エホバの証人の“普通”が、すでに異常すぎる件について

「厳しくない親」でも起きること

「うちのエホバの証人親はそこまで厳しくなかった」。これは、私自身の実感でもある。それでも、「雪だるま禁止」だった。体罰は通算500発。さらに、輸血拒否で五分五分の手術に挑まされた。これが“普通”のエホバの証人家庭。

エホバの証人の組織構造では、解釈が分かれるどっちでもいいことや、命に関わるようなことが戒律化し、強要される。

その結果、被害が生まれる。ときには死亡者まで出る。この悪質構造を端的に象徴しているのが、「雪だるま」禁止。昨日までの記事の続き。

「うちの親が厳しかっただけ」ではない

「雪だるま禁止」を命じたうちのエホバの証人親がたまだま厳しかったという話ではない。

というのも、私の両親は、エホバの証人の中ではむしろそこまで厳しくない。

両親は、私が脱会したあと、後を追うようにエホバの証人をやめている。最後の最後、私という子どもへの愛情とエホバの証人組織への忠誠とを天秤にかけて、なにげに私のほうに傾いたのではないか。

エホバの証人のなかには、子どもが信仰を違えたばかりに縁切りに近い状態になっていたり、話が通じないほどに親の妄信が頑迷なケースもある。

そうしたケースと比べれば、私の親はまだ“まし”だった。

私の親は、私がエホバの証人を脱会した後も、工業系に限定されたが短大卒までの学費を出している。たいした学費ではないのだが、進学を許さないエホバの証人親もいる。

それでも、体罰・輸血拒否

私が受けた体罰は通算500発程度。この数字が多いのか少ないのか、はたまた平均的なのかは分からない。しかし、少なくとも「そこまで厳しくない」親でも、このくらいは子どもを叩くことが当たり前なのがエホバの証人ってこと。

そして、こんなエホバの証人親からでも「雪だるま」禁止なんて愚かなお触れが出る。これがエホバの証人全体の由々しき悪質構造を物語っている。

ついでに言っておくと、わがエホバの証人親は、子どもの私に対して輸血拒否をさせ、「五分五分」と言われた手術に挑ませた。

これが、さほど厳しくないエホバの証人の親の姿。いかにエホバの証人って宗教が危険でヤバイかが分かるだろう。

エホバの証人という組織の現実はこう。特別に厳しい親でなくても、組織の空気に従えば、子どもに理不尽な制限や危険を強いることになる。

「雪だるま禁止」は氷山の一角

だからこそ、「雪だるま禁止」は「その親が厳しかっただけ」では済まされない。むしろ、そこまで厳しくない親ですら、大暴走し、子どもの命を奪いかねない。それがエホバの証人というカルト宗教の“普通”。

「雪だるま禁止」は、単なる笑い話でも個別な特殊事例ではない。命に関わるカルト宗教の問題を映す、氷山の一角。


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