ものみの塔の編集委員が作り出す真理、なぜ信じちゃう?

エホバの証人の大量離脱を発生させるためには

『良心の危機』、付録部分から。

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ものみの塔協会の初代会長チャールズ・テイズ・ラッセルの遺言状が掲載されている。機関紙の『ものみの塔』各号に下記のように記載するよう指示されている。

本誌は、編集委員会の監督のもとに刊行されています。掲載されている記事はすべて、少なくとも三人の編集委員が検討の上、真理であると認めたものです

編集委員は単なる人の集まりで、そいつらがどれだけ検討しようが真理が出てくるはずがない。

真理って間違いようのない真実のことで、古今東西の宗教的思想が真理になることなどない。「私はこう信じています。あなたも信じた方が良いですよ」のレベル。まぁ当然お断りさせて頂くのだが。

単なる編集委員が「真理であると認める」というのが、そもそもおこがましい。編集委員がどれだけ真理だと認めようが、そんなモノは勝手な言い分に過ぎない。

真理とまでいかなくても、事実は実験に基づいたり、推定は統計的に確からしいと導き出されるモノ。それを真理とか大仰な言葉を使うからぼやけちゃう。何の検証もなしに「これが真理ですー!」って言っている奴は嘘つきカルトだから。

ものみの塔の予言は単なる見解、信ずるに値しないのだが・・・

エホバの証人をやめるのに一番いいときは「今」

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エホバの証人組織を徹底的に壊滅させる、日本の明るい未来のために

エホバの証人の大量離脱を発生させるためには

『良心の危機』、第13章「展望」から。著者のエホバの証人とその組織に関する展望。

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著者は、エホバの証人の

組織から集団離脱する動きは出ない

と予測している。これでは非常に困るのだが、著者はエホバの証人の集団離脱はないと予測している。なぜなら、エホバの証人にとって

「組織」はある種の漠然としたイメージであって、何かその周囲に光でも放っているような感じである

から。これこそ「思い込み」のマインドコントロールなのだが。

したがって不完全な人間の言うことであっても、普通なら考えられないほどの決定的な重要性を感じ、教義には深遠な感じを持つ。ここで「深遠な」というのは、「閉鎖的で他をよせつけない特別な人のための」「その人たちにしかわからない」という意味

要するに、「何だかエホバの証人は素晴らしい」が「私たちにしかわからない」とニセモノをつかまされて騙されているだけ。なので、大多数のエホバの証人が一気に目ざめて離脱することはないというのが著者の読み。

「騙されている」という真理を、固い「思い込み」の殻があって寄せ付けない。だからエホバの証人の集団離脱はないと著者は言う。逆に考えると、

日本中のエホバの証人に「あなたたちは騙されている」という真理を腹落ちさせる。すると、日本支部ごと集団離脱という、日本全体にとっての明るい未来が広がる。

著者には思いもよらない方法、直球でも変化球でも何でもいい、手段を選ばず、大量のエホバの証人に、自分が騙されていることの気付きに至らせる。

もしくは、日本支部の主要幹部、誰か一人を徹底攻略。その上で下部組織に「騙され」の事実を、組織通達のていで当然の真理として知らしめる。

すると、著者があり得ないと予測しているエホバの証人の大量離脱が成立する。

エホバの証人組織の改心は認めない

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エホバの証人をやめた後に得られる安寧、そして特別ボーナス

真理を追い求めるエホバの証人が至るべき真理

『良心の危機』、第13章「展望」から。

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エホバの証人をやめることについて、著者は以下のように友人の言葉を紹介している。

無駄な望みをきっぱりと捨てた者には、その代償として穏やかさが与えられる

無駄な望みとは、永遠の命とか復活から始まり、エホバの証人組織の不義、教義や予言解釈の矛盾が正されること。

そんな無駄な望みは、今現在の自分自身とは一切関係ない。

宇宙の主権とか神の存在とかそんなモノは、一個人、特にカルトに騙されちゃうような幼稚な精神性の人にはどうでも良いこと。

かつて真理を追い求めた者、そして、今なお追い求めていると「思い込んで」いる者にとって、本当の真理にたどり着くことがいかに重要か。

本当の真理とは、「ものみの塔はカルトで自分は騙されていた」ということ。その真理にたどり着くと平穏が訪れる。ありとあらゆる疑問が解決する。

なんでエホバの証人って神に是認を受けているはずなのに、こんなに不幸せなのか?

答え:エホバなんて存在せず、カルト行為で世界を汚染しキリストを冒涜しているから。そりゃ家族は去り、世間から疎まれる。しまいにゃ自分自身の健康・精神まで病む。

エホバの証人(JW)の人生の展望とは、今日から生き直し

エホバの証人をやめた後のボーナス

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エホバの証人(JW)の人生の展望とは?今日から生き直し

他の人の役に立つどころか、害でしかないエホバの証人の人生

『良心の危機』、第13章「展望」から。

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いよいよ最終章なので、著者はエホバの証人の展望を予測(予言ではない)するとともに、人生の展望について下記のように書いている。

終わりに近づきつつある人生を省みて本当に何らかの満足をもたらしてくれるのはただ一つ、その人生が他の人たちのためになった度合いだということである-まずは心の最も深い部分において、それから精神的、物質的な面において。

自分の人生が他の人たちのためになった度合い。エホバの証人の場合はこれが激しくマイナス。他人に害をもたらし、社会に迷惑をかけた。

本人たちが人生を省みることなどなくとも、エホバの証人は生きながらにしてそのリターンを受けている。

家族を失い、精神を病む。エホバの証人の人間関係を維持するには、真実を曲げ続けるしかない。そんな人生に一遍たりとも満足はできないだろう。そして、復活とか永遠という妄想教義に逃避する。

エホバの証人が試されるのは、神でなく組織への忠節

踏み絵を踏むのを許されるエホバの証人、許されないエホバの証人

エホバの証人が生き直すには、幻滅のショックを受けるしかない

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『良心の危機』、やっと出てきた爽やかなモノとは・・・

唯一の清涼なるモノがJW脱会の成り行きという皮肉

『良心の危機』、第12章「最終攻撃」から。私にとっては、エホバの証人にまつわることは不愉快そのもの。子供の頃にこのカルトを強要されて、人生の大きな恥部になったから。

そのエホバの証人に関する本書の中で、ようやく出てきた清涼なるモノ。

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著者はエホバの証人を自ら断絶した人と食事を一緒にしたために、エホバの証人組織から排斥される。その成り行き。このエホバの証人的罪状を追求されているときのこと。先に断絶した人の方が著者の立場を慮り

もし自分と付き合うのが賢くないと判断するならそれはそれで構わないとも言ってくれた。

その一年半前、この立場は逆であり、著者の方が先に排斥になる可能性があった。相手はまだ断絶前。しかも著者いわく

そちらのご家族は多い。奥さんも子供さんもご兄弟もお孫さんも親戚も、全員エホバの証人だ。排斥になった私がアラバマに戻って来たらずいぶん厄介なことになる

それでも、戻って欲しいと言われた著者。

今度は立場が逆転したのだから、ここで釣り合いのとれないことをするわけにはいかない、と私は言った。真理のため、そして他の人のために良心に従って行動した人を邪悪だと決めつけるような意見に同調するわけにはいかない。

これらが、エホバの証人組織を追い出される、追い出されないのために割かれた腐心であることは、全く爽やかではない。とはいえ、心意気のようなものだけを受け止めると、ここには友情と「白を黒とは誰にも言わせない」芯の通ったモノがある。

家族親戚がエホバの証人だらけ。その状況で排斥者を囲うと自身までが親戚中から排斥され忌避される可能性大。著者は老齢になるまでの人生全てを賭けた組織からの排斥の危機。本人たちにとって失うモノは相当に大きく感じられたはず。

どっぷりエホバの証人に浸かった人の中にも、自分基準で相手を思いやり行動でのる人物がいるとは驚き。組織に家畜化されずに、自分の意思、判断能力を残している人物。他人をただ単に純粋に思いやれる人物。

『良心の危機』、著者のものみの塔感覚に対する違和感

『良心の危機』、リーダーは被害者意識で罪から目をそらすな

いざ、自由な大海へ

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エホバの証人の統治体がなりすましているモノとは?

例え神でも「白を黒」とは言わせない

『良心の危機』、第12章「最終攻撃」から。

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エホバの証人世界本部を辞した著者だが、エホバの証人組織から追い出される排斥となる。著者が、組織にとっては邪魔で「脅威」であったから。

著者のようないわゆる背教者がエホバの証人組織から排斥になる理由は

組織に対する背教

神やキリストではなく、組織に背いたから。これが、ものみの塔の組織崇拝という本質。

これに関する驚愕エピソードが本書に。とあるものみの塔協会の地域監督が緑色の本を持ってこう言った。

「協会に、この本は緑色ではなくて黒だと言われたら、私はこう言います、『誓って緑色だとは思うけれども、協会が黒だと言うんだから、この本は黒い!』」

信じられない愚かさ。

例え神だろうと「白を黒だ」と言う奴の言いなりにはなりたくない。

近未来の仮想全体主義国家を描いた『1984年』と同じ。国家を統制する党が、「2 + 2 = 5」だと言えば「5」になる。4本の指しか立てていなくても、党が「5本だ」と言えば「5本」になる。

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エホバの証人も同じ、塔が「黒」だと言えば「白」になる。エホバの証人たちは、「塔」に自由意志や判断能力を奪われ、支配されている。家畜以下。家畜でも反抗的だからという理由では殺処分されない。

神になりすます、エホバの証人の統治体

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エホバの証人の天啓とは?たまたま現れたものに「安易」にフルベットする悪癖

カルトな式典、エホバの証人の死の記念式

エホバの証人特有の天啓体験とは?

『良心の危機』、第11章「決心」より。本章では、エホバの証人特有の天啓体験があると書かれている。

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エホバの証人の教理では、

イエス・キリストが仲介者であるのは「油そそがれた」者たちのためだけであって、その他何百万人といるエホバの証人のためではない

という設定。

天に昇り、全宇宙を統治するのは「油そそがれた」者だけ。そのため、末端構成員のその他諸々のエホバの証人は、「油そそがれた」者で構成される統治体に服従しろとされている。

これは、組織統治、支配のために、都合よく作られたものみの塔の独自教理。

それについて、著者は

聖書を見れば、明らかにイエス・キリストはすべての「その他大勢」のために仲介者となって神との間をとりもってくれるとされている。キリストがすべての人のために自らの命を捧げたこと、受け入れる人には誰にでもその贖いの利益を与えること

すなわち、エホバの証人の教えられていることと反対のことが、聖書の福音であると書いている。これはつまり、エホバの証人組織に対しての背教。

この立場で聖書を読むと

他の人には当たり前のことでも、エホバの証人にとっては天啓かとも思われるショックを与えることがある

このショックを受けた元エホバの証人の言葉

「聖書を読みながら聖霊を拒否しているような気がしていました。ずっと読んでいって自分にそれを当てはめていくうち、急に止まってしまうう。あ、これは自分には当てはまらないんだ、油そそがれた者たちだけに当てはまるんだと思う」

こういったその他諸々の末端エホバの証人が

マタイから啓示(黙示録)に至る聖書の内容がまさに自分に向けられたものであり、拡大した「解釈」など不要で、本当に直接自分に当てはまるのだと納得すると、突然数多くの疑問が出てくる。答を求めていながらも敢えて尋ねようとはしなかった疑問の数々

それすなわちエホバの証人から見れば背教思想。

聖書的に見れば素晴らしい気付き。ものみの塔の色眼鏡を通さずに聖書を学べば、カルトから解放される。

たまたま目の前に現れたものに「安易」にフルベットする悪癖

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表面的には羨ましすぎる、エホバの証人の統治体メンバーの豪遊生活

『良心の危機』著者の決心とは?

『良心の危機』、第11章「決心」より。

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著者が、この章でいったい何を「決心」したのかというと、エホバの証人の世界本部をやめること。私としては、エホバの証人をやめて本書のような告発本を書くことかと思っていたので、著者の心情と食い違いが生じていた。

食い違いというか、理解に苦しむというか、マインドコントロール(本書では思い込みと書かれている)下の哀れというか。

組織中枢にいて、そこが間違っていると気付いたら、その組織はもうアウトでしょ。根本から正すか、外に出るかしかない。

著者は、世界本部で全世界の信者の人権を侵害するという悪事に加担するのをやめる決意を固める。その一方でエホバの証人としてはそのまま組織に残るつもり。エホバに祈ることも続けるし、エホバの証人の王国会館にも通い続けると。

エホバなんか存在しないとなぜ気付かぬ?人生をかけて築いた悪習慣からは簡単に抜け出せないということか。

至ってスローペースかつ受け身、しかもマインドコントロール下(本書で言うこところの強烈な思い込みによるエホバの存在肯定)にある著者の決心だが、感心する点もあるにはある。

贅沢三昧、エホバの証人の統治体生活

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世界の単純ルール、ものみの塔的なモノの正反対が正解

素晴らしい理想と正反対のものみの塔

『良心の危機』、第11章「決心」。散々、不快感を表明した本章なのだが、良いことも書いてある。著者の持つ理想的な組織像、リーダー像。

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著者の望む組織の仕組みは

みんなを成長させ、他の人間や組織体制に頼るような霊的に幼い人間ではなく、成長したクリスチャンとして行動できるようにするためのもの

ところが、エホバの証人の実情は「思考を止めて退化させ、他の人間や組織に依存する幼稚な人間を量産するところ」。

著者の望む組織は

組織体制の規則に従うだけの人間を作ることではなく、「自分の知覚力を訓練し、正しいことも悪いことも見分けられるようになった」人間を育てるもの

エホバの証人の現実は「組織の規則を妄信し、家族や命まで軽視する人間を育てる集団」。

著者の指導像は

「指導する」やり方は模範を示すことによってであり、神の言葉に忠実に、主の指示を主自身が与えたようなやり方で説き伝える

というもの。

主というのはキリストのことだろうか。キリストは一世紀にいきなり現れて、神の子を名乗って世界をしっちゃかめっちゃかにして去っていった。世界に争いの種を蒔いただけとも言えるし、権力者にキリスト教という飛び道具を与えた結果、現在の秩序が生まれたとも言える。

「終了した秘儀」からの「万民キャンペーン」、そしてマインドコントロール

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『良心の危機』、リーダーは被害者意識で罪から目をそらすな

リーダーが追随者って?

『良心の危機』、第11章「決心」。クライマックスなのか、やたらと長い本章。昨日の記事で書いたように不愉快な所もあるが、読む価値は充分にある。

快不快を含めて著者の人となりが文章だけで伝わるので、筆力はさすが。長年教団の無茶ぶり宗教本を、何とか着地させていただけのことはある。

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著者には悪いのだが、今日も不快な部分から。ある元エホバの証人たちが著者に語った言葉が

「私たちは追随者の追随者だったのです」

「私たちは犠牲者の犠牲者だったのです」

これに対して、著者はこう書いている。

どちらも当たっている。チャールズ・テイズ・ラッセルは、ある人々の言うことに従った結果、「明らかにされた真理」という概念の犠牲となった。以来、歴代のリーダーたちも同じ道をたどり、時としてもとからあった思い込みにさらなる思い込みを付け加えていった。私にはこれについて許せないような気持ちはなく、ただ自分の知っている人たちに対して気の毒だと思うばかりである。私もそういう「犠牲者の犠牲者」であり、「追随者の追随者」だった

おいおい、お前は被害者づらしちゃダメだろ。あと歴代リーダーと創始者ラッセル君も、犠牲者とか追随者では決してない。

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