エホバの証人現役信者アーティストの作品をどう見るか

エホバの証人信者の芸術作品は平和で安全なのか?

昨日までの記事で作者にエホバの証人信者疑惑がある『クレヨンしんちゃん』について書いた。

矢野顕子も同様、エホバの証人(ものみの塔信者)疑惑がある。今でも現役信者なのかしら。私は矢野顕子は全く聴かないが、元配偶者の坂本龍一は大好きでオペラを見に行ったこともある。二人の関係が良好だったであろう頃の矢野顕子参加の楽曲などもよく聞いていたと思う。

作品を、作者の信条を理由に差別しないというのが「今のところ」「当面」の私の個人的な考えなので。

ただ、現役エホバの証人アーティストが、自身の作品で「エホバ押し」していたら、と思うとゾッとする。合間合間に「ものみの塔サイコー」と埋め込んできていたら。多大な悪影響を受けそう。

しかしながら、自身の作品でそういった主張をすることを、ものみの塔は公式には認めていない。ゆえにそこまで警戒する必要はないか。

製作物に聖書要素を入れすぎると背教とみなされるはず。聖書第一の建前と、崇拝対象は統治体オンリーの実状を堅持するため。ものみの塔としては、アーティストが尊敬、崇拝される事態を避けたい。人間崇拝は統治体だけにしてねと。

隠喩的に「ものみの塔万歳」が表現されていたりすると非常に怖い。しかし、商業的なものに乗っかっている限りは反ものみの塔的ということになるので、問題はないのかとも思う。

エホバの証人信者の作品購入でカルト支援になるのか?

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エホバの証人一世帯あたりの寄付金額

ものみの塔協会の財産の推移

インターネットで閲覧できるJW解約資料より。資料ダウンロードはJW解約-エホバの証人の真理を検証する

この資料の「消えた102億円の謎」というスキャンダルについて、ものみの塔協会がエホバの証人から搾取した102億円の寄付金を使い込みで触れた。

資料内に登記簿謄本の履歴事項全部証明書が掲載されているのだが、102億円の使い込みも驚きなのだが、金の推移の激しさも驚異的。

ものみの塔協会の基本財産の推移は以下

  • 1995年以前 224億円
  • 1995年には 122億円
  • 1999年には 152億円
  • 2000年には 187億円
  • 2001年には 193億円

1995年以前に224億円あった基本財産が1995年の暴落で122億円に102億円減少、ところが2001年には193億円まで復活。1995年に株ですった(と思われる)102億円のうち71億円を6年で取り戻している。

これはお得意の株式運用で増やしたのかも知れないが、投資担当者は大損の責任を取らされて排斥処分になった噂もある。基本的にはエホバの証人信者の寄付金で増やしたものと想定される。

エホバの証人の集会所である王国会館の土地・建物などの売却益も含まれるのかも知れないが、それも元はすべてエホバの証人信者の寄付金で賄われたもの。

エホバの証人一世帯あたりの寄付金額はいくらか

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エホバの証人の公式サイトから寄付がデジタル化している

エホバの証人の寄付の方法がデジタル化している

エホバの証人の公式サイトを見てみると

エホバの証人のために寄付を行う

とあり、世界的活動や自分の会衆、巡回区などを選んで寄付が出来るようになっている。私がエホバの証人の王国会館に連行されていた頃は、ボロい木箱の寄付箱がおいてあっただけなのだが、今ではこんなにデジタル化していたのか!

やばいですよ。ポチっと寄付しちゃうと、統治体の老人どもの懐を潤わせ、有害な世界的カルト活動に金が使われてしまう。

世界的活動以外はログインしないと寄付出来ないようになっているが、ログインして自分の会衆や巡回区などに寄付すると、記録が残る。誰々が幾ら寄付したというのが分かるということ。きっちり信者の忠誠度が金額で測られている訳だ。

エホバの証人の公式ホームページの寄付ページはもはや守銭奴にしか見えない

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命より重い金をむしり取ろうとするものみの塔協会

エホバの証人を脱会させるためのwikipedia論争

エホバの証人のwikipedeiaがものみの塔協会によって都合よく書き換えられていた件。書き換え担当のエホバの証人と双方向のやり取りに発展。ものみの塔協会はエホバの証人をマインドコントロールしている・していない論争中。

「エホバの証人は、聖書の聖句から自分の行動・信念を説明できるのでマインドコントロールされていない」というのが先方の主張。自分の頭で考えて説明できるので、マインドコントロールでないということ。

それに対して、聖書を妄信しちゃダメ、聖書に依存しちゃダメだよねという話が前回。聖書を濫用しているものみの塔協会のせいで命を落としますよということ。

命の無限の可能性を否定するエホバの証人はカルト

輸血拒否で実際に命を落とした場合は分かりやすいが、今でも王国会館に通い続けている信者も命を失っているも同じ。生きているような顔をしているが、自分の自由意志を持たない生き方なので死んでいるも同じ。人間未満。王国会館で取って喰われるだけの家畜。

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エホバの証人の罪悪感と贖罪

エホバの証人の不毛で有害な布教活動

エホバの証人信者にとって、布教活動に費やす時間は信者の成績のようなもの。エホバの証人は、伝道者と呼ばれる布教活動をする資格を取得すると自分で布教に充てた時間を記録し、提出することが求められる。

この伝道者にはいとも簡単になることができる。私も小学生高学年の時には、この伝道者という資格をとらされた。そして、伝道者カードと呼ばれる紙に自分の布教活動時間を記載して報告していた。

布教活動にあてる時間だが、正規開拓者と呼ばれる末期の洗脳信者になると年間800~1000時間をこの布教活動に充ててている。そんな多数の時間を、採算の取れない自称ボランティア活動に充てている。

時給1,000円で計算しても、年間80万円~100万円、私の両親は、これにさらに20年という月日が乗算される。現金での寄付も毎月しているので、これだけでは収まらない。

何と非生産的なことだろうか。勝手に自己満足しているだけならまだしも、人の家庭を不幸に追い込み、他人の人生を棒に振らせるための宗教勧誘である。そんな不毛で有害な行為に多額の財産を捧げているのだ。

エホバの証人のバプテスマとは

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エホバの証人の寄付という危険な無限集金システム

ものみの塔協会の出版物に価格設定がない理由

ものみの塔協会の出版物には価格設定がない。1980年代頃までは1冊幾らと値段がついていたのだが、価格は撤廃され、出版物に応じて寄付金を募るようになった。

宗教本の場合、実は値段がついている方が健全である。価格設定は、最低金額であると同時に最高価格でもある。上限があればそれ以上金を支払わなくて良い。ものみの塔協会のように価格がないと寄付金の額はどんどんエスカレートしていく。

私の両親は、ものみの塔協会の出版物が届く都度、エホバの証人組織に対して寄付していたので、この金額も甚だしい額に達している。

両親は、ひとまず自分たちが手に入れた出版物相当+毎月分を寄付していた。その上で、布教活動中や個別に抱えている信者たちに出版物を配る。その上で寄付金をせびる。「少なくとも印刷代はかかりますからね」と旨い事を言うのである。

両親は出版物に対する寄付を既に終えているので、印刷代がどうのこうのというのは不実。しかし、エホバの証人たちは、組織のためなら詭弁も構わないという態度。目的のために手段を選ばず。危険なカルト集団。

こうして手に入れた寄付金は、本来は両親が既に立て替え済のもの。しかし、両親はこの寄付金までエホバの証人組織に上納していた。ものみの塔協会はこうして潤沢な資金を全世界で集めているのである。

エホバの証人の危険な寄付集金システム

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お年玉が寄付箱へ流れるものみの塔協会の集金システム

エホバの証人がお年玉を禁止しない理由

エホバの証人は、ものみの塔協会の教義にのっとるならお年玉の受け渡しをしてはいけないはず。しかし、何故か私の家ではお年玉が許されていた。親も親戚の子供に渡していたような気がする。

私の両親は異常に熱心なエホバの証人だった。そのため、親族の葬式で焼香はしなかったし、読経の際にはわざわざ席を外していた。私も、ものみの塔の戒律に従い、ありとあらゆることを禁止された。

それにも関わらずお年玉の受け渡しだけはしていたのは、ものみの塔協会が特別にお年玉を禁止していないから。

エホバの証人はお年玉の起源が何であるかも調べず、単純にものみの塔協会の言いなりになっているだけ。この際しっかりと自分でお年玉の由来について調べることをお勧めする。

ついでに、初代ものみの塔協会会長ラッセルの私生活やエホバの証人の輸血が解禁されている国があることなども調べてみてはどうだろうか。自分で何も調査せず何も考えずという状態は良くない。その思考状態で聖書研究など出来る訳がない。

お年玉の”たま”は魂のたまである。その魂は年神様という神道の神様のもの。自称キリスト教徒のエホバの証人としては明らかに異教のイベント。

ものみの塔協会がお年玉を禁止しない理由、それは子供が貰ってきた現金が回りまわって組織の資金になるから。ものみの塔としては1月にはお年玉のあがりが寄付として多く集まるのが都合が良い。

そのため、特にお年玉を禁止だとは言わない。年賀状の場合は信者が送りあったところで単に時間の無駄なので禁止している。

禁止事項の多いエホバの証人2世の学校生活は苦難の連続~エホバの証人のできないことまとめ

お年玉は王国会館の寄付箱へ

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ものみの塔協会のプレミア出版物

大量のものみの塔協会の出版物

空き家として放置されていた実家の片付けをした。この家が空き家になったのは両親が離婚したから。両親が離婚したのはエホバの証人をやめるタイミングがずれたからだった。

私が生まれてすぐの頃、母が王国会館に通い始めた。続いて父もこのカルトに引きずり込まれていく。そして私はほぼ生まれながらにしてエホバの証人2世として育てられることになった。

14歳のときに私は自分の意思でエホバの証人をやめる。私が20歳で家を出たあとで、両親もエホバの証人を順番にやめることになった。エホバの証人をやめるタイミングがずれたことが両親の離婚のきっかけとなった。

そして、現在の私が思い立つまで15年もこの家は空き家として放置されていた。

空き家を売却するにしても、部屋の中の荷物は全て撤去しなければならない。まずは不用品を片付ける所から始める。売却できるようなものは売却してしまいたかったのだが、見積もり業者曰く金になるようなものは何もないということ。家財道具は古過ぎて粗大ゴミ。

また、実家には大量のものみの塔協会の出版物が残されていた。一冊一冊に相当額の寄付金を支払っていたことを思うと何とも言えない気持ちになる。本棚から溢れんばかりのものみの塔協会の出版物は金の浪費、そして時間と人生が浪費されたことを如実に物語っていた。

プレミアモノのものみの塔協会の出版物はあるのか

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荘厳な宗教施設とエホバの証人の王国会館の違い

宗教施設に宿る人々の力と思い

私は、エホバの証人をやめて、キリスト教や宗教そのものを忌避する志向に陥っている時期があった。

エホバの証人の子供だったために、異端のキリスト教の寺院である諸教会や日本の寺社仏閣を避けるよう教育を受けた。宗教施設に対するエホバの証人の偏見がなかなか拭えなかった。

その上、エホバの証人というカルトの被害でひどい目にあった。宗教はもうこりごり。神はいない。無宗教無神論者ですと。

それが、ここ最近では文化財が好きなだけに古今東西の教会から寺、神社などを巡るのが趣味になった。特に、世界遺産のように文化財として建造物の価値が認められている場所が良い。

崇拝しに行くのではなく見聞しに行く。大概の人の宗教心なんてそんな程度。エホバの証人のように、何もかも全て神(ものみの塔組織)に捧げる必要などない。それこそ危険なカルトの要求。

キリスト教の教会はエホバの証人の王国会館とは違い荘厳な雰囲気。多くの人が精魂込めて造り上げた装飾に何らかの力が宿っている。

日本の社寺も同様。精緻な彫刻とそれを維持する人々の努力の結晶。簡易建築のエホバの証人の王国会館とは訳が違う。そして数千年もの昔から、多くの人が祈りを込めたパワーがそこにはある。

宗教施設に宿るのは人間の技術力や努力、そして願いや祈り。神が鎮座している訳ではない。人が自分の姿や心に似せて神を造った。それを理解していれば正当な宗教施設は怖くない。

人間の姿に似せて想像された神

エホバの証人の王国会館とは?

エホバの証人の王国会館、羊を迷子にして喰いものにする仕掛け

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エホバの証人の父親の悲劇、人生のムダ遣いと罪

エホバの証人がムダにする人生のすべて

私の父は、ものみの塔協会に20代から40代までの貴重な時間をすべて捧げてしまった。ものみの塔組織に献身し何もかもを失ってしまった。ものみの塔聖書冊子協会傘下のエホバの証人として活動したことがその理由。

私の一家は離散し、父の仕事の経歴はスキルのさほど必要とされない業種の転職だらけ。財産も残せていない。何より一番大きな損失は、若さとそこから来るエネルギー全てをものみの塔協会に吸い上げられてしまったこと。

貴重な時間と多大な労力をものみの塔協会のために浪費してしまった。

私の家庭では、経済的にものみの塔協会のために多大な浪費を行っていた。通算になると恐ろしい金額となる多額の寄付をしていた。毎月幾らと決めた金額をエホバの証人の王国会館の寄付箱に入れていた。何たる浪費だろうか。

エホバの証人は金銭に執着しないように、守銭奴にならないようにと教えられ、惜しげもなく自らの財産のほとんどをものみの塔協会に捧げてしまう。

エホバの証人は、ものみの塔協会が発行する出版物を一冊たりとも漏らさず手に入れる。そして、その発行に見合う分の寄付金を暗に要求されている。

この世の終わりは近いので世俗の仕事に集中することは許されない。ものみの塔協会はフルタイムの仕事に就くことを勧めていない。世俗の企業は全て滅ぼされる、その終わりの日のことを”ふれ告げ”て信者を勧誘する活動に自分の時間の全てを費やすことを要求される。

人生の浪費、エホバの証人二世

エホバの証人として生きた罪

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