妹と呼び合う組織である。親子の繋がりも不自然で必要以上に近しい関係が2世が大人になっても続くのである。

『ものみの塔』誌と並ぶ機関誌である『目ざめよ』誌のタイトルを、そのままエホバの証人の若者に投げかけたい。いい加減に目を覚まして、人生の真実を探すべきである。

人生は1度限り、そして短い。親やものみの塔教会、会衆の長老たちの言いなりになっている時間はない。必要の大きな所で『目ざめよ』誌を売りさばいている場合ではないのだ。いい加減にあなた自身が『目ざめよ!』と私は言いたい。


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