偽りの家族

エホバの証人を10代でやめたあと

私は両親ともにエホバの証人という神権家族で育ち14歳でエホバの証人をやめた。もしエホバの証人をやめる前にものみの塔協会に献身していたら戒律に基づき私は組織からの排斥処分になっていたはずである。未成年にして喫煙や飲酒も始めていたし交際していた彼女とも体の関係があったからである。

私が17歳から18歳の頃の話である。この頃の私はもう二度とエホバの証人の組織に戻るつもりはなかった。これは当然今も同じである。またエホバの証人そのものを人間として毛嫌いしていた。10代の私の懐は狭くそう考えることしか出来なかった。

私にとっては排斥上等だったのである。ただ私は正式にバプテスマを受けて献身する前に組織をやめていたので、私が望むか望まないかに関わらず排斥という扱いを受けることにはならなかった。

私がものみの塔協会から排斥処分を受けていれば独立して家を出た後は両親と縁切りになりになっていたはずである。現在の私は短大卒なのだが中学校卒業後の高等教育を受けさせて貰えることも無かったかも知れない。そうなるとその学校で出会った現在に至るまでの貴重な友人たちと出会うことも無かった。

暴力団の組長の車と事故を起こしたときも自分で解決出来ただろうか。実際には未だエホバの証人だった父親が一緒に謝りに行ってくれて解決に至った。エホバの証人のことだけを優先して育てられた私には世の中を渡っていく感覚というものが全く養われていなかった。16歳で家を出ていたら一般的な日本人というかエホバの証人的に言う世の人”としても道を踏み外していたのかも知れない。それこそものみの塔協会の思う壷である。サタンの道を歩むとああなるのだと言われるのである。





偽善の家族

最後までバプテスマを受けさせず親子の関係を守り抜いてくれた両親の愛があっての現在の私なのではないかと思う。カルトは危険で恐ろしいので話のネタのためなどと、冗談でもバプテスマを受けておけば良かったなどと言ってはいけない。しかし私の両親に限っては、私が排斥処分になったとしても変わらない親子関係を維持してくれたような気もする。

その場合は同時に両親の洗脳が解けて現在でも良好な家族関係にあったのかも知れない。これは高望みし過ぎだろうか。最初に誰かがエホバの証人の組織に首を突っ込んでしまった段階でもはや家族の崩壊というのは避けられない状態だったのだ。

家族を維持するためにはエホバの証人の組織に全員が留まるしかない。しかし、それだけは絶対にやってはいけない。偽りの組織の繁栄に力を貸し自分の一度しかない生涯を無駄にする。こんな馬鹿げたことがあるだろうか。ものみの塔協会への信仰があるゆえに何とか維持出来ている家族関係になど何の価値もない。それは吹けば飛ぶような偽りの家族関係なのである。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。