1975年、予言がハズれても減らない日本のエホバの証人
『近現代日本とエホバの証人』、第三章「不確定の時代」末尾部分。
エホバの証人の1975年の大予言ハズシ。日本のエホバの証人は他国とは違い、1975年の予言ハズシ直後に信者が減らなかったことが本書に記されている。
意味不明なんですが。
真理を騙る組織が大風呂敷を広げた予言を木っ端無残にハズす。それにも関わらず愛想を尽かさないって。「時に信仰を持つべきじゃない」とか「勝手に期待した人がいた」というような言い訳に丸め込まれて騙されているだけ。
この点を本書では巧みに考察している。単なるノータリンで「予言ハズされてもへっちゃら~」っと、当時のエホバの証人がカルト信仰を続けていたわけではないことが推測されている。
コミュニティ至上主義者のエホバの証人が激ダサな理由
教団への帰属がコミュニティの機能的代替となっていた信者の場合、予言がはずれても運動から離脱するほどの失望は感じないだろう。むしろその場合においては、救済観や教義信条によって入信者を得ていた場合よりも、信者個人をその集団内にとどめる外在的な影響力は大きくなる
居場所をエホバの証人コミュニティに求めていた信者のパターン。予言がハズレても自分の居場所があればいいという考え方。逆に居場所がなくなるからやめられないという人。
私はこんな考え方が大っ嫌い。私がこのカルトを強要されていた頃、エホバの証人って激ダサだと思い始めた。10才頃から。エホバの証人である自分が我慢ならなくなった理由がこのコミュニティ至上主義と不自由さ。
コミュニティを求めるエホバの証人は下記3つの理由で激ダサ。
- 赤信号みんなで渡れば怖くない
- 田舎者
- 外に出ない
1の赤信号。「予言をハズシまくるカルトだけど、仲間がいるから大丈夫。その仲間を失いたくない」という発想。お前らみたいなのが、集団化すると暴走するんだよ。
2の田舎者。外部者をはじき出し、のけ者にしてイジメるムラ社会。内の結束を固め、異分子を許さない。コミュニティ至上主義者の考え方はこれ。思考回路が田舎者。私はド田舎の育ちではあるけれど、そんな田舎者的発想が大嫌い。
3の外に出ない。「男は25才だか、30才までに外に出ろ」と何かの本(※)に書いてあった。外国だったかな?男女問わずこの発想がコミュニティ主義者にはない。独立心のかけらもない。私はこんな奴らが大嫌いなのだ。
人間は一人でも生きていけるし、それが嫌なら他人と出会い別れ、傷つけ合いながら、居場所を探していくもの。強烈に傷つけあうゼロ距離感が苦手なら、適度な距離を保てるように学習すればいい。保険として複数のコミュニティに属するようにするとか、工夫すればいい。
そんな努力をせず、来るもの拒まず、しかし予言をハズシても平気でいられるくらいに愚かになれる者だけを、仲間と見做しますよというのがエホバの証人コミュニティ。
そんな赤信号横断隊に永続的に属そうなんて考えるのは、激ダサな田舎者思考。そして無自覚に世間に害なすカルト活動を続けちゃう。
※出典は『深夜特急』シリーズの沢木耕太郎『旅する力―深夜特急ノート』でした。
第五章『旅の記憶より』
私が二十代のときに影響を受けたひとりにイラストレーターの黒田征太郎氏がいる。その黒田さんがよく「男は二十六歳までに一度は外国に出た方がいい」と言っていた
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