聖書の科学的記述における疑問:世界の範囲、せまっ!

美しい地球を見せずに・・・

聖書科学的派の工作

聖書がとくに科学的ではないという昨日からの話の続き。

聖書に、地球が「円」だとか「天蓋」だとか、書いてあるという話。

聖書科学的派は、それが「地球が丸い」とは考えられていない時代の記述なので、「聖書は科学的なんだー」と。

私としては、「円」だとか「天蓋」でなく、「球」なら「球」と書けばいいのに、そうは書いていない。なので、特にこの部分から、聖書が科学的とは言えないと書いた。

特に、エホバの証人仕様の新世界訳聖書、その日本語訳は、当初「円」だったのを「丸い」と記述し直している。さらに、その「丸い」に注釈をつけ、「または球体」とこじつける執心ぶり。

そこまでしないといけないのは、聖書筆者に地球が球体という認識は無かったのに、それをこじつけたいエホバの証人の思惑が透けて見えるぞと。聖書科学的派の工作活動。

聖書の中の地球が平らっぽい記述

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聖書の科学的正確性に対するエホバの証人の主張と疑問:地球は「丸や円」でなく「球」

聖書の記述、地球は丸い?

地球は昔から丸いと考えられていた

昨日の記事の続き。聖書がいかに科学的でないか書いている。

逆に、エホバの証人の主張は以下。

イザヤは、紀元前732年に「地球は丸い」(イザヤ40:22)、つまり球体だと書いた。当時の世界の常識とは違っており、聖書には、科学的に正しい事実が先駆けて書かれていた。

おいおい、そんなので騙せるのはエホバの証人だけだよ。

「丸い、つまり球体」って何だよ。

丸と球は違うぜ。丸いというのには、円や球、両方が含まれる。丸い=球とするのは、都合が良すぎる。

地球は平面の円だと考えられていた時期がある。それを指して、丸いと書いていても全く不思議ではない。もともと、地球は平面状に丸いと考えられていた。聖書もそれをそのまま踏襲したのかも知れない。

エホバの証人仕様聖書の、都合の良い書き換え

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地球は空間に浮いてない、エホバの証人と聖書の科学的解釈

地球は空間に浮いていない

聖書の一部が科学的に正しいからってどうなの?

聖書には「地球は永遠に存続する」(伝道1:4)とおバカなことが書いてある。現代科学では地球の寿命はあと50億年くらいと考えられており、これは、ある意味では永遠。50億年という途方もない年月は、聖書を書いた人類にしても、永遠。

しかし、エホバの証人の場合は別。エホバの証人は、聖書の言葉をそのまま現代に当てはめて、実生活に害をもたらしている。エホバの証人は、この「永遠」も文字通りの「永遠」と受け止めている。

さらにエホバの証人は、聖書は科学的な本だから間違いない。「永遠」は、本当に「永遠」なんだと言い張っちゃう。

人間が復活したり、神が天と地を作ったり、地球全体が水に沈んだり、さらにその大嵐を手作りの方舟で乗り切ったりという、荒唐無稽な空想文学のどこが科学的なのか?

ここで、エホバの証人が出してくるのが、聖書に書いてあることの一部が科学的に正しい箇所。

聖書のほんの一部が科学的に正しいからといって、全体が正しいなんてことはあり得ない。それがそもそも科学的な発想ではない。

「はじめに神は天と地を作った」っていう時点で、何言ってんだという話。子どもの工作じゃないんだから。

それに、その神はどこから来たんだよ?

出だしから非科学的。

素晴らしい非科学的空想小説「聖書」。結構なことで。

聖書の一部が、たとえ科学的に正しくても、他が正しいとは断定できない。

『燃やす用』の聖書~ものみの塔の存続が神の不在の証明

地球は空間に浮いていない

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『みんなの宗教2世問題』、宗教2世の肌感覚とは・・・

誰もがカルトに騙されない未来を

宗教2世の体験談

『みんなの宗教2世問題』、1章「当事者たちのさまざまな声」より。「被害者をもう出さないために反セクト法を」小川さゆりさんの証言より。統一教会問題。

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母はそれまで友だちがおらず、すごく孤独な人生を歩んでいたそうです。それが教会で初めてコミュニティーもできて、友だちもできて、統一教会に救われた

宗教は孤独を救わない。友だちもできない。それらは全部ニセモノ。宗教をやめれば、コミュニティーを追い出され、友人関係も消失。孤独は深まるばかり。

カルトコミュニティーから出て孤独になるのが嫌だから、よけいカルトに固執するようになる。これがカルトが信者の人生を収奪する仕組み。

『宗教2世』より:宗教と孤独、宗教とメディア報道

生まれながらに「神の子」ですって言われて生きてきました。ですが、親が統一教会に高額な献金をするので、家にはずっとお金がなくて、ほんとうに貧しくて。

「神の子」が、その神の教団のせいで貧しいわけがない。完全に騙されていた事例。

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『宗教2世』、作り話の宗教世界を脱出、リアルな世界へ

宗教2世、リアルな世界へ

狭い、作り話の世界からの脱出

『宗教2世』読了。なかなか読みごたえがあった。電子書籍で読んでいたので、本の厚さは分からないのだが、結構厚い本だったのではないだろうか。

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あとがきより。

世界は、どの「教え」よりも広い。
あなたは、「その場所」を離れてでも、幸福に生きていく権利がある。

「教え」というのは、この本で問題提起している宗教のこと。

宗教が世界を構成するのではない。世界のなかに、数多の宗教が含まれている。

宗教の世界しか知り得ず、作り話の宗教世界をホンモノの世界だと思い込まされているのが、新宗教の宗教2世。

その親も、作り話の宗教世界が世界のすべてだと思っている。保護者としては役不足で、とても子どもを保護できる状態にはない。

宗教の作り話の世界に生きている人々は、その架空の世界を離れない限り、幸福にはなれない。

なぜなら、作り話の世界で幸福になったとしても、それは幸福になったつもりに過ぎないから。作り話の世界の幸福は、作りモノの幸福でしかない。リアルな世界で幸福になったわけではない。

新宗教の世界は、教祖や教団上層部のエゴや自尊心、欲望を満たすために作られたモノ。そこには、ホンモノの幸福はない。

新宗教の宗教2世は宗教をやめるべき。自己中心的な他人の利益のために、自身のリアル世界での幸福を放棄すべきではない。狭い作り話の世界から飛び出そう。

『宗教2世』のデタラメな世界からの再出発、そして遠回り

作り話の世界を押し付けるな

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『宗教2世』より:宗教と孤独、宗教とメディア報道

宗教で孤独は埋まらない

宗教で孤独は癒えない

『宗教2世』、Session3-3『2世たちの、その後』より。脱会当時者の声。

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専業主婦だった母親も、信仰によって孤独から救われていた点があった。しかしながら、孤独になったときの救い手が宗教しかないという環境は、どうにかしないといけない

そもそも、宗教は孤独を救わない。宗教世界に浸ると自分を見つめることになるため、孤独を促進する向きの方が強いのではないだろうか。孤独を求め、孤独に打ち勝つモノ。

孤独を埋めたいのなら、趣味サークルにでも入れば良くて、宗教にそれを求めるから人生のバランスを崩す。

「私と神」の間に、仲間の信者とか、組織とかが入ってくる。集団になれば同調圧力が発生し、人間が付け加えた戒律も介在してくる。

そして、寄付金や時間のノルマ、集会などの儀式への参加の要求。宗教により、忙しくしているうちに、自分を見失う。

孤独は忘れ去られただけで、根本的な解決にはなっていない。

仲間の信者ができたところで、それは宗教つながりの仲間。宗教をやめたら決裂する関係が、本来の孤独を癒すことにはならない。

趣味サークルだったら、サークルをやめても気が合う友達となら、そのまま友人でいられる。宗教の場合は、どうしてもやめたら裏切り者という雰囲気が生じる。

宗教というのは、それくらい重いモノ。孤独を埋めるために安易に始めるモノではない。

神社の賽銭とエホバの証人の搾取が違う、3つの理由

宗教問題の報道

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エホバの証人の大会帰りに目撃、けなげな児童の姿に涙

エホバの証人の子ども、過酷な現実

エホバの証人の大会、児童相談所へ通告

エホバの証人の大会@幕張メッセへ。昨日の記事の続き。プログラムを聴き終え、ホールの外で、児童相談所へ電話で通告。

通告内容は以下。エホバの証人の大会会場で以下の事象を目撃したと。

  1. ホールロビーで号泣している乳幼児が4~5人いる。朝9時頃から開催しており、夕方なので飽きたり疲れたりしているのだろう。ひどい泣き声だったので違和感を覚えた
  2. 大会プログラム内で、「終わり」が来ると、話していた。その「終わり」を生き残るために宗教活動をしろと指導している。ちょうど、隣に中学生くらいの児童が座っており、そういう多感な時期に、終末論で脅し宗教活動をさせている

名前と連絡先をきかれたので答えたが、もちろん匿名でも通告は可能。児童相談所の返答は

「調査はするが、結果や内容はお伝えすることはできない」という、いつもの。

公共の場で、エホバの証人の大会バッチをつけさせるのは・・・

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エホバの証人の大会潜入記:過去と現在の葛藤、子どもたちの悲痛な叫び

時は流れるも、数多の悲劇が繰り返されている

エホバの証人の30年、何も変わっていない

エホバの証人の大会潜入中@幕張メッセ。昨日の記事の続き。小一時間ほど、座席でプログラムを聴く。

その際、隣に座っていた中学生だが、自分がエホバの証人をやめた頃を見ているようだった。聴きたくもない話を日がな一日聴かされる。時間を浪費している圧倒的自覚がある。

しかし、エホバの証人をやめることは、親を捨てるにも等しい気がして、脱会という行動にうつれない。

大会・集会でしょうもない話を聞くのは嫌だし、エホバの証人活動もダサいからやりたくない。しかし、ものみの塔にこってりマインドコントロールされている親が嫌いなわけでも、憎んでいるわけでもない。

そして、神エホバが存在すると、中学生くらいの私は信じ込んでいた。明日にでも世界の終わりがくると、信じて疑わなかった。

こんな悲惨な中学生が隣に座っていた。この構図、私が中学生だった頃から30年変わっていない。私は30年間、ほぼ沈黙していたので、私を含めて、この国の大人はいったい何をしてきたのか?かつて、

輸血拒否で死んだ少年がいて、人生を弄ばれた数多の少年少女がいた。その中には、そのままエホバの証人を続けて大人になり、悲劇から抜け出せていない人々がいる。間違った教理を、正しいと信じ込んでいる無数の人々がいる。

真横の、小さな身体にのしかかる悲劇を感じながら退席。

エホバの証人の教理が不正義で間違っているのは、言わずもがな。神がこの世の体制を終わらせようとしているのなら、それは間違い。神の暴挙を止めようとするのが、正しい態度。

というか、こんなつくり話を信じ込まされている少年少女が、現代日本にいるという驚き。

乳幼児の泣き叫ぶ声、エホバの証人の大会

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エホバの証人大会の潜入体験:笑いのツボ不明、宗教活動の強制

エホバの証人大会、すべる外国人講演者

エホバの証人大会の笑いのツボが、意味不明

昨日の話の続き。エホバの証人の大会に潜入中@幕張メッセ。

プログラムはろくに聴いていなかったのだが、今回もやはり気付いたのは、会場の人々の笑いのツボが不明な点。講演者が笑いを取ったあと、拍手まで起きたりして、もはや何の会なのかも意味不明。

といいつつ、外国人の講演者(支部委員と紹介されていたのだが)、この人がアメリカンジョークを言ったときに会場がシーンとして、ちょっとかわいそうだった。

通訳をはさんでいるから、というのもあるのかも知れないが、やはり信者のツボが変なのかと、首をひねる。面白くなくてもそこは笑ってやれよ。意外に笑いに対してシビアなのか?それとも、アメリカンジョークに気付かなかったのか?やはり何の集まりか不明。

10人のvirgin(通訳は乙女と訳していた)が、花婿だかキリストだかが来るのを待っている。しかし、主賓はやってこない。何で遅れているのでしょうか・・・?写真でも撮っていたのでしょうか?というギャグ。やっぱ面白くないな・・・。

終わりが来るのが、だいたいいつか分かります

とかも話していた。「だいたいいつ」って何だよ。適当すぎない?これもギャグだったのか?やっぱ何の集まりなのか意味不明。

エホバの証人児童が強要される、宗教活動

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エホバの証人の大会に潜入@幕張メッセ、子どもたちの姿を確認

可哀そうなエホバの証人の子ども

エホバの証人の大会へ、再々潜入

アドリブを発動させて、エホバの証人の大会に潜入(2023/7/21)。今回は千葉の幕張メッセ。急遽、時間を合わせて強引に向かう。

とりあえず潜入目的を3つ立てる。

  1. プログラム中の写真を撮る
  2. 子どもの存在を確認する
  3. プログラム中に児童虐待にあたる内容が取り扱われているのを確認し、児童相談所へ通報

今日はもう夏休みなので、義務教育児童が参加していても法的には問題はないのだが・・・私は、エホバの証人の子どもの存在そのものを見逃せない。

本日の報道より、エホバの証人の子供を見かけたら児童相談所へ即通報を

夕方に到着したので、全プログラム終了1時間くらい前。会場前で看板の写真を撮って、ホール入り口に向かうと中から人が出てきて迎えてくれた。

「エホバの証人の大会ですが?」と。

「・・・えぇ、見学です」

帰る時に気付いたのだが、ホール入り口のドアのカギは、プログラム中は締め切っている様子。このときも係の男性がカギを開けてくれた様子。

「初めてですか?」

「初めて・・・でもないんですけどね」

「はい」って言っておけばいいものを・・・。

エホバの証人をやめてから、極端にウソつけなくなったんだけど、これもある種のエホバの証人の後遺症なのかも知れない。2世信者を強要されていた頃が一番嘘つきだったな・・・。

やはり、子どもの存在を確認

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