エホバの証人のおバカな建前輸血拒否、ポーズにすぎない事例

エホバの証人の建前輸血拒否

こども家庭庁の研究事業、「保護者による宗教の信仰等に起因する児童虐待に関する調査研究」報告書。第2章、個々の児童相談所へのヒアリング。

子どもの輸血を拒否してごねていた

保護者に、国の医療ネグレクト通知に基づき、⼀時保護をしたうえで、児童相談所⻑の同意で⼿術を⾏う旨を説明したところ、保護者は、輸⾎を伴う⼿術には同意できないが、⼀時保護や親権停⽌といった⾏政の判断には納得され、その後も⼤きな反応もなく、⼿術後もこどもへの虐待は認められなかった

文面からだと、子どもに輸血したのか、輸血していないのかは定かではないが、このエホバの証人の親にしてみれば、自分の信条を貫いた上で、勝手に輸血されたのなら、仕方ないというレベル。

建前輸血拒否。概念的輸血拒否。つまり、エホバの証人の輸血拒否は、身内の信者(一部の盲信者にとっては神)への一種のポーズにすぎない。輸血したからって、何がどうなるわけではない。

輸血しないことではなく、輸血しないというポジションをとり続けることがメイン。

であれば、子どもが死ななくて済むのなら、強制的に輸血してやったほうがいい。

輸血しておけば損する者などいないのだから、エホバの証人親が子どもの輸血拒否でごねている場合には、児童相談所はただちに緊急措置で輸血に踏み切るべき。

エホバの証人が、命がけで輸血拒否するのは目立ちたいから

こどもの容態から、今後輸⾎を伴う⼿術が必要になるという状況で、保護者からの輸⾎拒否のあった事例があった。親としては、こどもの⽣命を守るために⼿術はしてあげたいという気持ちもあり、葛藤されていたため、輸⾎を必要とする処置を⾏う場合には、⼀時保護を⾏い、児童相談所の判断で⼿術に同意することについて、保護者の承諾を得た

これも建前輸血拒否。

自分の判断で子どもを救えないなんて、エホバの証人の親は終わっているのだが、子どもの輸血に同意すれば滅ぼされるとマインドコントロールされているのだから仕方ない。もしくは、周りの信者に対するエクスキューズか。

それにしても、児童相談所の一時保護のもと輸血することを承諾しちゃうって、ホントにおバカな建前輸血拒否。子どもの命より、概念としての輸血拒否、輸血拒否したという立場をとるための命の軽視。

それなら、最初から子どもの命優先で気持ち良く輸血しとけよ。

思考が停止しているエホバの証人にはそれができないので、問答無用で児童相談所か緊急措置で介入し必要に応じて輸血することが求められる。


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