水道水に毒を混ぜれば毒になる、ものみの塔の宗教本は毒

ものみの塔の宗教本は毒

連日、ツッコミをいれているエホバの証人の『あなたの家族生活を幸福なものにする』という宗教本。

あなたの家族生活を幸福なものにしないエホバの証人

体罰は子供の命を救うものともなります。なぜなら・・・

昨日の続きを読んだのだが、全然頭に入ってこない。ときおり当たり前なことをさも特別な知識のようにぶっこんでくる。全否定できれば楽なのだけれど。

とはいえ、子供のウソを許さない、テレビを見せすぎない、子供との時間をとるなんて、当たり前なことばかり。そんなことはどんな子育て本にも書いてある。

ものみの塔の宗教本は、こういう当たり前なことに危険なカルト思想を紛れ込ませてくる。

輸血拒否とか終末思想とか、家族より教団内信者や神との関係を優先しろ、何もかもを捧げて献身せよ、なんてのも同じ方法でねじ込んでいるのだろう。

水道水に毒を混ぜれは、その水は毒になる。ものみの塔の宗教本はまさに毒。

ものみの塔が推奨する精神的児童虐待

とりあえず、今回は子供に与える罰について。

10章「愛をもって懲らしめる価値」29節

クリスチャン会衆では、悪行者に恥ずかしいという気持ちを起こさせる一つの方法として、親しい交わりを禁じます。

子供たちの場合も、少しの間家族から仲間はずれにするのは、おしりをたたくよりも効果的なことがあります

子供を少しの間とはいえ、家族から仲間はずれにすることをものみの塔の宗教本は推奨している。子供を家庭内で村八分にするという精神的虐待を、ものみの塔は推奨している。

子供だけでなくその前の部分、クリスチャン会衆では・・・の箇所も異常。

クリスチャン会衆というのは、エホバの証人の会衆のこと。

「これは1世紀のクリスチャン会衆のことなんですよー」という反論が返ってきそうだが、現代のクリスチャンを自称するエホバの証人は初期クリスチャンに倣っている設定。言い逃れは厳しい。

というか、エホバの証人には、悪行者と親しい交わりを禁じる「排斥」というしきたりが存在するのは事実。

悪行者の基準がカルト基準なのもツッコミどころ。カルトが人を裁くなと。

排斥者はエホバの証人の会衆からのけものにされ、口をきくことも禁じられる。排斥者と口をきけば、自分まで排斥になる可能性が高い。

子供じみた下らない決まりなのだが、信者にとっては精神的に大きなダメージ。ものみの塔は献身を要求するので、信者のエホバの証人たちは組織外に居場所がない。その唯一の居場所から村八分にされるのはキツイ。

さらに真面目にエホバの証人なんてバカバカしい立場にいる人たちはものみの塔のマインドコントロール下にある。マインドコントロール信者にとって排斥は死刑宣告に等しい。

排斥というエホバの証人の死刑宣告

この村八分教義を、家庭内で子供にも適用しろと、ものみの塔は言っている。激しい精神的な児童虐待に違いない。


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