天の法廷で既に罪人であるエホバの証人二世の子ども

ものみの塔協会の戒律を遵守することはエホバの証人2世にとって不可能

エホバの証人2世の子供にとって、法を破ることは常習的。法といっても、国や地域の法律や学校の校則などではなく、ものみの塔協会によって定められた戒律。

戒律第一主義のものみの塔協会の教義は異常に厳しい。好奇心旺盛な子供にとって、ものみの塔協会の戒律を完全に守ることは不可能。

親によって決められた時間以上にテレビを見ること、チャンバラや相撲、プロレスと言った暴力的な遊びをすること、エホバの証人の子供自らが軽いと判断した決まりについては常習的に破られている。

エホバの証人2世の子供は、罪を隠すために日常的に嘘をつかなければならない。

友達の家でエホバの証人にとって”ふさわしくない”テレビゲームをする、ホラー映画を見る、こういったこともエホバの証人の子供にとっては禁止事項。モノや情報が溢れたこの時代に、こんな戒律を完璧に守れる子供はいない。

エホバの証人2世の子供は、戒律や親との約束事を破るたびに嘘を重ね続けるそして、いつの間にか普通の子供でも怒られるような悪事にも手を染め出す。悪事を行うのが日常になる。

私は、親の財布からお金を抜いてみたり、万引きをしてみたり、下級生を口頭でいじめたりと。こうなってくると何が重罪で、どこから先をやったらいけないのか解らなくなってくる。

”ふさわしい”、”ふさわしくない”の二択で決めつけるエホバの証人

法を軽視し罪悪感の薄いエホバの証人2世

エホバの証人の信者にとって、上位の権威と呼ばれる政府や学校より上に、ものみの塔協会の権威や教義がある。そのため、大人のエホバの証人は政治家や皇室と言ったいわゆる上位の権威を軽視する。必然的にエホバの証人2世の子供もこれに習う。

またエホバの証人全般は、ハルマゲドンで滅ぼされるという恐怖心を植え込まれているので、この世”の法律を破るより、ものみの塔協会の決めた戒律を破ることの方が重罪だと感じている

ものみの塔協会の教義には、ものみの塔に背かない範囲内で”上位の権威”に服するという決まりもあるので、国の法律や校則なども、一応はエホバの証人の戒律上は網羅されている。無論、殺人や盗みもエホバの証人的には禁じられている。

しかし、日常的にものみの塔協会の戒律に背き続けている子供にとって、国の法律や校則などを破ることはさほど罪悪感を覚えなくなる。なぜなら、エホバの証人にとって国家の法よりものみの塔が上なので。

ハルマゲドンでの裁きという最終手段を持ったものみの塔の戒律でさえ破っているのに(こちらはものみの塔罪、戦隊物のテレビを見るとか)、ものみの塔の下に置かれている国家の法(こちらは現実の罪)などを遵守しようという気にはなりにくい。

子供は、決まりごとで縛るのではなく、モラルを持たせ自身の意思を持たせるべき。自分がされて嫌なことを人にしない。単純にそれだけで良いのだが、そんなモラルはエホバの証人二世にとって形式的なものに過ぎない。

自分がされて嫌なことに遭遇する。これはエホバの証人二世の子供にとって常。親にされる体罰、ものみの塔協会の戒律の強制。嫌なことだらけ。そんな目に遭っていて、自分は他人に対して思いやれと言われても土台無理。

他人の気持ちなど関係なく、私は、発覚しても罰せられなければ罪は罪でないという考え方をしていた。私は幼児の頃から、天の法廷の前で既に罪人、その報いとしてハルマゲドンでの突然死を覚悟していた。ゆえにこの世の法律など本当に軽かった。

エホバの証人の罪悪感と贖罪


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